「神はいるのか?」、「死後の世界はあるのか?」。
だれもが一度は考えたことがあるテーマではないでしょうか。
カントをはじめ、多くの哲学者の間では、「神はいるのか?」「死後の世界はあるのか?」といった問題は、人間には証明ができないということで見解が一致しています。
言い換えれば、神や死後の世界の存在の問題は、単に信じるか信じないかの問題、つまり、信仰の問題ということになります。
ただし、人間には証明できないということが、すなわち、神は存在しない、死後の世界は存在しない、ということにはなりません。たんに人間には証明できないというだけに過ぎません。
「神」をどういう存在として捉えるかにもよりますが、「神」を人間のような格好をした存在としてではなく、最高の存在として捉えるならば、多くの哲学者は「神」が存在していることを認めています。例えば、プラトンなら「善」、プロティノスなら「一者」、アリストテレスなら「神」、スウェーデンボルグなら「霊界の太陽」、丹波哲郎なら「秩序」というようにそれぞれ名称はちがいますが、「最高の存在」がいることを信じていました。ただ、その存在を証明することができなかっただけにすぎません。
さて、「神はいるのか?」「死後の世界はあるのか?」は、信じるか信じないかの問題、つまり信仰の問題だといいました。
では、はたして「神の存在」や「死後の存在」を信じている人は大丈夫なのでしょうか。信じたほうがいいのでしょうか、信じないほうがいいのでしょうか。
実は、私たちは、だれしもが何らかを信じて生きているのです。例えばある人は「大学なんか出てもしかたがない、高校を出たら働いたほうがいい」と信じています。これも一つの信仰です。「タバコを吸う女にはロクなのがいない」と信じる人もいます。これもまた一つの信仰です。
信仰するとき、大切なことは、信じようと思っていない人を巻き込まないことです。「神はいる」と信じたければ信じてもいいでしょう。「大学なんか出てもしかたがない、高校を出たら働いたほういい」と信じたければ信じてもいいでしょう。しかし、それを、信じようとは思っていない人にも無理に信じさせようとすると、そこに問題が生じるのです。
何を信じようが、基本的には、本人の自由だと思いますし、それを信じようと思わない他人に強制しようと思わなければ、何の問題もないものと思います。
かくいう私自身はどうかといえば、神の存在も死後の存在も信じています。ただ信じているだけにすぎず、証明はできません。また、神の存在や死後の存在を信じようと思わない他人を説き伏せてまで信じさせようとも思わないのです。
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