2018年6月21日 (木)

記憶力が良くなるガム

ここ数年で私が最も驚嘆していることは、努力すれば1日に未知の単語を100個以上覚えるのも不可能ではないということである。

 

外国語の実力は単語だけすべてが決まるわけではないが、「語彙力が読解力と高い相関関係がある」ということは公知の事実なので、私は常に単語カードを携帯して単語を覚えるようにしている。というのも私が最も磨きたいのは読解力でだからだ。

 

繰り返し繰り返しやっているおかげもあるのかもしれないが、本気で単語を詰め込むことに専念すれば1日に未知の単語を100個以上覚える自信がついた。(ただし、読解もリスニングも文法もやっているので、実際に毎日100個以上の単語を覚えているというわけではない)。

 

ヨーロッパの言語でもそうなのだから、覚えやすい中国語の単語だと1日に200個、もしかすると300個以上、未知の単語を覚えられるかもしれないと思うほどである。それくらい中国語の単語は覚えやすい。(もっとも中国語のリスニングは簡単ではない)。

 

中国語の単語カードも63束目に突入している。中国語の単語は、覚えることそのものが面白いので苦痛にならない。

 

さて、そんな私だが、記憶力について研究してみたいという気持ちを持ちながらも、毎日のように検定試験に向けて全力疾走ばかりしているので専門書を探すというところまで至っていないのだが、そんな折、「記憶力が良くなるガム」をスーパーで見つけた。

 

 

 

 

一見して、おおおお、なんだこれは、と思って手に取ったものの、簡単に流されない用心深い私は、

 

(本当かいな? 売りたいがためにこんなことを書いているだけではないのか? とりあえず衝動買いはやめておこう)

 

と買うのをやめた。

 

自宅に戻ってサイトを調べてみると、「イチョウ葉抽出物は言葉を覚え、思い出す課題において正解数を有意に増加させました」との説明があり、実験データも掲載されていた。

 

関心のある方は公式サイトをご覧になるとよいと思う。

 

https://www.lotte.co.jp/products/brand/kiokuryoku-hanitsukinikui/

 

これを見れば、まさかまったくのデタラメというわけでもなさそうに思える。

 

私は一時期サプリメントを摂取していた時期があった。グルコサミンだのビタミンCだのブルーベリーだの、1か月に1万円くらい様々なサプリメントを摂取していた。しかし、効果は実感できなかったし、そもそも効果が実証できないからこそ「薬品」に昇格できずに「サプリメント」のままなのだ。(コンドロイチンなど効果が実証できるものは「薬品」として扱われているものもある)。そういう経緯があり、節約生活を目指し始めて以降はサプリメントの摂取はやめた。

 

しかし、今回のこの「記憶力が良くなるガム」はサプリメントではなく、ガムである。

 

だから最初からガムだと思えば、効果が実感できようができまいが、もともと元が取れるのである。しかも効果がなかったとしても、金額もタカがしれているではないか。

 

興味が湧いてきた。

 

本当にこれで記憶力が良くなるかどうかわからないが、試してみてもいいと思うようになった。早速、買いに行きたいという衝動にかられている現在である。

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2018年5月29日 (火)

記憶力

最近の私は記憶力はますますさえるばかりといった感じですが、大昔に買った『記憶力の科学』という本を読みかえしていると、「40歳を過ぎたころから、記憶力は格段に落ちてくる」と記載されていて驚いています。この本の著者は岡山大学医学部卒、東京医科歯科大学大学院卒の医学博士なので、いい加減なことは書いていないとは思うのですが。まあ、発行されたのが約30年前の古い本なので、現在はもっと違った見方があるかもしれません。

 

私の個人的な感想ですが、若かったころの英単語の記憶力と今の外国語単語の記憶力を比べると、若かったころと比べてまったく落ちていないような気がします。というより、若かったころよりも早く単語を覚えられている気すらしています。

 

単に記憶力が落ちているという自覚症状がないだけなのか、それとも本当に記憶力が落ちていないのか、どっちなのかは自分では分かりません。ただそれでも、落ちているという自覚症状はまったくありません。

 

今は多忙ですが、時間を作ってでも、記憶力に関して勉強してみたい気がします。特に単語に関する記憶力について。

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2018年5月23日 (水)

語学検定のリスニングの割合ランキング

英検・仏検・伊検・西検・ハン検・露検の1次試験におけるリスニングの比重は、それぞれの検定・等級でまちまちだ。

 

リスニングの比重の高いものからランキングしてみると次のようになる。ちなみに、仏検は準2級以上からディクテという特殊な試験があるが、ディクテもリスニングの一種として「リスニング」に含めた。また、リスニングの比重が同じであっても、リスニングだけの合格基準点があるほうが、無いほうよりも合格は難しくなるので、ランキング上位とした。また独検は公式サイトを見たが、配点が見当たらなかったので除外した(単位は%、少数第一位を四捨五入した)。

 

    満点 リスニング 割合(%)
1 中検1級1次 200 100 50
1 中検2級 200 100 50
1 中検3級 200 100 50
1 中検4級 200 100 50
1 中検準1級1次 200 100 50
6 中検準4級 50 50 50
6 英検5級 50 25 50
8 英検4級 65 30 46
9 伊検4級 62 26 42
10 ハン検1級 100 40 40
10 ハン検2級 100 40 40
10 ハン検3級 100 40 40
10 ハン検4級 100 40 40
10 ハン検5級 100 40 40
10 ハン検準2級 100 40 40
16 仏検5級 100 40 40
17 英検3級 76 30 39
18 伊検5級 56 20 36
19 英検2級1次 84 30 36
19 英検準2級1次 83 30 36
21 英検準1級 86 29 34
21 仏検4級 100 34 34
23 伊検3級 85 28 33
24 仏検1級1次 150 50 33
24 仏検準1級1次 120 40 33
26 仏検2級1次 100 32 32
27 仏検3級 100 30 30
27 仏検準2級1次 100 30 30
29 伊検2級1次 77 22 29
30 伊検1級1次 79 22 28
30 伊検準2級 79 22 28
32 英検1級1次 100 27 27
33 露検2級 300 50 17
33 露検3級 300 50 17
35 露検1級 400 50 13
36 西検1級1次     0
36 西検2級1次     0
36 西検3級1次     0
36 西検6級     0
36 露検4級 250 0 0

 

リスニングの比重の第1位は中検であった。中検はすべての級でリスニングは50%の比重を占めている。漢字を知っている日本人にとってリーディングは上達しやすいが、ネックとなるのがリスニングだ。それが50%をしめ、しかもリスニングだけの合格基準点があるのだから、簡単にはいかない。しかし50%とは重い。ただし中検準4級はリスニングの比重は50%だが、リスニングだけの合格基準点は無いのでランキング6位とした。

 

ランキング10位のハン検(ハングル語検定)は1級から5級のすべての級で満点が100点、そのうちリスニングが40点とリスニングの比重が40%となっている。他の検定と比べ実にスッキリしている。ハングル語の文字の読み方に関しては「1時間で読める」式の本が出ているが(かくいう私も買って本当に1時間程度で読めるようになったが)、さすがにリスニングが40%だと5級すら手が出ない。リスニングの比重だけで試験が難しいとは言い切れないが、40%の負担はけっして小さくはない。

 

英検は34~39%のものが多い。英検は中検やハン検と異なり、等級によってリスニングの比重が細かく変わるのが特徴だ。比重が一番高いのが英検5級の50%、一番低いのが英検1級の27%だ。

 

英検に比べてやや低いのが仏検伊検だ。等級によって僅かな差はあるが、28%~34%のものが多い。留学経験のあるような人であれば、もっとリスニングの比重が高くてもかまわないかもしれないが、日本国内だけで学習するものにとってはこれくらいの比重だとやや受けやすいと言えるだろう。

 

露検のリスニングの比重はさらに低い。1級は13%、2級・3級は17%、そして4級にはリスニングは課されない。

 

西検の場合は、6級にはリスニングがまったく無く、3級以上になると二次試験で会話能力とともにリスニング力も審査されることになるので一次試験ではリスニングは課されない。リスニングは苦手だという向きには、西検3級1次、西検2級1次、西検1級1次は受けやすいことは受けやすい。

 

面白いことに西検4級と5級には1次試験にリスニングが課されるのだが、私の経験から言っても、またネット上の噂から言っても、録音された音声を使ってのリスニングではなく、試験監督がスペイン語のリスニング問題を生で読み上げるのである。「今日は暑いですね~」みたいな、試験とは直接関係ないことを一言二言スペイン語でしゃべってから、「さあ、じゃあ始めますよ」と宣言してからリスニングが始まるところが、なんだか学校の期末試験のような風情がある。解答用紙も問題と解答欄が合体した1枚の用紙であり、マークシートはなく、すべて手書きであることも期末試験を彷彿させる。「リスニングが苦手」という向きには、リスニングの一切無い西検6級がありとあらゆる語学検定の中でももっとも受けやすい検定と言っていいだろう。

 

以上、ひとくちに「〇検」と言っても、中検のようにリスニングの比重が50%の検定もあれば、西検6級や露検4級のように0%のものもある。その間を見ても、40%のものもあれば、30%台、20%台、10%台と様々だ。

 

私の個人的な意見(あくまで個人的な意見であり、私の意見が最も優れているとも思っていないが)としては、リスニングの比重は30%をやや切るくらいが一番理想的なものかなと思っている。そういう観点でいえば、伊検準2級1次(28%)、1級1次(28%)、準2級(28%)、英検1級1次(27%)あたりがリスニングの黄金比率のように感じているのである。

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2018年5月 7日 (月)

中国語の魅力

ヨーロッパの言語は、英語、伊語、西語、独語、仏語と学んできましたが、単語を覚えるという作業がけっこう負担が大きいのは言うまでもありません。

 

その点、日本人にとっては中国語の単語を覚えるのは非常に簡単です

 

最近、面白いな~と思ったものを少し拾ってみましょう。

 

使眼色」は「ウィンクをする」という意味。

 

なるほど「眼の色を使う」のがウィンクですね。

 

方便面」は「インスタントヌードル」という意味。

 

なるほどインスタントヌードルは「便利なヌードル」ですね。いつでも持ち運びができ、湯を入れたらできるので便利!

 

黄油」は「バター」という意味。

 

なるほどバターは「黄色い油」ですね。

 

土豆」は「ジャガイモ」という意味。

 

なるほど「土の中にできる豆」というイメージにぴったりなのはジャガイモですね。

 

単語の組み合わせだけでなく、部首の組み合わせでも面白いものがあります。

 

例えば、部首の「しんにゅう」は「行く」とか「進む」という意味があります。

 

この「しんにょう」に「狂」という文字を組み合わせて「逛」という文字を作ると、どうなるか。

 

意味としては「狂ったように進む」ですが、中国語の「逛」の意味は「ぶらぶら歩く」という意味です。

 

なるほど、「ぶらぶら歩く」のは、中国人の目から見れば、「狂ったように進んでいる」のかもしれませんね。

 

さらに「逛」に「街」をくっつけるとどうなるか。

 

「狂ったように街を進む」という意味になりますが、中国語の「逛街」の意味は「ショッピングをする」という意味です。

 

ヨーロッパの言語は、アルファベットの並び方で意味が変わってきますが、アルファベットの1文字1文字には意味がありませんよね。

 

その点、中国語は1文字1文字に意味があり、その組み合わせで単語ができあがるので、日本人にとっては非常に覚えやすいのです。

 

しかも、「逛」でも見てきたとおり、部首の一つ一つにも意味があり、それを組み合わせて文字ができているので、それが理解できれば、非常に面白いし、意味が分かれば、すぐに記憶できます。

 

冗談を抜きにして、1日に100単語を覚えるのだって中国語だったら十分に可能です。実際、私は中国語の検定試験の前などはそれくらいのペースで覚えています。

 

ある人は、「日本人は、ただそれだけで、すでに中国語の8割を学んでいる」と言ったそうですが、日本人ならば、中国語を学ばないことは非常にもったいないことだと思うようになっています。

 

もちろん中国語に興味のない人には勧めるつもりはありません。

 

しかし、外国語を学んでいる人で、「次は何語にしようかな」と迷っている人がいたら、私なら、迷わず、「中国語が学びやすいですよ」と言うでしょう。それくらい漢字を知っているメリットははかりなく大きいです。

 

私は1年の完全独学でHSK4級合格まで漕ぎつきましたが、HSK4級レベルまで行けば、中国語の映画もテレビ番組も、Youtubeで見放題です。なぜなら中国語の字幕がついていることが多いので、字幕を読めば、だいたい意味が分かるからです。その点、ヨーロッパの言語ではありえない楽しみ方ができるのです。

 

HSKは4級で理系の大学入学、5級で文系の大学入学という目安があるそうです。

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2018年4月13日 (金)

西部邁氏の自殺に思う

 西部氏が自殺をしたが、2人の弟子に手伝わせて死んでいたということが報道されている。

 私は西部氏を詳しくは知らないが、各方面で活躍されていた人であるという認識だけはあった。東大出身で東大でも教鞭をとられていたようである。彼は彼なりの死生観があったものと思われる。
 はたして、私たち人間は、自分で自分の死を決めていいものか。
 聖書によれば、いのちは、神からの賜物であり、自殺するということは神への挑戦である。
 本来ならば、神からいただいたものは、神が決めるべきことであり、自分の好きなように自分勝手に決めてはならない。
 自殺する人というのは、その点を理解していない。自分が「神」になっているのだ。
うつ病だったといわれているが、うつ病であったとしても、神は「乗り越えられない試練」を私たちに課すことはなく、必ず「逃げ道」を用意してくれていると信じることができれば、自殺などしなくて済む。
 「自殺のいったい何が悪い?」と思っている人は、聖書を勉強することをお勧めしたい。
自殺とは、立派な殺人である。被害者と加害者が同じというだけで、やっていることは殺人と同じだ。そして殺人はまぎれもなく罪である。
 

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2018年3月20日 (火)

世界の名門大学の講座が無料で視聴できる

私が英語を学んで本当に良かったと思うのは、今や、インターネット上で世界の名門大学の講座が無料で視聴できることである。

 

もう一度いう。無料だ。完全に無料なのだ。それがcousera だ。

 

興味のある人はリンク先に飛んで行ってみてほしい。

 

https://www.coursera.org/

 

哲学も学んでみたい、経済学も学んでみたい、心理学も学んでみたい、大脳生理学も学んでみたい、言語学も学んでみたい、数学も学んでみたい…。

 

しかも、それを英語で学べるとしたら…

 

しかも、世界の名門大学の講座だったとしたら…。

 

私は、カリフォルニア大学、エジンバラ大学、バージニア大学、エモリー大学などの講座を修了した。すべて無料である。終了証書は有料だが、それは欲しい人だけが購入できるというだけであり、購入する義務はない。だから無料で視聴したい人は無料で視聴できる。

 

言語学の講座の1動画がyoutubeにアップされていたので、どんなものか一つ見て頂ければ分かりやすいと思う。

 

 

 

手前みそになるが、私は中学・高校と英語はずっとトップだった。そんな私に対して、英語が苦手だったある友人はこういった。

 

「英語なんて社会に出たら何の役にも立たない。第一、しゃべれなければまったく役に立たない。僕はそんなものを学ぶ意義などまったく感じない。あまりにもバカバカしいから勉強しないだけだ」

 

しかし、英語ができれば、今、このように世界のトップレベルの大学の講座が無料で視聴できるのだ。留学しなくても、世界トップレベルの学生と同じ内容の講座を視聴できるのだ。

 

couseraは、英語だけでなく、フランス語、ドイツ語、中国語など、世界の多くの言語でも講座があるようだ。

 

実は私は couseraの講座をフランス語、イタリア語、スペイン語、ドイツ語、中国語でも視聴するのを楽しみにしているのである。

 

外国語ができれば世界が広がる。まさにそれを体感させてくれるのがcouseraだ。

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2018年3月14日 (水)

赤裸々告白;私がTOEICを受けなくなった理由

若かりし頃、私はTOEICを毎回のように受けていた。TOEICの問題集はやることはほとんどなかったが、英語の実力アップを計る物差しとして使っていたのだ。

 

青学大3年のときに初めて受けたときのスコアは520点だった。当時のクラスメートには800点台レベルの人も何人かいたが、彼らは帰国子女ばかりで、純粋に日本だけで勉強していた学生の中では、それほど悪い方ではなかったと思う。

 

そこから私のTOEICのマニアっぷりが始まった。520点の次は655点に大幅アップしたことに大感激し、気をよくした私は独学で英語を学び続け、大学卒業時には685点になっていた。

 

英語とは無縁の職場に就職したが、TOEICは受け続け、やがて710点になり、730点になり、780点になり、820点になり、900点になった。900点に達するまで、なんと15回も受け続けており、26歳になっていた。「留学でもしないと無理だ」と思っていた900点台に乗せることに成功し、私は有頂天になった。

 

今、TOEICで900点といっても、たいしたことがないと思われるかもしれないが、当時の旧TOEICでは960点くらいしか出ないものと思い込んでいた。新TOEICでは990点を取る人はけっこういるみたいだが、旧TOEICでは、どの英語関連の雑誌を見ても、せいぜい950点か960点くらいの人しか見当たらなかった。だから私は「900点の大台に乗ったからもういいか」って思ってしまったのだ。つまり、「大台に乗った」ということで満足してしまったというのがTOEICを受けなくなった理由の一つだ。

 

といえば、カッコがつくが、実は、900点を超える点数を出す自信がないというのが本音である。というのも、私の900点というのは、リスニング495点(満点)、リーディング405点なのだ。これは一見、「リーディングの伸びしろがある」と思われるかもしれないが、逆にいえば、「リスニングは伸びしろはまったくない」のである。いや、もっと正確に言えば、「リスニングは落ちる可能性が極めて高い」のだ。実際、リスニングで1問なり2問なり躓いたら、その後どんなに頑張っても、リスニングの点数は落ちてしまう。そしてリスニングが落ちてしまえば、リーディングで頑張ってもトータルスコアとしてはたいして伸びない。ということで、リスニングにものすごいプレッシャーがかかってしまうのである。

 

実は、900点を出した後、3回くらい受けたことがある。しかし、リスニングで1つミスをすると、もうその時点でモチベーションが下がってしまって調子が滅茶苦茶狂った。そしてその結局、895点とか880点とか865点とか、そういうスコアで終わってしまったのである。これはリスニングでなまじっか満点(495点)を出してしまった苦悩とでもいえよう。

 

「なんだよ! 弱音を吐くなよ! 不撓不屈の精神で990点を狙えよ!」とハッパをかけられるかもしれない。

 

しかし、私がTOEICを受けなくなった理由はもう一つある。それは、TOEICのスコアにこだわるより、もっと大切なものがあるということである。TOEICは優れた試験だと思うし、スコアアップを目指して頑張るのもいいと思う。事実、私は900点達成まで15回もお世話になったのだ。

 

しかし、TOEICは万能な試験ではない。例えば、TOEICで翻訳の実力は計れないし、語彙力だってどれだけ正確に計れるか分かったものではない。会話能力を計る物差しとしても十分ではない。だからこそ、私は別の側面に目を向けるようになったのである。カッコを付けた言い方になるが、TOEICのスコアアップ以外にも重要なことはたくさんあるのだ。

 

ということで、赤裸々告白をまとめれば、

(1)「900点という大台に乗った」ということで満足してしまった

(2)なまじっかリスニングで満点を出してしまったこともあり、もうこれ以上の点数を出すのは難しいと思うようになった

(3)TOIECのスコアアップ以外にも重要なことがたくさんあると思うようになった

という3つの理由が、私がTOEICの受験をやめた理由である。

 

ただそうは言っても、990点とか980点とか970点とか実際にとっている人をうらやましいと思うことがないわけではないというのが本音中の本音でもある。

 

まあ、でも、今の私には仏検1級1次とか伊検1級1次、中検1級1次、西検1級1次、独検1級1次といった別の外国語の目標のほうの重きが大きいのでTOEICは受けないだろうが…。

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2018年3月 8日 (木)

英語・イタリア語ボキャブラリーコンテスト

英語学習者とイタリア語学習者に朗報!

 

2018年4月15日(日曜日)に、東京の月島で「英語ボキャブラリーコンテスト」および「伊語ボキャブラリーコンテスト」が開催されます。

 

キャンペーン中につき、参加費は無料、しかも優勝者にはクオカードの賞品が贈呈されます。

 

語学学習でボキャブラリーを磨くことは大切ですよね。

 

この機会をご自身のボキャブラリーを磨くモチベーションにされてはいかがでしょうか。

 

詳しいことは以下のサイトに記載されています。

 

http://w-sophia.com/news/201837/

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2018年3月 1日 (木)

言葉使いに気を付けよう

翻訳家という職業柄、言葉の使い方には非常にこだわりがある。

 

思えば、世の中の人々の間で繰り広げられる口論も、その多くは誤った言葉使いが原因ではないだろうか。

 

桂春蝶氏が、次のような文をツイッターにあげて大炎上し、テレビでも取り上げられていた。彼の文章は以下の通り。

 

「この国では、どうしたって生きていける。働けないなら生活保護もある。我が貧困を政府にせいにしている暇があるなら、どうかまともな一歩を踏み出してほしい。この国での貧困は絶対的に「自分のせい」なのだ

 

最後の「この国での貧困は絶対的に「自分のせい」なのだ」という表現が読者の反発を買って、ツイッターが大炎上したという。

 

本人はテレビに登場して、このツイッターの文の意味を解説していたが、こんなことを言っていた。

 

「もしも私が「この国での貧困は絶対的に「自分だけのせい」なのだ」と書いていたのなら、すぐに撤回して謝罪していたと思う。私は、この国では、100%社会のせいという貧困や、100%政治のせいという貧困はないと思っているのだ」

 

もしそうなのであれば、最初の最初から、「この国での貧困は絶対的に「自分のせい」なのだ」などと書かないで、「この国では、100%社会のせいという貧困や、100%政治のせいという貧困はないと思っている」と書いておけば大炎上など起きなかったのではないか。

 

どうしても「自分の責任もある」ということを伝えたかったのであれば、「この国での貧困は、その原因の何割かは自分に責任があるように、今の私には思える」とでも書いておくこともできたのではないか。

 

ここで下のAとBを比較をしてみてほしい。

 

(A)「この国での貧困は絶対的に「自分のせい」なのだ

 

(B)、「この国での貧困は、その原因の何割かは自分の責任があるように、今の私には思える」

 

ここで読者の方に検討していただきたいのは、上記AとBとでは、どちらが真実に近いかということである。

 

真実からかけ離れればかけ離れるほど、それはその発言者の「偏見」ということになろう。そして、その「偏見」の度合いが大きければ大きいほど反発は出てくると思う。

 

言葉使いに気を付けるようにすれば、口論の多くはもともと起こらずに済むもののように私には思えるのである。

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2018年2月27日 (火)

産業翻訳家と翻訳検定

私が産業翻訳家として企業に勤めていたとき、英日翻訳のチェックは京大卒社長が行い、日英翻訳のチェックはオーストラリア人校正者が行っていた。翻訳スタッフが一人で訳文をしあげてそれを商品として出すということはなかった。もしも誤訳があったり、不自然な表現があったら、会社の名に傷がつくからである。

 

京大卒社長のチェックは厳しかった。誤訳が見つかろうものなら、こっぴどく叱られた。社長は椅子に座ったまま叱るのだが、私たちは、社長の机の横に立たされたまま、延々と説教されるのだ。10分ていどで終わればいいが、30分40分と続くこともあった。これはかなり堪える。心身共に疲れる。

 

それに懲りた私は、自分がしあげた訳文をありとあらゆる観点から見直し、誤訳していないか十分に吟味し、日本語として不自然でないか何度も推敲して社長のチェックを受けるようにしたが、それでも毎回毎回叱られた。考えてみれば、英日翻訳など、ケチをつけようと思えば、いくらでもケチはつけられる。誤訳がなくても、「日本語として不自然だ」ともいえるのだから。

 

社長には叱られっぱなしだった私だったが、そんな私でもすでに当時、英検1級1次に合格していたし、翻訳検定の英日翻訳士3級日英翻訳士3級を持っていた。その他、ありとあらゆる英語関連の資格の一番上もしくは二番目の資格を保有していた。

 

「英日翻訳士3級」といえば、レベルが低いと思われがちだが、この試験の3級は「商品としての訳文を一人でしあげることができるレベル」であり、言い換えれば、フリーランスとしても一人でやっていけるレベルである。であるから「3級」といっても英検1級1次よりは難しいと思う。事実、長年の経験のある翻訳家が受けても、3級にすら受からないケースもあった。

 

一方、社長はどうかといえば、京大こそは出てはいるものの、大学卒業後は特に英語の勉強をしていたわけではなく、英語関連の資格はもちろん翻訳検定も受けたことがなかった。

 

しかし、それでいて、私の訳文をチェックし終えてから、自身が「お化粧直し」した訳文を評しては、満面の笑みを浮かべてよくこんなことを言っていた。

 

「これこそが英日翻訳士1級の訳だよ。どうだね、君、それが分かるかね? 君は英日翻訳士3級を持っているらしいが、私が受けたら1級だね。どんなに調子が悪くても2級は行くね」

 

しかし考えてみればわかると思うのだが、「何もない状態から訳文をしあげる作業」と「しあがった訳文をチェックし、いわゆるお化粧直しをする作業」とでは前者のほうが何倍も難しい。社長がやっているのは、いわゆるお化粧直しにすぎないのであって、それは「何もない状態から訳文をしあげる」ことと比べれば、10分の1ていどの労力で済むことである。

 

しかも翻訳検定はかなり難しい。プロの翻訳家でも3級に落ちる人もいるのに、2級はさらに難しく、1級は「合格者は出ない」とまで言われていた。それなのに社長は平気な顔で「私が受けたら1級だね」と笑いながら言うのであった。

 

そんな社長は我々翻訳スタッフに翻訳検定の資格を受けることを強くすすめていた。私はすでに3級をもってはいたが、2級以上を狙えと言われていた。

 

そんなある日、社長は私の訳文をチェックしながらいつものフレーズを口にした。

 

「私も翻訳検定受けてみたいよ。私ならまちがいなく1級だろうね。どんなに調子が悪くても2級だな、私が3級なんてありえない話だよ」

 

それに対して私はこういった。

 

「では、お受けになってはいかがでしょうか?」

 

「いや、私は老眼がひどくてね、小さい字を見ていると、目がしょぼしょぼしてくるんだ。だから実力が発揮できないと思う。拡大コピーでもして、もっと字を大きくしてくれたら、ぜがひでも受けたいんだがなぁ。残念でしかたがないよ」

 

東大大学院出身の翻訳スタッフは社長のこうした発言を聞いて「社長は、受けたい受けたいって言っているけど、受けるわけはないよ。だって、3級にも受からなかったら、大変なことになるじゃない。今まであんな偉そうなことを言っておきながら、3級にも受からなかったら、信頼が一気になくなるじゃない。社長はそれを恐れているのよ、受けるわけないよ」と言っていた。

 

当時私は翻訳検定の主催者の方と懇意にしていたこともあり、「老眼の人で受けたいと言っている人がいるのですが、問題を拡大コピーしてもらうことはできないでしょうか」と尋ねてみたところ、「おやすい御用ですよ」と快い返事をもらった。

 

そんなある日、京大卒社長がまた「私が受けたら1級間違いなしだ。目さえよければ、ぜひとも受けたいんだがなぁ」といつものフレーズを口にしたので、私はこう提案した。

 

「この前、主催者の人に聞いてみたんですが、問題を拡大コピーしてくださるそうですよ。ですから、お受けになってはいかがでしょうか?」

 

すると社長は困ったような表情を浮かべながら、こういった。

 

「おおそうか、じゃあ、受けようかな。よし、じゃあ、次回受けよう」

 

当時、その検定は東京の1会場の1部屋だけで行われており、受験生の数もせいぜい40~50人しかいなかった。私は2級以上の級を狙うために受けに行ったのだが、どこを探しても社長の姿はなかった。

 

それ以降、社長が翻訳検定のことを口にすることは一切なくなったのである。

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