2017年5月16日 (火)

ある大富豪の告白

 昔、お付き合いのあった出版社からもらった金持ちになりたい人のために書かれた本がある。

 その中で、ある大富豪はこう述べている。
「富とは力だ。富があればできることは限りない。
最高級の家具で家を飾ることもできる。
はるか大海原に船出することもできる。
遠い異国の珍味に舌鼓を打つこともできる。
金細工師や宝石職人の作った装飾品を買うこともできる。
神々の壮大な神殿を建てることさえできる。
これらすべてが可能になり、喜びと満足を得られる数多くのことが実現できるようになる」
 あなたはこれを読んでどう思うだろうか?
 私はまったく感心しない。
 この告白を読む限り、この大富豪がお金がほしいのは、結局、自分の欲を満足させたいという、ちっぽけなちっぽけな動機でしかない。
 贅沢三昧がしたいがために大富豪になりたいとしたら、そんな夢など、私に言わせれば、ものすごく小さい夢だ。結局、考えているのは自分の事だけにすぎないからだ。
 私なら、そんなお金があるのなら、頑張っている人を応援するために使いたい。(困っている人を助けたいというのとは少し違う。私がお金を使いたいのは、頑張っている人を応援するためである)。
 大富豪になってそのお金をうまく活用して社会に貢献すれば、きっと神様も喜んでくれるだろうが、贅沢三昧をしても神様はきっと喜ばないだろう。
 さて、先の大富豪の言葉に感心しないと述べた。
 ならば私なら富についてどう言うか。
「富とは力だ。富があればできることが増える。
自分を磨くために富を使うことができる。
自分を磨いた後にその能力を生かして、世のため人のためになることをすることができる。
頑張っている人を応援するために使うこともできる」
 先の大富豪は、
「最高級の家具で家を飾ることもできる。
はるか大海原に船出することもできる。
遠い異国の珍味に舌鼓を打つこともできる。
金細工師や宝石職人の作った装飾品を買うこともできる」
などと言っているが、私は別にそんなもの欲しいとなどとは思わない。
 そんなことをやっても神様は全然喜ばないと思うし、私自身だって嬉しいとも思わないだろう。

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2017年5月15日 (月)

6月の西検に向け全力投球

 スペイン語学習に専心している。

 6月に西検を受験予定である。
 

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2017年5月14日 (日)

金を稼いで何がしたいのか?

 先日参加した投資セミナーの講師はこんなことを言っていた。

「私はアメリカの大学院時代に知人の老人宅に遊びにいったことがある。3億円はくだらないだろうと思える大豪邸だった。どうしたらこんな家に住めるのですかと聞いたら、若いときから投資アドバイザーに相談にのってもらって投資を続けたからだよと答えてくれた。それで私も投資アドバイザーになろうと思った」
 私はその老人がどのような性格であり、どのような人生を歩んできたかはわからないし、どんな夢をもっているかもわからない。
 だから、正直、大豪邸に住んでいるといわれても、ただそれだけでは別にうらやましいとも思わない。
 もちろん生活するのに困るような状態よりは金持ちのほうが何倍もいいことは間違いないが、金持ちだからといって幸せかどうかは分からないというのも間違いないことだ。
 金銭的にはそこそこの資産しかもっていないけれど日々、打ち込めるものをもっており、それで社会に貢献できる人と、大豪邸に住んでいるものの、日々、打ち込めるものをもっていなくて毎日暇つぶしにテレビばかり見ている人とでは、私なら前者になりたい。
 お金はたくさんあっても邪魔になるものではないので、意図的に減らしたいとは思っていないが、かといって日々金儲けのことばかり考える人生を送りたいとも思っていない。というより、日々お金のことでアクセクしたくないから投資信託に投資しているのであるから、それで一喜一憂するのは愚かなことだ。
 
 大豪邸に住めるのなら住むのも悪くないが、別に大豪邸ではくても十分に幸せだし、むしろ大豪邸でないほうが幸せな気もする。大豪邸だと光熱費だって高いし、メンテナンスも大変だろうし。そもそもそんなにたくさん部屋があったところで、それで楽しいのかという疑問もある。
 聖書の中に「金持ちが天の国に入ることよりも、ラクダが針の穴を通る方が簡単だ」という言葉がある。それほど金持ちが天国に入るのは難しい。金に執着するからだ。
 金持ちになることよりも、金の本当の使い方を知る方が何千倍も何万倍も何億倍も大切なことだ。
 しかもこの世の中には金よりも何千倍も何万倍も何億倍も大切なことがある。
 別に大豪邸に住んでいる人を批判するつもりはないが、私ならそんなお金があるのであれば、社会に貢献するためにお金をつかう方法を考えるだろう。
 昔、「宮崎伸治奨学金」というのを作って、翻訳家の卵の中から優秀な人に奨学金を出そうという夢をもっていたこともあった。ただ、審査が大変だろうというのもあり、まだまだ実現はしてない。
 今はボキャブラリーコンテストを実施し、優勝者にちょっとした商品を出している程度だが、もし私が大金持ちにでもなったら、規模をもっと大きくし、商品ももっと大きなものにしていきたい。
 私は別に大豪邸に住みたいなどとは思っていないので、余裕資金ができたら、こういった形で社会に還元していきたいと思っている。
 聖書にもこうある。
喜んで与える人を神は愛してくださる」。
 神に愛されたければ、「喜んで与える人」になるべきだ。

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2017年5月13日 (土)

投資信託セミナー参加

 毎月分配型の投資信託のセミナーがあったので参加してみた。

 主催しているのは独立系の投資アドバイス会社だ。
 銀行系や証券会社系の会社だと「この商品がお勧めだ」「これは儲かるぞ」などと手数料ほしさに自分たちに都合のいいことしか言わないが、独立系のアドバイス会社であればアドバイスそのものが商品であるからアドバイスは中立的ではある。
 無料セミナーだから参加したわけであるが、彼らも商売であるから、最終的に狙っているのは顧問契約を結ぶことだ。
 もちろん私自身、素人であるから、アドバイスをもらったほうがよいだろう。しかも中立的なアドバイスならなおさら信頼がもてる。ただ、顧問契約料が高い。そこまでしてお金を増やしたいかといえば、今のところノーだ。
 結局のところ、どんな投資をするにせよ、リスクはつきものであり、たとえ中立的なアドバイスを受けたからといって、リスクがなくなるわけではない。もしも資産が減ったら顧問料は要らないというのなら顧問になってもらってもいいが、資産が増えようが減ろうが、顧問料は別途発生する。それなら自分の判断でやってもいいかなと思う。
 さて、セミナーの内容だが、結局のところ、長期で運用するなら分散投資がよい、ということに落ち着いた。毎月分配型の投資信託は見かけ上、かなり良さそうに思えるが、実質的にはそれほど儲かるわけではない。その辺を理解した上で投資するのであれば、それほど悪い商品ではない、ということだった。想定内の内容だった。
 私が驚いたのは、受講生の年齢の高さだった。
 見たところ、私が一番若く、周りの人たちは70代、80代ばかりという感じであった。
 30代、40代、50代であれば、まだまだ余生が長いので、お金の工面も考えなければならない年代だと思うが、80代ともなれば、不謹慎な言い方になるが、余生はそれほど長いわけではない。なのに、投資に関心があるのかなぁ、そんなにお金を増やして何がしたいのかなぁ、というのが率直な感想だった。
 私はつくづく思うが、お金よりも何千倍も何万倍も何億倍も何百億倍も大切なものがある。お金は生きていく上で必要だが、ひもじい生活を強いられないのであれば、お金よりも、もっと大切なものに目を向けて生きるほうが良いような気がするのだ。
 もちろん80代だからといって投資に関心をもったらいけないというつもりはない。何をしようが、他人に迷惑をかけないのであれば、本人の自由だ。ただ、率直に思ったのは、私が仮に80代まで生きたとしたらお金にはまったく興味などなくなっているだろうなということだった。正直、今でさえも、お金儲けにあまり興味がなくなっているのだから。
 聖書にも「富は地上に積むな。富は天の国に積め」とあるが、まさにそのとおりだと思う。たんまりお金をためたところで、あの世にお金はもっていけないのだから。
 

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2017年5月10日 (水)

悪夢

 悪夢を見た。よく見る悪夢だ。
 出版直前まで編集者と二人三脚で書き進めてきた本が、出版のまさに直前になってから出版が延々と遅らされ、いつまで経っても何の知らせもなく、問い合わせをしてものらりくらりの対応しかしてくれず、何年も出版が伸ばされた挙句にとうとう出版が中止になるという悪夢である。
 私は60冊近く本を出してきたが、出版社の一方的な事情で勝手に出版が中止になったことが5回くらいある。(誤解のないように言っておくが、その大半は翻訳書だ。翻訳のクオリティについては出版社から批判をうけたことはない。つまり、出版が不可能になるほどクオリティが低かったことは一度としてないということだ。なのに出版社の都合で勝手に出版が中止にされるのだ)。
 そういうとき、誠意ある対応をしてくれるところはほぼ皆無だ。 

 赤ん坊をみごもった女性が、まさに出産直前に勝手に堕胎されるくらいの衝撃を受ける。

 何か月もフルタイムで全力で書き上げたものが、勝手に中止にされる悲しみというのは、経験してみた人でなければ分かるものではないだろう。
 私はそういう悲劇を経験して分かったことがある。
 それはそういうときに誰も助けてくれないということである。
 頼れるのは自分だけだ。
 それまでいい顔をしていた編集者は手のひらを返したように嘘八百を並び立てて保身に走る。結局、かわいいのは自分自身だけなのだ。
 そういう経験を何度もして、出版そのものに興味を失っている。
 出版社は、金、金、金…で動いている。
 特に出版不況の今、一番ほしいのはよく売れる本だ。つまりは金だ。
 その金を得るために、やってはいけないことまでもやる人がいる。
 生きていて何が一番大切なのか?
 金か? 名誉か? 昇進か?
 私が思うに、人間、生きているうえで一番大切なのは「より善い人間になろうと努力すること」ではないか。
 金ではない。
 名誉でもない。
 地位でもない。
 「より善い人間になろうと努力すること」ではないのか?
 それが一番神様に愛されることではないのか?
 金のために他人に傷つけることをやっていては、金はたんまりたまるかもしれないが、神様には愛されないだろう。そんなことを一生やり続けて金をたんまりためて、あの世にでも金をもっていくつもりか? あの世では金は何の役にも立たないのに。
 今から思えば、「流産」ともいえる出版直前の出版中止を経験できたことは、私にとっては良かったことだと思う。
 というのも、人間にとって「より善い人間になろうと努力すること」のほうが金儲けの何千倍も大切だということに気付いたからだ。
 悪夢を見るたび、そんなことを思う。 
 
 

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2017年5月 6日 (土)

「論語」原典、3分の2を読破

 ゴールデンウィーク中に「論語」の中国語原典を読破すると決め、一意専心しています。

 孔子は、ソクラテス、キリスト、ブッダと並び、世界四聖人と言われた人物。

 その孔子の「論語」を中国語原典で読むというのは、昨年中国語の勉強を始めた私からすれば考えられなかったことです。
 中国語は日本語と共通する漢字が多いので学習しやすいです。学習しないほうが勿体ないくらいです。
 ゴールデンウィークもあと2日。
 その2日で最後まで読み切る予定です。
 ますます中国語に興味が湧いたので、今後は「三国志」などにも挑戦する予定です。
 中国語を勉強したおかげで楽しみが増えました。
 

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2017年5月 2日 (火)

ゴールデンウィークは「論語」

 昨年までまったく中国語が分からなかったが、少し勉強しただけで、早くも「論語」が読めるようになった。

 ゴールデンウィーク中に「論語」を読破したいと思う。
 さて、私は外国語を学ぶ究極の目的は、より善い人間になり、より善い人生を歩むことだと思っている。
 単位を取るため、いい大学に入るため、いい大学院に入るため、いい会社に入るため、昇進するため、という外的な報酬を求めて勉強する人もいるだろう。
 海外出張することになったから、海外旅行に行くから、外国人と話したいから、といった外国人と接するときのために勉強する人もいるだろう。
 それからの動機がまちがっているというつもりはない。
 しかし、究極の目的は何かと聞かれたら、今の私なら、上のように答えるだろう。
 外的な報酬を求めるためだけに勉強している人は、外的な報酬が得られたら、それで満足して学習をやめてしまうだろう。
 外国人と接するときのために勉強している人は、接する機会が消滅したら、それ以降、モチベーションが維持しにくくなるだろう。
 しかし、より善い人間になり、より善い人生を歩むという究極の目的のために外国語を学習するとすれば、一生、モチベーションは維持できる。
 外国語で名著を読むという目的で外国語を勉強している人は一生かかっても名著を読み尽くすことはないだろう。名著の数は読み切れないくらい多いのだから。
 しかも名著は読めば読むほど味わいが深くなる。
 例えば、聖書がそうだ。何度、何十度、何百度読んでも、その魅力が色あせることはない。
 色あせるどころか、逆に読めば読むほどその魅力にはまる。
 論語もきっと読み応えがあるだろう。
 なにしろ2000年という時の試練に耐えた名著である。
 このゴールデンウィークを論語の読破にささげようと思う。
 外国語を学び続けてきて良かったと思っている。
 こういう名著を読む習慣こそが、より善い人生を歩む礎になると信じている
 また外国語で名著を読むという習慣が身につけば、お金の節約にもなる。
 私が中国から入手した「論語」は本だけでなくCD3枚付きで約2000円だ。
 約2000円でゴールデンウィーク中、勉強できる。しかもしっかり耳からも聞ける。最高の楽しみといえる。
 これが、ほら海外旅行だ、ショッピングだ、レジャーだと言っていたら、お金はどんどん出ていくばかりだろう。
 約2000円だけでゴールデンウィーク中、夢中にさせてくれるのだから、これほど安上がりの楽しみもないだろう。

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2017年5月 1日 (月)

「論語」の原典を入手

 ロンドン大学神学部で学んでよかったことの1つに新約聖書が学べたことがある。

 クリスチャンでなくとも、新約聖書は読んでためになる箇所が沢山ある。
 神学部で学んでいたときは、英語のものを読んでいたが、サーティフィケート課程終了後は、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、中国語のものを読むようにしている。
 英語で何度も読んでいるので内容はわかっているので、読み進めやすい。
 思うに、外国語を学ぶときは、このような価値の高い本を何度も何度も繰り返して読み、感銘を受けたところを大学ノートに書き写すようにすれば、一石二鳥にも一石三鳥にもなる。
 (1)人生訓が学べる、(2)外国語のライティング力がつく、(3)きれいな字を書く練習だと思ってきれいに書くように心がけて書けば字もきれいになる、で一石三鳥だ。
 私は中国語を昨年から学んでいるが、HSK3級、中検4級に合格し、辞書を引きながらであれば中級レベルの読み物も読めるようになった。
 先日、「論語」の原典を入手した。
 CD3枚付きで2000円程度である。
 今後は「論語」で学習をしようと思っている。
 楽しみが増えた。
 
 
 

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2017年4月29日 (土)

誰にでもできる錬金術

 今や超低金利時代。
 日本円でもっていても利子はほとんどつかない時代である。
 そんな今、誰にでもできる錬金術がある。
 それは金券ショップ利用だ。
 すぐにその場でお金が儲かる。
 先日、金券ショップで「セブンアンドホールディングス」の商品券を見つけた。
 500円券が494円で手に入った。

 たかだか1.2%の割引だと思う人もいるだろう。
 しかし、そうではない。
 おつりも出るからだ。
 例えば、セブンイレブンで100円のものを買ったとしよう。
 この商品券で払えば、おつりが400円かえってくる。
 ということは、実質、100円の商品を94円で買ったことになり、6%の割引率を達成したことになるのだ。
 今、日本の銀行で6%の利子などつくところなどないだろう。
 それが商品券をうまく使えば、一瞬で6%割引も夢ではないのだ。
 あまりにも小さな話ではあるが、こういうところで「錬金術」を発揮し、少しでも浮いたお金はすべて投資に回しておく。
 こういうことの積み重ねによって、お金に余裕ができれば、お金に振り回されなくても済む人生が歩めるようになる。
 もちろん金券ショップに行くのが大変ならわざわざ行くまでもない。
 しかし、通勤や通学などの用事で通りかかるところにある金券ショップがあるのなら、利用しない手はない。
 私は学問や勉強に時間をたっぷり費やしたいので、できだけお金は節約して生きている。
 どんなにお金をたくさん稼ぐ人間でも、バンバン使っていたら、いくら稼いでも、まだ稼がなければならなくなる。
 一方、お金をためておけば、それほどお金にしばられた生活を送らなくて済むようになる。
 

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2017年4月19日 (水)

書店の数が激減

 2003年度に全国に2万880店あった書店は2016年度には1万4098店とわずか十数年で約3割も減った、というニュースが流れた。


 やっぱり、というのが私の感想である。

 当時から私は書店数が激減することは予想していた。

 十数年で約3割も減ったとあるが、もっともさかのぼれば、もともと3万店近くあったのが、1万4098店になったのだから、半分になったといってもいい。

 ネットの普及が原因だろうが、たしかに、情報だけを取得するという目的でれあれば、インターネットで調べれば十分という場合が多い。

 しかし、その反面、実際に手にとって読んだほうが面白い本というのもたくさんある。

 おそらくこれからの時代もますます書店数は減っていくだろう。

 書店経営者には大変な時代になったといえる。

 同時に出版社や書き手にとっても大変な時代になった。 

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