2017年11月26日 (日)

ひとりで外国語会話練習

日本に住む一般的な日本人が苦労するのが外国語の会話練習。

普段、外国人と接することがほとんどないので、会話力をつけるには会話学校に行くか、会話サークルに参加するか、といった選択肢くらいしかないのでしょうか。

かくいう私も、なかなか会話練習というのができずにいます。

「ひとりごと」を言うというのも、方法の一つではありますが、すぐにモチベーションが下がる。

そこで考えたのが、iPodを聞きながら、聞こえてきた外国語を真似て発音する。家でできる人は家でもいいでしょうが、家でできない人はできる場所を探してみましょう。

実行する場所は、車が通らなくて、かつ、人通りの少ない場所がいいでしょう。

私は運動不足解消もかねてよく散歩をするのですが、ただ散歩するのは時間がもったいない。そこで、上の図のように、散歩と発音練習とを兼ねました。

先日、中国語のスピーキングの検定試験HSKKのフォーマットを調べてみたら、驚くことに、スピーキングの試験なのに、面接官は存在せず、受験生はそれぞれテープに吹き込むようになっているらしいです。

そういえば、TOEFL iBTTOEIC SWもパソコンに向かって話すため、面接官はいません。

アナログが好きな私は、どうもパソコンに向かってスピーキングの試験を受けるというのが苦手で、TOEFL iBTはひどい点数でした。その点、IELTSは面接官と直接対面して話すので話しやすい。

今のところ、気分転換で中国語の片言フレーズでも、きれいな発音に近づこうかなていどの軽い気持ちでやっています。

伊検は2級以上、仏検は準2級以上、独検は準1級以上、西検は3級以上・・・と上の級になると面接試験もあるので、ひとり会話練習も、取り入れながら訓練していこうと思います。

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2017年11月15日 (水)

英語だけに絞るか、英語以外もやるか

 「英語だけに絞るか、英語以外もやるか」というのは悩ましい問題です。仮に英語が中級レベル以上まで到達している人の場合、英語一本に絞って英語をトコトン極めるか、英語以外にも手を出すか、どちらがいいでしょうか。

 

 この問題に関しては、個人個人事情が違いますし、同じ一人の人間でも人生のステージによって事情が変わってきますので、唯一の正解はありません。

 

 ただ、私見ですが、せっかく英語を中級レベル以上まで学習したのであれば、もう1言語やってみるのも悪くないと思います。なぜそう思うかといえば、どんな言語を学ぶにせよ、ゼロから英語を学ぶ労力と比べれば遥かに少ない労力で済むからです。遥かに少ない労力でもう1言語習得でき、それによって視野が広がるとすれば、学習しないほうが勿体ないように思えます。

 

 私の実感でいえば、英語の「兄弟」ともいえるドイツ語の場合は、ゼロから英語を学ぶ労力の5分の1で済みます。もう一度言います。わずか5分の1なのです。もしもそれが本当だとしたら、やってみたいと思わないでしょうか。

 

 英語の「いとこ」ともいえるフランス語やスペイン語、イタリア語の場合は3分の1で済みます。それが私の経験した生の感覚です。

 

 さらに英語とフランス語を学んだあとに、フランス語の「兄弟」ともいえるスペイン語やイタリア語を学ぶとすれば、英語の知識もフランス語の知識も活かせますので英語を学んだときの10分の1の労力で済みます(この「●分の1」の「●」の数字は人によっても変わってくるでしょうが、ゼロから英語を学んだときの労力よりはるかに少ない労力で済むことは確かです)。

 

 中国語は英語とは言語体系が異なりますので英語の知識は活かせませんが、漢字の知識が活かせます。普通の日本人なら小学校、中学校、高校で何百回も漢字テストを受けて来たはずです。しかもその後も日本で生活し新聞や雑誌、書籍を読み続けている以上、日々漢字の知識は増しているはずです。この漢字の知識はバカになりません。その知識が中国語を学習するときにフルに使えるので、中国語を勉強しないほうが勿体ないのです。

 

 例を挙げましょう。日本語の「猫」は中国語でも「猫」なのです。例えば、「gato」だと認識している動物を「猫」と書かなければならないスペイン人から比べれば、日本人は圧倒的なアドバンテージがあることは自明の理です。また日本語の「パンダ」は中国語では「熊猫」ですが、日本人なら「熊のような猫」と覚えれば一瞬で覚えられます。一方、非漢字圏の人には一瞬で「熊猫」の意味を覚えるといった芸当はまず不可能でしょう。このアドバンテージを利用しない手はありません。私の実感から言えば、やはり日本人にとって最も学びやすいのは中国語です。発音は難しいですが、リーディングだけに限って言えば、1年もあれば中級レベルに到達可能です。

 

 英語一本に専念するのが間違っているといいたいわけではありません。しかし、余裕があれば、英語以外の言語もやってみると景色が変わって見えると思います。国際的な重要度としては英語を凌駕する言語は現在ありませんし、今後も英語以上の言語が現れることはないと言われています。しかしだからといって英語圏の文化だけが優れているというわけでもありません。英語圏以外にも優れた文化があり、その文化に直に触れる手段としてその国の言語を知る価値はあると信じています。そういう意味でも、余裕がある人には英語以外の言語もやってみることをお勧めしたいのです。

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2017年11月12日 (日)

何か国語学ぶのがいいか

 「何語を学べばいいか」という質問に唯一の正解がないのと同じように、「何か国語学習すればいいか」という質問にも唯一の正解はないと言えるでしょう。

 

 1言語だけに絞るのもいいでしょうし、余裕があれば2言語でも3言語でも4言語でもいいでしょう。あるいは、挨拶だけでもいいから広く浅く学びたいという人なら興味の赴くまま50か国語でも100か国語でも学んでみてもいいかもしれません。『世界中の言語を楽しく学ぶ』の著者・井上孝夫氏は100か国語以上学んだそうですから、100か国語もあながち無理だとは言えません。

 

 ただし、外国人と接する機会がほとんどない日本人が独学で「読む楽しみ」「聴く楽しみ」を味わえるようになるにはという前提で考えれば、話は変わってきます。

 

 その前提で考えるとすれば、「自分が費やせる時間・労力・お金を考慮したうえで、最低限中級レベル以上まで到達できそうだと思えるだけの数を上限とすること」が望ましいと私は考えます。

 

 なぜなら初級レベルの実力だと「聴く楽しみ」はほとんど味わえませんし、「読む楽しみ」は味わえるにしても極めて限定的だからです。英語に関しては初級レベルの本でも容易に入手できますが、英語以外の言語に関しては、容易に入手できる初級レベルの本の数はそれほど多くはなさそうです。それではそれまでに費やした努力に対する報酬が少なすぎると思うのです。平たくいえば、せっかく苦労して勉強しても元が取れないのです。先述の井上氏も、次から次へと新しい言語を学んだあとで「多少理解できる程度の言語をいくら増やしてもそれだけのこと」だったと述懐されており、40歳を過ぎてからは、読む楽しみを味わうために数を絞ったそうです。

 

 一方、中級以上になれば、楽しみの度合いが急に大きくなります。中級以上になれば、映画のDVDを見ても理解できるセリフが多くなるので楽しみも増えますし、読める書籍の数も一段と増えます。中級以上になって初めて費やした労力が報われ始めるといってもいいでしょう。ですから、せっかく学習するのであれば最低限中級レベルまでは到達できそうかどうか十分に自問してから始めたほうがいいと思うのです。(あくまでおおよその目安ですが、独検なら2級レベル、仏検なら準2級レベル、伊検3級レベル、HSKなら4級レベルに到達できそうかどうか自問してから始めたほうがいいのではないかと思います)。

 

 理解できる言語の数が複数あれば、「読む楽しみ」「聴く楽しみ」もそれだけ楽しみの種類が増えるものです。2言語が理解できる人よりも3言語が理解できる人が、3言語が理解できる人よりも4言語が理解できる人のほうが、4言語が理解できる人よりも5言語が理解できる人のほうが、味わえる楽しみの種類が豊富といえます。

 

 ただし、学ぶ言語の数を増やせば増やすほどいいというわけではありません。というのも中級レベルまで到達するにはそれ相当の時間・労力・お金がかかりますし、一人の人間が言語を学ぶ上で費やせる労力・時間・お金には限度があるからです。似ている言語を知っていれば上達は早いとも言われており、私の経験からいっても、フランス語とイタリア語、スペイン語はお互い似ているので、そのうちの一つをマスターした後で別の言語を学べば、上達は早いです。しかしそれでも中級レベルまで到達するのは容易なことではありません。とはいえ1つの言語を中級レベル以上まで学習するのと、5つの言語を学んで初級レベルにとどまるのとでは、前者のほうが望ましいと私は考えます。理由はすでに述べたとおり、初級レベルの実力だと「聴く楽しみ」はほとんど味わえませんし、「読む楽しみ」は味わえるにしても極めて限定的だからです。

 

 学習時間だけを考えてみても、効果的な学習をするには週に平均10~12時間が必要という説があります。つまり1日平均約2時間の学習が必要なのです。1日平均約2時間というのは想像以上に大変です。1年のうちには体調の優れない日だってあるでしょうし、知人友人とのお付き合いだってあるでしょう。その他、学習の妨げになることは多々あるものです。そういったことを考慮すれば、1言語でも時間を確保するのは大変なのですから、一度に2言語も3言語もやろうとすると時間的な負担だけでも相当大きくなります。同時に2言語やるとすれば一日平均約4時間、3言語やるとすれば一日平均約6時間という具合です。仮に3言語やるとして、一日平均約6時間という時間的負担に耐えられる一般社会人はいったい何パーセントいるでしょうか。

 

 しかも負担は時間や労力だけではありません。入門書をはじめとする書籍や辞書、検定試験などの出費がかかります。外国語学習は、お金が莫大かかる他の趣味と比べれば、お金がかからないほうだと思いますが、それでも何か国語もやっているとその費用もバカになりません。レベルがあがればあがるほど検定試験代も高くなりますし…。

 

 このようなことを考慮した場合、一度に3か国語以上手を出すというのは負担が大きすぎるので、仕事や家庭生活などに一定の時間・労力を費やす必要のある人は1言語(多くても2言語)に専念するのが賢明だと考えます。

 

 以上、結論を述べると、「何か国語学習すればいいか」という質問に対しては、「自分が費やせる時間・労力・お金を考慮したうえで、最低限中級レベル以上まで到達できそうだと思えるだけの数を上限とする」というのが私の見解です。

 

 様々な事情を考慮したうえで、中級レベル以上まで到達できそうだと思える言語数が1言語なら1言語のみに専念するし、2言語できそうだと思えば2言語取り組むのが理想的だと思います。1言語はすでに中級レベルに到達している人の場合、その1言語をとことん極めるか、2言語目を始めるかは本人しだいです。そういう意味で「最低限中級レベル以上まで到達できそうだと思えるだけの数を上限とする」と上限を設けたわけです。

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2017年11月11日 (土)

大谷直子さんと韓国語

昨夜、テレビを見ていたら、女優の大谷直子さんの話が紹介されていた。

 

ガンを患い、抗がん剤で治療したとのことだったが、抗がん剤の副作用で思考力が低下し、詐欺事件に巻き込まれ、400万円もだましとられたとのことだった。

 

そんな彼女は現在、脳を鍛えるために、韓国語を学び始めたという。そして韓国語検定にチャレンジされるそうだ。

 

外国語学習は、たしかに脳に負担がかかる分、脳が鍛えられると思う。

 

私も今までの人生で非常に多くの検定試験にチャレンジしてきたが、今年10月に受けた伊検3級・準2級併願ほど脳に負担にかかったものはなかったと思っている。普段、イタリア語で作文などすることはないので、それで延々とイタリア語で作文するのは脳に負担がかかる。試験が終わったころには、頭がふらふらになった。

 

しかし、とても心地よい疲れを経験した。頭はふらふらなのだが、なぜか幸福感に満ちたふらふらだったのだ。

 

「ランナーズハイ」という言葉があるが、私は「イタリア語ハイ」を経験したのだ。

 

今、私はフランス語と格闘している。イタリア語も難しいが、フランス語の文法はイタリア語の比ではない。はるかに難しい。だから、余分に脳に負担がかかる。しんどい。

 

しかし、「しんどい」の後に「フランス語ハイ」があると信じて頑張るしかない。

 

ちなみに、大谷直子さんは、だまし取られた400万円を本人訴訟(弁護士をつけずに1人だけで訴訟をすること)で5年もかけて取り戻したのだそうだ。法律に無知だったので、法律の勉強から始めたので5年もかかったそうだが、ものすごいパワーだ。

 

実は私も数年前、本人訴訟をしたことがあり、それなりの額のお金を勝ち取ったことがある。私の場合、1年半程度かかったが、莫大な時間と労力を費やすことになった。私は法学部で学んで、ある程度法的知識があったからまだやりやすかったが、大谷さんはゼロからやったのだから、そのパワーはすごい。並大抵のことではない。

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2017年11月 7日 (火)

英語以外に学ぶとしたら何語がいいか

日本の中学・高校では事実上、外国語イコール英語となっており、ほとんどの人が最低6年以上英語を学習します。さらに大学では第二外国語を(大学によっては第三学国語も)学習します。この事実を前提として、英語以外の言語を学ぶとしたら何語を学べばいいかについて考えてみましょう。

 

 もちろんこれは最終的にその言語を習得して何をしたいのかによって変わるでしょう。例えば、習得後にその知識やスキルをお金儲けの手段としたいと思っている人とそうでない人とでは選ぶ言語が異なるでしょう(例えば、通訳になりたい人なら通訳の仕事の需要がありそうな言語を選ぶのがよく、翻訳家になりたい人なら翻訳の仕事の需要がありそうな言語を選ぶのがよいといった具合です)し、その言語が話されている国に対する興味の度合いによっても異なります。したがって、どの言語を学ぶべきだという誰にも共通する一つの正解はないと言えるでしょう。

 

 ただし、ここではお金儲けの手段になるか否かは度外視し、外国人と接する機会がほとんどない日本人が独学で「読む楽しみ・聴く楽しみ」を味わえるようになるという前提で考えてみましょう。

 

 独学で「読む楽しみ・聴く楽しみ」が味わえるようになる最低条件として私は次の4つを挙げたいと思います。逆に言えば、この4つの条件がクリアしていなければ、「読む楽しみ・聴く楽しみ」に到達するのは極めて困難だと私は考えます。

 

(1)入門書が入手できること

 これが一番重要です。どの言語でもいきなり本が読めるはずはありませんから、入門書はどうしても必要です。まずはそこからスタートです。何十冊もそろえる必要はありませんが、数冊は入手したほうがいいでしょう。

 仏語や独語、伊語、西語、中国語などのメジャーな言語であれば容易に入手できますが、マイナーな言語になると入手できないものもあるでしょう。マイナーな言語を学んでみたいという人は、まず真っ先に入門書が入手できるかどうか確かめてみましょう。日本語で書かれてある入門書があればそれが理想的ですが、仮に無い場合でも、英語が読めるという人なら英語で書かれた入門書(例えば『Teach Yourself』のシリーズ)を使うという手もあります。

 私もフランス語、イタリア語、スペイン語、中国語の独学は入門書からスタートしました。ただし、それらの入門書をしあげてから読物を読み始めたというわけではなく、入門書で学習しながら同時に読物を読み始めました。正直、入門書を仕上げること自体、読み物を読むことで味わえる楽しみと比べれば、面白みに欠けるものです。すべて仕上げなくても、入門書に飽きたら読み物や映画に手を出してみるのもいいでしょう。

 

(2)その言語が話されている国から出版されている音源付きの書籍を入手できること

 入門書だけやってそれで満足する人などほとんどいないでしょう。入門書に取り組むのは、野球に譬えて言えば、ピッチングマシンを使ってバッティング練習をするようなものです。ピッチングマシンから投げ出される球が人工的であるのと同じように、入門書の文は人工的なものがほとんどです。そこに「読む楽しみ・聴く楽しみ」を見出そうとしても無理があります。野球の醍醐味はバッティング練習ではなく、試合をすることで味わえるのと同じで、外国語学習の醍醐味も「バッティング練習(入門書を用いての学習)」ではなく、「試合(その言語を意思伝達のために使うこと)」にあると思います。ただ、ほとんどの日本人にとっては英語以外の言語を話す機会はあまりありませんから、「試合」をするにはその言語が話されている国から出版されている書物を読むのが一番です。フランス語の場合はフランスの出版社から出ている書物、ドイツ語の場合はドイツの出版社から出ている書物…という具合です。

 私の場合、それに音源(CD又はMP3)付きの書籍があることを条件としています。なぜなら私のようなものぐさな人間は、音源の助けを借りなければなかなか読書が進まないからです。テキストだけでは読み続けにくくても音源の助けがあればなんとかくらいついていけますし、読むのに疲れたときはベッドに横たわって聴くことに専念するという学習も可能です。また、音源のついている書物であれば、リスニング力も同時に磨けるのも魅力です。音源付きの書物が何等かの方法で入手できるか確認してみましょう。手にとってみることができる書店があるのがベストですが、仮になくてもインターネット経由で入手できるかどうか確認しておきましょう。

 

(3)日本で受けられる検定試験が存在すること

 「読む楽しみ・聴く楽しみ」が味わえるようになるには少なくとも中級レベルまでは到達すべきだというのが私の考えです。というのも初級レベルでは「聴く楽しみ」が味わえるほどのリスニング力はありませんし、初級レベルの本を「読む楽しみ」を味わえるにしても初級レベルの本の数が少ないからです。ところが中級レベルに到達すれば、読める書籍の数はぐんと増えますし、「聴く楽しみ」も徐々に味わえるようになるからです。初級レベルで終わらせるのはとても勿体ないのです。

 中級レベルまで到達するには、私の場合、検定試験が絶対に必要でした。というのも私の場合、フランス語にしてもイタリア語やスペイン語、中国語にしても、やってもやらなくても生きていく上で何の不都合も生じませんし、お金儲けにつながるかといえば(少なくとも今のところ)つながってもいません。そんな「やってもやらなくてもいい」ことを私のようなものぐさな人間が独学で続けるにはモチベーションが必要なのです。私の場合、その最も大きなモチベーションになりうるものが検定試験でした。

 実際、イタリア語にしてもスペイン語にしても中国語にしても、受けられそうな検定試験(具体的には伊検、西検、HSK)が存在していることを確認してから学習を開始しました。仮にそれらの検定試験が存在していなかったら、学習を開始していなかったでしょう。

 

(4)電子辞書が存在すること

 良い時代になったもので、私が大学生のころは英語の電子辞書すら存在しなかったのに、今や英語以外の外国語も電子辞書が存在します。私の場合、電子辞書が入手できるか否かも学習する言語を決める条件に入っていました。というのも、語尾変化が複雑なヨーロッパの言語を紙の辞書で引くとなると、おそろしく時間と労力がかかるので途中で投げ出すのが目に見えていたからです。

 

 以上、新たに学ぶ外国語を選ぶときの私の条件を4つ挙げましたが、上記の4つのすべての条件がそろうのは、今の日本では、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、中国語くらいではないでしょうか。

 

 ただし、上記4つの条件はあくまで私にとってのものです。ですから、例えば電子辞書がなくてもかまわないという人であれば上記4の条件は度外視して考えてもいいですし、検定試験がなくてもやっていけるという人であれば検定試験がない言語を選んでもいいわけです。重要なことはご自身で新たに学ぶ言語の条件を考えてからその条件に合致したものを選び、学習を開始するということだと思います。

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2017年11月 6日 (月)

自己管理のコツ

電力会社を今までの電力会社から一律5%安くなるという「HTBエナジー」に変えた。

今や様々な電力会社があるが、一律5%安くなるというのは、分かりやすい。
変更は簡単だった。ホームページから申請をするだけでよかった。
1か月近くは待たされたが、今日から「HTBエナジー」にお世話になる。
今までの電力会社は、1か月に一度、請求書が来るまでは自分がどれだけの電力を使ったかわからなかったが、今やIT時代。
「HTBエナジー」のサイトに行けば、1時間単位で自分が使用した電力を見ることができる。
こういうのをこまめにチェックしていると、無駄に電力を使っている場合は、電力使用を控えようという気になる。
体重計も同じで、毎日、体重をチェックしていると、体重が大きく増加しないよう、自分でも気をつけるようになる。
その他、お金の管理にしても、自分の所有している金額をこまめにチェックしていると、大きな出費は控えるようになる。
まずは自分を知ること。これが自己管理の第一歩だろう。
そういう意味では「HTBエナジー」に変えたのは正解だったと思う。

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2017年11月 2日 (木)

親にお金を借りたとき、あなたは…

親にお金を借りたことはあるだろうか。
借りたとき、そのお金はどうしただろうか。
私は大別して3つのタイプがあると思う。
1つ目は、親に催促されなくても自ら進んで返すタイプ。
2つ目は、親に催促されて初めて返すタイプ。
3つ目は、親に催促されても言い訳ばかりして返さないタイプ。
この3つのタイプを一番目から「上」「中」「下」とランク付けしよう。
この「上」「中」「下」はさらに3つに細分化される。
「上の上」は、親に催促されなくても自ら進んで借りたお金を利子
(または利子に相当する感謝の品)とともに返済期限内に返すタイプ。
「上の中」は、親に催促されなくても自ら進んで借りたお金を返済期限内に返すタイプ。
「上の下」は、親に催促されなくても、期限内に返せないと分かった段階で自ら進んで
返済期限内に返せないことを謝罪し、新たに返済期限を相談した上で返済するタイプ。
「上」のタイプに共通することは、自ら進んで返済をする、という点である。
「中」以下のタイプになると、自ら進んで借りたお金のことを話すことはない。
「中の上」は、親に催促をされて初めて、いつまでに返済するかを自ら言い出して、その返済期限内に返すタイプ。
「中の中」は、親に催促されても、いつまでに返済するかを自ら言い出すことはなく、親に返済期限を尋ねられて初めて答え、返すタイプ。
「中の下」は、親に催促されても、いつまでに返済できるかを自ら言い出すことはなく、親に返済期限を尋ねられて初めて答えるも、返済期限を一回以上遅らせて返すタイプ。
「中」のタイプに共通することは、親に催促されるまでは決して自分から借りたお金のことは切り出さないということである。放っておいたら、半年も1年も、1年半も、何も自分からしようとしない。客観的に見れば、放置したままにして、親がお金のことを忘れてくれればいいと期待しているかのようにも見える。
「下」のタイプに共通することは「返さない」ということだ。
「下の上」は、やむを得ない正当事由があって返すことが不可能になっているタイプである。ただし一部返済しているとか、返済には至っていなくても、自ら進んでやむを得な
い正当事由を事前に相談しているのであれば、「中」のタイプに近いといえるだろう。
「下の中」は、やむを得ない正当事由はないが、お金そのものがないために返せないタイプである。お金そのものがないということ自体、自分の責任である。そもそもそんな人は
最初からお金を借りるべきではない。
「下の下」は、やむを得ない正当事由もなく、お金もあるのにも関わらず、なんだかんだと
もっともらしい言い訳をして返さないタイプである。このタイプは「今が人生で一番金がかかるときだ。だからもう少し待ってくれ」などともっともらしい言い訳をして返さないが、客観的に見れば、最初から返す気がなかったと思われても仕方はない。なぜなら、本当に返そうと思えば返せるのに、単に「もう少し待ってくれ」と言い訳をしているからである。
あなたは上記の9つのタイプのうち、どのタイプだろうか。

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2017年10月31日 (火)

青学一直線

 AbemaTVで田村淳の「青学一直線」という番組が放映されている。

 無料なので、興味のある人は「青学一直線」と入力して、見てみるといいだろう。
 青学出身の私はついつい見てしまうのであるが、数回の放送を見て感じたことは、「本気で大学で学ぼうとは思っていないのだろうな」ということだ。
 受験勉強はそれなりに頑張るかもしれないが、それは「頑張っていること」を見せるということ自体のためにやっているように思える。
 それは他の受験生を励ますという意義もあり、またさまざまな目標をもっている社会人を励ますという意義もある。だから番組を否定しようと思っているわけではない。
 
 ただし、4年間、通学課程の学生として大学に通うのは大変だ。レポートの数も半端ではないし、定期試験の前は受験勉強で多忙を極める。学位を取ること自体、芸能活動との両立は極めて困難だ。
 本気で大学に入学する気があるのなら一般入試ではなく、社会人入試という手があるのに、わざわざ一般入試を受けるのは、番組だからであろう。番組がなかったら、わざわざ一般入試で受ける意味が分からない。
 日本では英語が必要とされる仕事は数少ない。そして英語が必要とされる仕事につかない限り、英語の能力は、教養を高めるという点以外にはあまり役立たない。なのに、英語が必須である一般入試を受けるというのは、やはり、番組だからであろう。
 社会人になっても、大学で学びたいという人も多いと思うが、社会人入試という手もあれば、夜間学部に入学するという手もある。さらには、通信制の大学に通うという手だってある。英語が得意な人ならロンドン大学の遠隔教育を受けるという手もある。
 本気で学位取得を目指すのなら、大学に入学してからの自分の生活がどのようなものになるかよく考えてから入学するといいだろう。そうしなければ中退ということになりかねない。
 

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2017年10月26日 (木)

隠れて生きる

哲学者エピクロスは快楽主義を説きました。

快楽主義といえば、現在では当時とは異なる意味で使われています。

すなわち、食べる快楽や性的快楽などの快楽を幸福ととらえて、それを生み出す行為を正しいとみなす主義として使われています。

しかし、エピクロスが快楽主義を説いた真の目的は、心の平静を得ることでした。

エピクロスは肉体的な快楽を求めても幸せになれないと説いています。それよりも心の平静を得たほうが何倍も幸せだと考えたのです。

では、心の平静を得るにはどうすればいいでしょうか。

これに関してエピクロスは「隠れて生きよ」と言います。

といっても物理的な意味でいっているわけではありません。

この言葉が意味するところは、あまり多くの物事にかかわるがあまり心が乱されるのを避けなさい、ということです。

現代人の多くは、あまりにも多くの物事にかかわるあまり本当に自分の好きなことができなくなっています。

「あれもやらなくてはならない」「これもやらなくてはならない」…。でも、本当はそう思い込んでいるだけで、やる必要のないことも多いものです。

色々な情報が飛び込んでくると、それによって私たちの心は乱れます。

では、どうやって「隠れて」生きればいいのでしょうか。

自分のできる範囲内で「心が乱される可能性のあるもの」から遠ざかることです。

テレビは見るのを控える、ネットサーフィンを控える、雑誌を読むのを控える、人とのつきあいを制限する、ウィンドーショッピングを控える…。

こうして「心が乱される可能性のあるもの」から少し距離を置くことによって、その分、落ち着いた生活が送れるようになります。それによって自分が本当に好きなことに打ち込めるようになるのです。

自分なりに「隠れて生きる」方法を探してみましょう。

それが見つかれば、それだけ落ち着いて暮らせるようになります。それこそがエピクロスのいう真の快楽なのです。

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2017年10月22日 (日)

台風

10月22日(日)、東京は台風で大雨であった。

それでちょうど思い出したのが、数年前に受けた宅建だった。
万全の態勢で準備をしていたが、その日は横なぶりの大雨。
最寄り駅から会場に着くころにはびしょびしょになっていた。
当然、調子を崩したが、それがたたってか、不合格となった。
それ以降、宅建は受けていない。
もともと自己啓発のつもりで受けたからだが、そもそも私が宅建を自己啓発として取っても、それほど有意義でもないと思いなおしたからでもある。
今日の雨はそのときの雨と同じくらいのひどい。
もしかして、今日は宅建の試験日か?
とも思ったが、どうやら今年の宅建は10月15日だったようだ。
しかし、今日、TOEICの試験日だったみたいである。
東京で受験された方は、大変だったのではないだろうか。
特に最寄り駅から会場まで離れている場合、徒歩で行くと大変そうだ。
私も今後様々な試験に挑戦しようと思うが、こういう大雨の日は、場合によっては最寄り駅から会場までタクシーに乗ろうと思っている
ズボンもべちゃべちゃ、靴もべちゃべちゃでは、実力が発揮できないと思うからだ。
さて、今年、私には仏検とTCEEが残っている。
全力投球だ。

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