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2008年11月

2008年11月30日 (日)

大学院の受験票が届く

 11月28日午後に卒論を出したが、その翌日の午前中に、大学院の受験票が届いた。

 なんともベストタイミングである。ちょうど、大学の勉強から、大学院の受験勉強に切り替えようと思っていたところだったので、これで刺激を受けて、やる気になった。

 受けるからにはベストを尽くそうと思う。

 結果には拘らない。ただ、ベストを尽くしたか尽くさなかったかは、後々、後悔となって現れるので、後悔のないよう、ベストを尽くそうと思う。

 あとは、当日、迷子になってはいけないので、近いうちに、下見にも行っておこうと思う。

 正直、今は合格の自信はあまりない。可能性はまったく分からないが、あえて言えば、20%くらいか。

 だが、ドイツ語検定2級も、受験3ヶ月前は20%程度の可能性しかないと思っていたところ、見事、追い上げて、正答率70%をもぎ取ったわけである。

 だから、今回も、これから追い上げようと思う。

 最終的には合格可能性50%を超えればいいと思っている。

 あとは運を天に任せるだけである。

 

 

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2008年11月29日 (土)

卒論提出

 2008年11月28日午後2時半、慶應義塾大学の卒業論文を事務局に提出した。

 あとは、卒業面接(約30分)を受け、それに合格すれば、とうとう「慶應大学卒業」ということになる。マラソンで喩えていえば、すでに国立競技場に足を踏み入れたというところか。

 長いようでいて、本当にあっという間にここまで来たという感じだ。

 慶應大学を卒業すれば、私は4つめの大学(そのうち2つは大学院)を出たことになるわけだが、特に慶應大学で勉強したことは、とても価値があったと思っている。

 具体的に、何がどう良かったのかを書いていると長くなるので、今回は書かないが、一言で言えば、お金よりも何倍も大切なものを身につけたと思っている。

 さあ、これからは、大学院入試の受験勉強に専念しようと思う。

 大学院入試の勉強となると、完全に孤独との戦いになる。大切なことはいかに自分に強くなるかだ。

 入試までの約2ヶ月で、ベストを尽くそうと思う。

 ベストを尽くせば、どんな結果になろうが、後悔しないと思うからだ。

 

 

 

 

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2008年11月28日 (金)

試験を受けて悔しがる人、爽快になる人

 私の友人に、ある難関試験を受け続けている人がいるが、以前、渋谷で受験し、試験が終わると、悔しさのあまり、渋谷から新宿まで歩いたという。

 私は、正直、驚いた。渋谷から原宿なら分かるが、渋谷から新宿なのだ。

 しかし、なぜ、そこまで悔しくなったのだろうか。私が思うに、きっと、「ああ、もっと勉強してたら、確実に合格していたはずなのに…。もしかするとギリギリで落ちているかもしれないなぁ」と思ったのではないか。それで悔しくなったのではないか。

 一方、私は、先日、ドイツ語検定2級を受け、受験し終わった後は、気分爽快であった。というのも、2ヶ月間、自分なりにベストを尽くしたし、これ以上できないというところまで頑張ったからだ。だから、私はネコカフェに行き、ネコをなでて帰るという余裕があったのである。

 余裕があったのは、合格を確信したからではない。受験後、合格か不合格かのボーダーラインではないかと感じたし、今もって、合格するかどうかは分からない。でも、別にドキドキもしていない。通ったら通っただし、落ちたら落ちただ。

 しかし、それでも、私は清々しい気持ちなのだ。合否に拘っていないからというのもあるが、それよりも、私は元々、合格するためだけに頑張って来たわけではないからである。わかりやすく言えば、私はベストを尽くすために努力してきたのだ。

 これから私は大学院を受験する。こちらのほうは、ドイツ語検定2級よりも遙かに私にとっては重要である。しかし、私はベストさえ尽くせば、おそらくドイツ語検定2級を受けた後のように、清々しい気持ちになれるのではないかと思う。合格はしたいが、拘っているわけではない。私なりにベストは尽くすが、ベストを尽くせば、それで満点だし、合格・不合格にかかわらず、きっと清々しいだろう。

 以前にも書いたが、私たち人間は、究極のところ、少しでも善い人間になるためにこの世に生まれてきたのであって、この世のモノ(資格、名誉、金銭など)を手にするために生まれてきたわけではないのだ。

 だから、目標を持って頑張ること自体はいいが、目標には拘らないようにしようではないか。そんな目標、ちっぽけな目標だ。ハッキリ言ってしまえば、どうでもいいんだ。それよりも、少しでも善い人間になるべく努力しようではないか。そちらのほうが遙かに重要な課題だ。

 誤解してほしくないことは、この世の目標をないがしろにしろということではないということだ。この世の目標はこの世の目標で、達成できるようにベストを尽くすべきだ。だが、そんなちっぽけな目標に拘るのではなく、究極の目標に目覚めよということである。

 

 

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2008年11月27日 (木)

学問と同時に検定試験にチャレンジ

 学問の本質は、真実を見極めることだと思う。しかし、勉強は勉強でやったほうがいいと思う。

 そのモチベーションとなるのが検定試験だ。

 私は、慶應大学に入学して以来、基本的に慶應大学での勉強を最優先してきた。どうしても卒業したかったからだ。頑張りさえすれば、「慶應大学卒業」という切符が手に入る。そのチャンスを無駄にしたくなかった。だから、ガムシャラに頑張ったところがある。

 ただ、慶應大学での勉強はそれはそれで頑張ったが、一方では資格試験にもチャレンジしてきた。慶應大学入学後にチャレンジした資格を思いつくまま挙げてみよう。

1,パソコン検定準2級(一発で合格)

2,パソコン検定2級(8回目で合格)

3,パソコン検定準1級(一発で合格)

4,ドットコムマスター★(7回目で合格)

5,ドイツ語検定3級(2回目で合格)

6,ビジネスコンプライアンス検定初級(一発で合格)

7,知的財産検定2級(一発で合格)

8,FLASHクリエイター検定初級(一発で合格)

9,WEB検定(リテラシー)(一発で合格)

 我ながら、よく頑張ったものだ。

 そして、このたび、ドイツ語検定2級に挑戦し、合否結果はまだ出ないが、単純計算で70%の正答率を出した。

 今は大学院入試があるので、検定試験の受験は極力控えるが、受験が終わったら、早速、いろいろな検定試験に挑戦しようと思っている。具体的には、ドットコムマスター★★、初級シスアド、FLASHクリエイター検定上級、WEB検定(WEBデザイン)などである。今からワクワクしているのである。

 検定試験に挑戦するのも、いいことではないか?

 

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2008年11月26日 (水)

ドイツ語検定2級の合否予想

 ドイツ語検定2級の模範解答が、ドイツ語検定協会のホームページに公表された。 

 ドキドキしながら答合わせをしてみた。

 問題数は、文法が17問、読解が14問、リスニングが9問、合計40問であった。

 答合わせをした結果は次のとおり。

 文法は17問中8問正解であり、正答率は47%であった。「習うより慣れろ」でドイツ語の勉強を推し進めた結果、文法のできはかなり悪かった。本当にドイツ語は語尾がごちゃごちゃ変化するので、なかなか覚えきれない。

 読解は14問中13問正解であり、正答率は93%であった。あと1問あっていたらパーフェクトであった。惜しい。しかし、これはドイツ語学科卒でもドイツ語文学科卒でもない私にとっては自分なりに良くやったと言える正答率である。

 リスニングは9問中7問正解であり、正答率は78%であった。「もしかすれば満点か」などと思っていたが、やはり引っかけ問題にはちゃんと引っかかっていたようだ。

合計40問中28問正解であり、単純計算でいくと、正答率70%ということになる。

 これですんなり合格、といってくれればいいのだが、どうなるかは分からない。というのも、1問あたりの配点は公式には発表されていないので、単純計算で70%でも、傾斜配点で計算するとそれをギリギリ切ってしまっている可能性もあるのだ。しかも、合格基準も受験生のでき次第で調整されるというから、何%取っていれば大丈夫というものがないのだ。

 某巨大掲示板によれば、文法問題は配点が小さく、読解問題のほうが配点が大きいという。それならば、私は読解問題はほぼ完璧のできだったから、合計では70%を超えることになる。ただ、その掲示板に書かれてあることが正しいかどうかは分からないので安心はできない。

 ただ、単純計算であれ、70%を取っているということで、合格の可能性のほうが多少高いかなと思っている。合格の可能性は50%を少し上回っているという感じだろうか。落ちるとすれば、「あと1点足りずに落ちる」というギリギリの線ではないか。合格基準が65%以上になるか70%になるのか、はたまた75%になるのか、その辺が合否の境目だ。

 私にとって、このドイツ語検定は、大学院入試のための1ステップなので、合否にはそれほど拘っていない。だが、せっかくなら合格したい。あれだけ頑張ったのだから…。

 結果は12月下旬に郵送で通知されるようだ。

 合否は、大きな封筒が来ているか、ハガキが来ているかですぐに分かるだろう。合格の場合は合格証入りの大きな封筒が届くはずである。

 結果は、このブログで発表する。楽しみにしていてほしい。

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2008年11月25日 (火)

ネコカフェ

 11月23日は、ドイツ語検定2級を立教大学で受けたわけであるが、その後、息抜きに「ねころび」というネコカフェに行ってきた。本当に息抜きは久しぶりである。たまには、こういう息抜きも必要だ。

 午後5時すぎに行ったところ、満員で行列ができていたので、いったんは入るのを諦めた。肩も凝っていたので、近くのマッサージ店でマッサージを受けてから、再度、店に行くと今度はすぐに入れた。

 正確に数えなかったが、全部で15匹くらいであろうか。いろいろなネコがマンションのかなり広い部屋にいる。それをこれまた15人くらいの客が、エサをやったり、なでたりして遊ぶわけである。だから、ネコカフェという名前ではあるが、「喫茶店」のようなものではなく、「マンションの部屋」である。

 値段は、ネコカフェにしては少々高めの1時間1000円であった。

 ただ、ここのネコは、ネコパークのネコとは違い、わりとさわっても平気であった。ネコパークのネコは接客に疲れているのか飽きてしまっているのか、人がさわれないような所に隠れてしまったり、高い場所に登ったりしていて、さわることが困難である。接客しようという姿勢がまったくない。まあ、ネコだから接客しようという気がなくて当たり前といえば当たり前だが。

 それに対して、ここのネコは、だいたいどのネコでも、さわっても大丈夫なようだ。中にはしっかり抱っこしている中年のオバサンもいた。あまりにきつく抱きしめていたので、こっちが心配になるくらいだった。しかし、ほかのネコパークとこことでは、なぜ、こんなに差がでるのかが不明だ。本当にほとんどのネコがさわっても大丈夫なのだ。

 場所が池袋だからか、次々と客が入ってくるので、私は20分くらいいて出ることにした。しかし、経営の観点から言えば、かなりいい商売になるな。あれで1000円だからな。もっとも、ネコの管理など、いろいろと苦労もあるのだろうけど。

 ネコカフェでリラックスすることができたので、後は大学院入試に向けて全力投球だ。

 

 

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2008年11月24日 (月)

ドイツ語検定2級初受験

 ドイツ語検定2級を初受験した。会場は立教大学だった。

 結論から言えば、感触としては合格の可能性は50%程度だろう。模範解答もなければ、配点も分からず、合格基準点も分からないのであるから、合格も不合格も推測しようがないから、あくまで感触にすぎない。

 読解とリスニングは、かなりできた。答合わせができないのだが、感触としては7~8割は合っているように思う。我ながらよく頑張ったと思う。

 読解は、さすがに2級だけあって、難易度の高い文章で、ぱっと見たときはどうなるのかと思ったが、何度も読み返していくうちに、おぼろげながらも大意はつかめたような気はする。

 リスニングは9問だけであったが、おそらく7問くらいは合っているだろう。なにしろ、この2ヶ月、ほぼ毎日、ドイツ語のCDを聞いていたから、できないほうが恥ずかしい。ただ、満点の自信はない。

 読解とリスニングだけなら、合格は間違いないと思うのだが、なにしろ文法ができなかった。おそらく2~3割しかできていないだろう。もっとできていないかもしれない。

 他の試験には「足きり」があるのもあるが、ドイツ語検定には「足きり」というものはなく、総合点で合格基準点をクリアしてさえいえばいい。合格基準点がどれくらいなのかは分からないが、おそらく65%程度ではないか。となると、私の合格は文法、読解、リスニングの配点がどうなっているかによって決まるが、合格か不合格かの境目あたりではないか。

 だが、私は結果は気にしていない。

 私は私なりにベストを尽くした。だから、今は清々しい気持ちである。合格したら合格したで喜ぶだろうが、不合格でも別にどうったことはない。

 ただ言えることは、もし不合格であったとしても、「手も足もでない」というレベルではないということだ。だから、もし不合格になり、大学院に合格してしまったとしても、来年の秋に再度2級に挑戦しようと思う。

 さあ、これからは、卒論のしあげと大学院入試である。

 卒論は11月末までに事務局に出すつもりなので、実質、あと3~4日しかない。最後の最後のしあげである。これを出してしまえば、あとは卒業面接だけとなる。

 大学院入試に関しては、これから哲学の勉強に専念する。

 試験科目は英語、ドイツ語、哲学なのだが、どういう配点かは分からない。100点、100点、200点くらいなのだろうか。私としては英語の配点を高くしてくれたほうがありがたいのだが、実際は哲学の配点が高いのではないか。

 いずれにせよ、ベストを尽くすのみである。

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2008年11月23日 (日)

ドイツ語検定2級受験当日

 今日は、ついにドイツ語検定2級の受験日である。

 試験自体は午後2時からであるから、(これを書いている時間から)残り時間も本当にあとわずかである。だが、試験会場に向かう電車の中ででも、最後の最後まで努力しようと思う。

 私は、やるだけのことはやったと思っている。だから、合格しようが不合格になろうが、気にはしない。とういうより、気にならない。

 ただ、自分なりにものすごく実力がついたことが分かる。少なくとも、単語力だけでもこの2ヶ月の間に新たな単語を3000語近く覚えたのであるから、実力がついたのも当然だ。勉強していてよく思うのだが、本当にこのペースで勉強し続けたら、来年の秋には準1級でも狙えるのではないかと思うほどだ(ちなみに2級以上は年に1回しか試験がない)。

 さあ、これが終わったら、あとは大学院入試に全力投球だ。

 実は、大学院入試まで、あと2ヶ月しかない。ドイツ語検定は合格になろうが不合格になろうが、その後、たいして人生が変わりはしないが、大学院入試は、その後の人生が大きく変わる。大学院生活がスタートするか否かが決まるのであるから…。私にとっては重大事である。

 だから、一分一秒も無駄にしないようにベストを尽くそうと思う。ベストを尽くして、それで不合格になれば、それはそれで諦めもつくだろう。しかし、ベストを尽くさなければ、「ああ、もっと勉強しておけば良かった」と後悔することになろう。だから、私がすべきことはベストを尽くすこと、それだけである。

 特に注意したいのは、インターネットである。ネットサーフィンというのは、できるだけやらないように心がけているが、たまに興味のあることを調べていたら、ずるずるとネットサーフィンで時間を奪われていることがある。これは本当に気をつけたい。

 ドイツ語検定2級の結果は、1ヶ月くらいしたら出ると思う。結果はこのブログで発表する。楽しみにしておいてほしい。合格する自信があるから書いているのではなく、自分なりにベストを尽くしたという自信があるから書いているのである。合格する自信は50%程度しかない。

 

 

 

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2008年11月22日 (土)

年賀状の季節

 そろそろ年賀状の季節である。

 私の友人に、「夫婦で600枚書くので、毎年12月はまるまる1ヶ月つぶれる」という人がいるが、ご苦労様である。毎年毎年、お金も時間もかかるのに、また今年も600枚書くのであろうか? 昇進を考えている企業人はつくづく大変だなぁと思う。

 私は、年賀状を書かなくなってから10年以上が経つ。私の場合は、フリーだからこういうことができるのである。おかげさまで、みんなが年賀状でひぃひぃ泣かされている間も、好きな勉強ができたり、好きな趣味に没頭できる。

 私を知る人の多くは、こう言って驚く。

「なんでそんなに沢山、本が書けるの?」「なんでそんなに早くレポートが書けるの?」

 その秘密は、私は、それほど重要でないことは一切やらないことにしているからである。言い換えれば、本当に重要なことだけしかやならいからである。だから、周りの人が見たら、驚嘆すべきスピードで、あれもこれも成し遂げられるのである。

 さらに、年賀状に消えるお金も、すべて投資信託に入れることができるから、その分、分配金も増える。

 それだけではない。私は、年賀状が来ても、型どおりの挨拶(あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします)しか書かれていないものや、印刷しただけのものには返事を返さないことにしている。(そもそも、年賀状自体1枚も買っていない)。

 もちろん、型どおりの挨拶だけの年賀状や印刷しただけの年賀状でも、出したいという人を否定しているわけではない。出したい人は出せばいい。そういうのを毎年毎年、繰り返せばいいだろう。毎年毎年200枚も300枚も書けばいいのではいか。

 ただ、私は、そのようなメッセージ性のない「形だけの年賀状」には返事は書かない。それは私にとってはそれほど重要なことではないのだ。そんなことには時間を割く暇があれば、次々とやるべき課題が山積みになっているのだ。

 しかし、逆に、たった一言であれ、メッセージ性のある言葉が書かれてあれば、返事をメールで返すこともある。

 誤解しないでほしいのだが、私は年賀状文化を否定しているのではない。これは立派な日本の文化の一つであり、子供たちにも継承していくべき文化だと言えよう。しかし、大人になれば、文化のすべてに迎合する必要はない。自分のスタイルに合わないものは取捨選択し、本当に自分にとって大切なものだけをやっていけばいいと思う。無意味なことに時間を割くには、人生はあまりにも短い。

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2008年11月21日 (金)

秘密のドイツ語特訓法

 ドイツ語検定2級まで、あとわずかとなった。

 語彙力、読解力、リスニング力は、すでに2級合格の力はついているだろう。問題は文法力だけだ。合格の可能性は50%を超えているのではないか。

 しかし、ガムシャラにドイツ語に取り組んでいたら、驚いたことに、日本語で読んでも難しいと言われているカントの著作も、なんとなく読めるようになっている。

 私には秘密の特訓法がある。

 それは、英語とドイツ語を対訳で読むことである。英語とドイツ語は非常に似通った言語なので、対訳で読んでいくと、辞書を引く手間が省けるし、どんどん読めて行ける。どんどん読むことにどんどん読解力がつく。驚くほどつく。

 普通、対訳で勉強するといえば、日本語とドイツ語を対比させて読むだろうが、これは勉強しずらい。なぜかといえば、ドイツ語は横書きなのに日本語は縦書きであるから、どの文とどの文が対応しているかを一々探さなければならないからだ。

 しかし、英語とドイツ語だと、横書きと横書きなので、スムースに対比させることができる。

 これで私はカントの著作を読んでいる。

 英語がすらすら読める人しかできない秘密のドイツ語訓練法であったが、英語に自信がある人はぜひお勧めする勉強法である。

 なお、多忙のため、なかなか書店に通えないという人のために、下記のリンク先に私が実際に利用したドイツ語参考書をあげておく。

 http://homepage2.nifty.com/MIYAZAKI/gogaku.htm/

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2008年11月20日 (木)

頑張ったら、自分に褒美をあげよう

 次の日曜日は、ドイツ語検定2級を受ける。

 今は、ちょうど卒業論文のしあげと、ドイツ語の勉強で大忙しの毎日を繰り返しており、まったくといっていいほど息抜きをしていない。目を覚ましている時間のほぼすべてを勉強に費やしているといえよう(ただし、食事や風呂などの生活時間帯はのぞく)。

 言い換えれば、DVDも当分観ていないし、サウナも数ヶ月行っていない。もちろん、テレビも見ていない(自宅にテレビそのものがない)。といっても、私には目標があるので、こういう生活は実にチャレンジングであり、生き甲斐も感じている。

 しかし、人によっては、そんなに勉強していて息が切れないかと思う人もあろう。

 たしかに、頭を使うので疲れることもある。だが、そんなとき、私は努力をしたあとの「自分への褒美」をイメージして乗り越えている。

 私はドイツ語検定が終わったら、「自分への褒美」として、検定会場の近くのネコカフェに行こうと思っている。これは実に楽しみだ。どんなネコがいるか。

 それから、もう一つ「自分への褒美」をあげようと思っている。それは11月28日に公開される映画『ソウ5』である。これを映画館に見にいこうと楽しみにしている。

 この映画は『ソウ』シリーズの第5弾であるが、第1弾である『ソウ』を観たときの衝撃は忘れられない。まったく衝撃的なエンディングで度肝を抜かれてしまい、続けざまに第2弾、第3弾、第4弾と観てしまったのである。かなり怖い映画であるが、怖さよりも、エンディングの新鮮さに衝撃を受けた。ちょっと刺激がほしい人には、DVDで第1弾だけでも観てみるとことをお勧めしたい(ただし、怖いものが嫌いな人にはお勧めできません。とにかく凄く怖い)。

 このように、勉強や仕事で頑張った後に「自分への褒美」をあげるのも、いい刺激になります。

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2008年11月19日 (水)

大切なのは実行すること

 いろいろな方のブログを拝見していると、ブログで夢を宣言しても、実際に次々と実行している人もいる反面、いつも計画倒れになる人がいるということに気づく。

 面白いもので、計画倒れになる人は、ほぼ毎回計画倒れになっており、宣言した目標が当初のまま成し遂げられることなどない。

 例えば、通信教育を受けている人の中には、毎回のように、「いつまでにレポートを出す」という目標をブログに宣言している人がいる。しかし、後日、その人のブログを拝見すると、これまたいつものように、できなかったもっともらしい理由が書かれてあったりするのだ。「今度という今度は絶対頑張る」と書いてあっても、なんだかんだで、いつものように計画倒れで終わってしまっている。

 これではブログで夢を宣言する意味がまるでない。このようなブログを拝見していると、「絶対に○日までにレポートをしあげる」と言っている本人も、最初から本気で仕上げる気などなかったのではないかと思わざるを得ない。一応、ブログで目標を宣言はしているものの、本人も「また今回もどうせできなくなるんだろうなぁ」と心の奥底で思っているのではないか。

 結論から言えば、ブログで夢を宣言しようがしまいが、自分で決めた目標を守る人は守るが、守らない人は守らない。大切なのは、ブログで夢を宣言すること自体ではなく、実際に実行するか否かだ。ブログで「いつまでに○○をする」と高らかに宣言しても、それだけでは何も実現しないのだ。実際にやったかどうかで決まるのだ。(ただし、ブログで夢を宣言すること自体は否定しているわけではない)。

 思うに、毎回毎回計画倒れになっている人は、その悪い癖を直さない限り、これから先も、ずっと計画倒れの人生になるだろう。自分で決めたことが守れないという実績がどんどん積み重なると、それが当たり前になってしまい、小さなことすらでもできなくなってしまう。小さなことができないということは、当然、大きなことなどできるはずはない。

 もう一度言う。大切なことは、実際にやるかどうかだ。

 だから、実際にできそうもないことを書いてみたり、書いたけど実際にやらなかったりということは極力なくすことだ。言い換えれば、書いたことは絶対にやり遂げることだ。また、実行できるかどうか分からないことは書かないことだ。

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2008年11月18日 (火)

ドイツ語検定2級まで1週間を切る

 ドイツ語検定2級まで1週間を切った。

 今は、『Horizonte―東京大学ドイツ語教材 [CD付] 』という東京大学出版会から出ている参考書を使って勉強をしているが、この本、東京大学から出ているだけあって、かなり高度である。前半から後半にかけて難易度があがっていくと書かれてあるのだが、いきなり最初から難しい。これはドイツ語検定1級向けではないか。それくらい難しい。

 ただ、私も捨てたものではない。今まで努力してきたかいがあったのか、難しいながらも、なんとか、辞書を引きながら大意はつかめる。

 思うに、語学というのは、才能とか才能でないとかの問題ではなく、コツコツやるかやらないかの差ではないかと思う。言ってしまえば、それだけで決まるのだ。

 思えば、2ヶ月前から、毎日毎日、これでもか、これでもか、とドイツ語単語を覚え、ドイツ語を聞きまくり、ドイツ語を読みまくった(ただし、文法はていねいにやってはない)。

 そのおかげで、ドイツ語を見ても、おびえなくなった。どんなに難しいドイツ語であっても「なんとなくだが分かる」という自信がつきつつある。

 今のところ、合格する可能性は50%程度ではないだろうか。2級といっても、初挑戦であるから、手応えが分からないので、50%程度としておこう。ただ、合格したとしても、それは「さらに大きな目標」へのステップにしかすぎないので、浮かれることなく、コツコツと勉強は続けるつもりだ。

 結果が出たら、このブログで発表する。楽しみにしておいてほしい。

 さて、忙しくて書店になかなか行けないという人のために、私がお勧めのドイツ語教材をご紹介しよう。下記のページに飛んでいってもらえれば、それが分かるようになっている。

http://homepage3.nifty.com/MIYAZAKI/gogaku.htm

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2008年11月17日 (月)

TOEFL iBT初受験

 ロンドン大学通信課程に入学する可能性もあるので、入学資格となるTOEFL iBT(インターネット・ベースド・テスト)を受けてきた。本当は大学院入試のためにドイツ語や哲学の勉強に一分一秒でも多く時間を割きたいのであるが、まあ、大学院入試にも英語の試験があるので、その予行演習にもなるという見方も無理をすればできなくはないと思い受験を決めた。

 TOEFLは大昔受けたことがあったが、今ではTOEFL iBTというのに変わっている。これは紙の試験ではなく、インターネットで行われる試験である。パソコンに向かって、パソコンの画面に現れた英語を見ながら、パソコンの画面に出てくる英語の質問に答える。そういうやり方である。

 しかし、正直、参った。結果を待つまでもなく、不本意な結果であることが分かる。力を出し切れなかった。

 私が受けたのは法政大学であったが、なにしろ初受験なので、要領が分からなくて困った。

 パソコンに向かって受験するのだが、席が狭く、いつ隣の人とぶつかりそうな感じなのだ(実際に一度足がぶつかって、あわててしまった)。私はIT関連の資格をアールプロメトリックセンターでよく受けるのだが、そこでは受験生ごとにしきりがしてあって、試験に没頭できるのだが、法政大学ではしきりという贅沢なものはなかったのである。

 しかも、受験生が集まったときに一斉にスタートするのではなく、個々人ごとにスタートする。だから私が読解問題を解いているときに、隣の席に受験生が座ったり、その受験生が試験監督に質問していたりする。気が散ってどうしようもない。

 私は、正直、読解問題の途中で棄権して帰ろうかと思った。何度も棄権してやろうかと思った。というのも、まったく集中できなかったのだ。

 しかし、それだけではない。リスニングのセクションも、個々人が聞いている英語が違うわけだが、隣の人がボリュームを大きくしていたので、私に筒抜けになっており、これまた集中できない。

 さらにスピーキングは大きな問題であった。普通の試験の場合、スピーキングは面接で行われる。しかし、このテストではパソコンに向かって英語をしゃべらなければならないのだ。これもやはり、隣の人が当然気になる。気にするなといっても、ほんのわずかしか離れていないため、隣の人のしゃべる英語が聞こえてくるのだから気が散らないほうがおかしいだろう。

 パソコンに向かって回答するというのは、一見、採点しやすそうだが、こと外国語の試験に関しては、やはり紙でやったほうがいいような気がする。しかも、スピーキングをパソコンに向かってしゃべらせるというのは、点数をつけるほうはそのほうが楽なのかもしれないが、受験生にとっては違和感がある。しかも、隣の人の声を気にしながらしゃべっていては本来の実力が出せない。

 しかも、この試験、4時間以上にわたる試験だというのに昼休憩がなく、10時からドーンと最後までやるのである。(途中10分だけ休憩があるが、集中力勝負の英語の試験で途中10分しか休憩がないというのはかなりきつい)。

 この試験を受けられる人がいたら、席と席の間に仕切りのある試験場で受けたほうがいいと思う。私の経験からいえば、IT関連資格を3カ所で受けたことのあるアールプロメトリックセンターでは、すべて席と席の間に仕切りがしてあった。それでもやはりパソコンに向かってしゃべるというのは違和感があるだろうが、仕切りがないところだと、最初はどぎまぎして点数が出しにくいだろう。

 あと、この試験は昔のTOEFLとは出題形式がずいぶん違う。だから、事前にどんな出題形式かを知っておくと驚かずにすむだろう。私は『はじめて受けるTOEFL Test攻略×アプローチ―TOEFL iBT対応 全セクション対応+確認テスト1回付 』を購入し、眺めておいた分、それほど驚かずにすんだ。

 私は、来週の日曜日にドイツ語検定2級を受けるが、その後は大学院入試まで何も受けない。受験勉強に熱中するためである。

 ドイツ語検定は紙の試験である。リスニングもあるが、大教室でみんなが一斉に同じドイツ語を聞く。なんだか、こういう試験のほうが受験生にとってはありがたいような気がする。採点が便利だからという理由でパソコンで試験されても、特に外国語の試験のように集中力で点数がグンと変わるような試験は向かないような気がする。

 

 

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2008年11月16日 (日)

急な出費のために

 私は、毎月、数万円は投資信託にかけるようにしている。毎月毎月かけ続けることによって、分配金がどんどん増え、自由に使えるお金が増えるからである。

 理想としては、毎月、5万円以上は投資したい。それができれば、分配金も面白いようにどんどん増えてくれるだろう。

 しかし、現状では、なんだかんで、毎月、急な出費がかさんでしまい、ここのところ、ずっと2万円しか投資できていない。2万円でも、毎月投資し続けているので、受け取る分配金は増え続けているのであるが、微増にしかすぎない。

 面白いもので、本当に急な出費というのは、まったく想定外のときにかかってしまうのだが、これがなくなることはない。

 私の最近の例でいえば、パソコンの修理に5万、モニターの修理に4万、自転車の修理に4万、ドアホンの買い換えに4万…。こういうのが、不思議と1~2ヶ月に1回くらいの頻度でかかってしまうのだ。そんな「急な出費」などなくなってしまえと願っているのだが、どうしてもかかってしまう。

「今月こそは、5万円は投資したいなぁ。今月こそは何も起こらないように…」

 先日も、そう祈っていた矢先、使用しているパソコンが急に調子悪くなった。保証期間のすぎているものなので、見積もりを出して貰うと5万円という数字が提示された。

 これはもう悟るしかない。

 毎月「最低これだけで生活できる」という生活費ギリギリでやっていくのは非常に困難だ。なにしろ、モノは壊れてしまうのだ。そして、それは予告なしに急に壊れる。しかも放置しておくわけにもいかないのだ。

 結論として、急な出費のために月に5万円ていどあったほうが望ましいということが分かった。まあ、そのためにコツコツと投資信託にかけているのではあるが…。

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2008年11月15日 (土)

ロンドン大学通信教育の入学資格

 私は、来年早々、大学院入試を受ける予定である。

 しかし、いかに「合格してやるぞ!」と息巻いても、受けてみないことには、どんな結果になるかは分からない。ベストは尽くすが、だからといって、結果まではコントロールできないのだ。だから、あらかじめ不合格になったときの心構えも作っておく必要がある。

 受けてもないうちから、「不合格になったら…」と不合格になったときのことを考えることは、ややもすれば消極思考ではないかと批判を浴びるかもしれないが、世の中に100%ということはないのであるから、不合格になったときのことも考えておくべきなのだ。

 思うに、これは大学院入試だけではなく、あらゆる試験を受験する人にも言えることではなかろうか。合格目指して頑張るのはいいが、不合格になったときのことも想定しておくべきだ。そうしておけば、不合格になっても取り乱さなくても済む。

 だが、もちろん、合格したときのことを夢みて、それをイメージしながら勉強したほうがいい。不合格の場合を考えておくのは、あくまで不合格になっても落ち込まないようにするためである。

 私の場合、大学院入試に失敗したら、ロンドン大学の通信教育を考えている。

「私はすでにイギリスの大学院まで出ているのだから、学部の通信教育なんて、すぐに入れるだろう」

 実は、そう気軽に思っていたところがあった。

 しかし、よく調べてみると、入学するには英語の能力を証明するものが必要であり、しかもそれは2年以内に受けた試験でなければならない。正直、私は英語の検定試験を10年以上も受けていない。ということは、受け直さなければならないのだ。なんだか非常に面倒だが、こればかりは仕方がない。

 しかも、ロンドン大学の場合、基準が高い。TOEFLだと580点以上となっている。普通、一般の大学であれば500点以上であり、大学院でも550点である。一流と呼ばれる優秀な大学の場合なら550点、大学院なら580点ということもあるが、ロンドン大学は学部の通信教育なのに580点なのである。いかにレベルが高いかが分かるだろう。

 私は、てっきり学部の通信教育なのだから、ロンドン大学だといえ、せいぜい550点もあれば入学させて貰えるだろうと踏んでいた。が、580点以上なのだ。昔の私なら580点以上といわれてもなんてことはなかったが、帰国して長い年月の経った今の私であれば、ブラッシュアップしなければ難しいかもしれない。というのも、TOEFLは、翻訳とは違い、反射神経を使ってパッパ、パッパと解いていかなければならない問題であり、あれは慣れなければ実力があっても点数に反映されにくい試験だからだ。

 ううむ。何をするにも超えなければならない壁があるな。しかし、悩んでいても仕方がない。とにかく、ベストを尽くすのみだ。

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2008年11月14日 (金)

あなたの人生の究極の目標は何か

 「あなたの人生の究極の目標は何ですか?」と聞かれたら、あなたはどう答えるだろうか?

 金持ちになりたいとか、いち早く昇進したいとか、難関試験に合格したいとか、豪邸を手に入れたいとか、そういう外的なものを目標としていないだろうか?

 何をしてもいい。どんな目標をもってもいい。

 ただ、究極の目標というのを、常に意識しながら生きようではないか。そうすれば、人生、大きく間違えるといったことはないはずだ。「こんなはずじゃ、なかったのになぁ」ということがなくなるはずだ。

 では、究極の目標とは何か。

 私は今、卒業論文でプラトンが執筆した『ティマイオス』という作品に取り組んでいる。

 ティマイオスという人は、万有の本性を知ることを仕事とした人だと紹介されているが、彼が言うには、宇宙の構築者が自分に似せることを目的としてこの世を作ったのである。宇宙の構築者とは「神」と言い換えてもいいだろう。

 もし、この考えを受け入れるならば、我々が生きる究極の目標は、神に似ることということなる。言い換えれば、できるだけ神の性質に近づくことが、我々人間の究極の目的なのだ

 それは、お金をたくさん儲けることでもなければ、地位や名誉を手に入れることでもない。正義・節制・勇気・真理・自由…こういった神の性質を少しでも手に入れること、それが我々の究極の目的でなければならないのだ。

 まだまだ学問を究めたいという気持ちが強くなっているが、卒論の提出期限は12月1日である。したがって、万が一印刷が失敗したときのことも考えれば、遅くとも11月24~25日くらいには研究を終えなければならない。(念のために、すでに「製本工房 KS-200-A4 黒 」を購入している。自分でプリントアウトしたものをこれに挟めば、即、卒論ができあがるようになっているのだ)。

  余談であるが、楽しいスライドショーを作ってみた。次のリンクで飛んで行ける。

 http://homepage3.nifty.com/MIYAZAKI/slideshow2.htm

   

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2008年11月13日 (木)

究極の人生の目的は何か

入社して以来、ずっと社長になることを目指していた人が、ある日、ふとこんなことを思ったという。

「社長になったからといって、それで何なの? 会社から一歩外に出れば、タダの人じゃん。そんな会社の中でしか通用しない地位など何になるというの? しかも、任期はたった4年しかないんだよ」

こうして、彼は社長になろうという意欲を失い、今では、お金儲けを第一に考えるようなったという。

私は、お金儲けを考えてはいけないというつもりはない。

アリストテレスもいうように、お金も幸せな人生を送る上で、あるていどは必要なものだ。

しかし、お金があれば、幸せになれるかといえば、けっしてそんなことはない。先日も、100億円以上稼いだといわれる超大物音楽プロデューサーが逮捕されたばかりだが、その例からも、幸せがお金で買えないことが分かるだろう。

お金がいくらあっても、それだけでは幸せになれるわけではないし、逆に、それほどお金をもっていなくても幸せな人はいっぱいいるのだ。

ソクラテスは、正義・節制・勇気・真理・自由を「魂自身の飾り」(善そのもの)と言ったわけだが、「善そのもの」は永遠に輝きを失わない宝だといえる。

私たちは、いずれこの世を去る。長生きしたところで、せいぜい後数十年の話だ。そんな「短期間」でしかいないこの世の「モノ(金・権力・名声)」に興味を抱くより、この世を去った後でも、永遠に輝きを失うことのない「善そのもの」を少しでも多く身に着けることを人生の目標にしてみないか?

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2008年11月12日 (水)

試験を受けるときの心構え

 試験は、基本的に自分が興味がある試験で、かつ、不合格になったとしても「挑戦して良かった」と思える試験を受けるといいと思う。

 本当はあまり興味がない試験で、かつ、不合格になってしまったら「時間を無駄にしてしまった」と後悔するような試験なら、受けるのは考えたほうがいいと思う。というのも、人間、どんな行動を起こすにしても、うまく行く可能性もあれば、うまく行かない可能性もあるからだ。100%うまく行くということもありえないわけで、逆に言えば、うまく行かない可能性はゼロにはならないからだ。

 だから、うまく行かなかったとき、それをどう受け止めるかも考えておくべきだ。「うまく行かなくても、けっして後悔しない」。そういう心構えがあって初めて挑戦する資格があるといえる。

 資格試験にしろ、投資にしろ、事業にしろ、本人がいくら「今度こそは絶対にうまく行くはずだ。成功してみせる」と意気込んでも、本人の希望どおりになるかならないかは、やってみなければ分からないことである。

 例えば、今、私はドイツ語を必死に勉強している。ドイツ語検定2級を受けるためである。そしてその後に、大学院入試を受けるためである。もちろん、ドイツ語検定2級に不合格になる可能性もある。仮にドイツ語検定2級に合格しても、大学院に不合格になる可能性もある。

 しかし、私は、仮に不合格になったとしても後悔しないという自信がある。私にとっては自分なりにベストを尽くせば、それで満点なのだ。そう思えるからこそ、がんばれるのである。

 ドイツ語なんて、今の私にはお金儲けとは直接関係ない勉強である。2級に合格したところで、そんな実力ではドイツ語の翻訳などできるはずもない。ドイツに旅行したとしても、それほどドイツ語会話ができるとも思えない。そんなものに莫大な時間と労力をかけているのだ。もしも、その努力が「合格」という形で報われることがなかったにせよ、私は後悔しない自信がある。

 もう一度いう。試験にしろ、投資にしろ、事業にしろ、何をするにせよ、うまく行くかどうかはやってみなければ分からないことである。だからこそ、「もし自分の思い通りの結果が出せなくても決して後悔しない」という心構えで取り組まなければならないのだ。

 すべては自己責任なのだ。

 

 

  

 

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2008年11月11日 (火)

ドイツ語検定2級まで2週間を切る

 ドイツ語検定2級まで2週間を切った。

 先週の月曜に買った『ドイツ語ステップアップ 』が非常に良かったので、ガムシャラに取り組んで、1週間ですべて学習しおえた。(もっとも文法問題のすべてを解いたわけではなく、読解部分が理解できるようになったというだけであるが)。

 この参考書がいいのは、読解力をつけると同時に文法がおさらいできるようになっていることである。さらにCDが付いているのでリスニングも強化できる。だから、「ある程度ドイツ語が読めるのだが、文法があやふやだ」という人にはもってこいの教材だ。

 この本は、ドイツ語の初心者からドイツ語検定2級を目指している人まで使える。2級合格を目指している人にとっては前半は簡単に思えるかもしれないが、さらっと目を通しておけば文法のおさらいができる。後半は単語にしても文法にしても、2級受験レベルとしても使えると思う。

 私はこの1週間でガムシャラにこの参考書で実力をつけたので、今では、合格する可能性も40%は超えたと思っている。受験日までさらに復習を綿密にやっていけば、合格可能性は50%は超えると思う。実にチャレンジングな日々を送っている。

 今日からは『ビジネス・ドイツ語 』に取り組むつもりだ。これは、ビジネスで交わされる会話表現が主であるが、私は今までこうした会話体のドイツ語はあまりやっていなかったので、会話表現を身につけることで、さらに幅を広げようと思うのだ。

 合格・不合格には拘ってはいない。私にとってはベストを尽くせば、合格でも不合格でもよい。私にとっての最大の課題は、自分なりにベストを尽くせるか否かだけだ。

 結果は、このブログで発表する予定である。

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2008年11月10日 (月)

不合格の受け止め方

 私の友人がある難関試験を受け、不合格になったという。

 合格することも、もちろん大事であるが、合格・不合格よりも、その結果をどう自分の人生に活かすかのほうが何倍も大事だと思える。

 合格線上の実力の場合、ちょっとした運・不運によって合否が決まる。なのに、合格してしまった人は、不合格者の心の痛みが分からないので、合格したとたんに偉そうなことを言い出すことがある。人によっては、実に傲慢な人間になる人もいる。

 大昔の話だが、私が18才で大学受験をしたときのことだ。

 私の高校の過去の実績から言えば、現役で早慶に合格するのはせいぜい3~4名ていどだった。私は全校で5~10番くらいの実力だったが、絶対に現役合格に拘っていたので、早慶は受けなかった。模試でも毎回A判定が出る大学しか受けなかった。

 高校を卒業した年の3月末に同窓会があった。そのとき、私より成績が低かったある人が慶応に通ったと言った。信じられなかったが、彼は冷笑しながら私にこう言った。

「聞いたよ。お前、青学なんだってな。俺、慶応。勝ったね」

 それは、勝ち誇った者が負けた者に対して発する言葉だった。明らかに馬鹿にした言い方だった。私は深く傷ついた。なぜ「勝ったね」などと言われなければならないのか。

 私は、彼と偏差値競争をした覚えはなかった。志望校すら教えていなかったし、彼の志望校すら知らなかった。まさか私より成績が悪い彼が慶応を受けるとも思ってもいなかった。

 その言葉を聞いた私は地団駄を踏んで悔しがった。

「え、あいつで慶應に通ったの? なら僕なら、受けさえしていれば、早稲田か慶應に通ってたかもな」と。

 しかし、思うのだが、彼はその後、どんな人間になっただろうか。傲慢な人間になってはいないか。一つの物差しだけで人間を判断し、勝ったの負けただのと言う人間になってはいないか。自分は偉くて、世の中の人間は馬鹿だと思う人間になってはいないか。学歴で人を判断する人間になっていないか。

 不合格になったら、それは悔しいだろう。

 でも、合格・不合格よりももっと大事なことがある。合格しても、不合格者の気持ちを察することができない冷たい人間になっては、合格の意味も減じる。逆に、不合格になっても、もっと大事なものを見つめてコツコツ努力すれば、「負け組」がどんな辛い思いをしているかも思いをはせられる優しい人間になれる。

 不合格になったら、それは辛いであろう。しかし、それだけ「負け組」の気持ちをより深く理解できる人間になったと解釈したらどうだろうか。人間、自分が「負け組」の立場に立たされない限り、「負け組」の気持ちなど分かりやしないのだから…。

 

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2008年11月 9日 (日)

投資信託は長期的に考えよ

 投資信託は、投資なのであるから、よく考えてからかけなければならない。しかし、リスクを十分に理解しないうちに、他人から勧められて、「儲かる」と思いこんでかけてしまう人がいるようだ。

  例えば、年金が少ないからという理由で投資信託にかけたのはいいが、基準価格が下がったため分配金も出なくなり、しかたがないので解約したという人がいる。

 どういうかけかたをしたのか分からないが、おそらく、分配金の変動が激しい投資信託だったのではないかと思われる。

 投資信託は、分配金が安定していて、毎月分配があるものがお勧めである。具体的には、海外債券型である。あるいは、不動産型も割と安定している。逆に、変動が激しいのは株型である。

 さらにお勧めしたいことは、1つに絞ってかけるのではなく、異なるタイプのものに分散して投資することである。分散して投資しておけば、すべてのすべて分配金が出なくなるという可能性はほぼなくなるからだ。

 私の経験をお話ししよう。すべては説明しきれないので、特徴的なものを2つ例としてあげよう。具体的な数字を出したほうが、より明確に分かるだろうから、あえて具体的な額を出して説明する。

 私の場合、エマージングソブリンに232万円を投資した。一度にではなく、何度かに分けて投資したのだが、その投資額の総額が232万円である。手数料はこの金額の中に含まれているので、実際に使ったお金が232万円ぴったりという意味である。

 初めてエマージングソブリンに投資してから、かれこれ3年くらいになるが、いままで受け取った分配金の総合計が日本円で約52万円である。ただし、今は基準価格が驚くほど下がっており、時価は146万円に落ちている。だから今解約したとすれば、結局、232万円を約3年間寝かせておいて198万円にしたことになり、約15%も損をしたことになる

「なあんだ、3年も寝かせておいて、15%も損をしたのか。それ見ろ、投資信託なんかやるもんではないだろう」

 そう思う人もいるだろう。しかし、早合点してはならない。もう一つの例を聞いてほしい。

 それはグローバルソブリンである。私が初めてグローバルソブリンに投資したのは、かれこれ5年くらい前であるが、それ以来何度かに分けて投資した総額が410万円である。しかし、今は基準価格がガクンと落ちており、時価は361万円である。ただ、5年間の間に受け取った分配金の総額は約96万円である。つまり、時価と受け取った分配金を足せば457万円になるのだ。410万円の投資が5年間で457万円になっていると考えれば、5年間の投資で約10%増やしたことになるのだ

 この例からも分かるとおり、長く保有していればいるほどリスクが軽減されることが分かるであろう。

 基準価格が下がっているからという理由で焦って解約してしまえば、むしろそのほうが損だ。景気には必ず波がある。「自分が得をするか損をするか」ということばかりに囚われず、長い目で投資を考えれば、それだけリスクは避けられるのである。だいたいにおいて、長年放置しておけば、だいたいは元が取れるどころか、かなりの確率で儲かるはずである。

 多くの投資信託は、5年、10年、15年…と保有しておけば、いいマネーツリーになってくれるはずだ。逆に、1年や2年だけで判断していては、せっかくのマネーツリーも、すくすくと育ちはしない。儲けよう、儲けよう…と焦ってはならないのだ。

 

 

 

 

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2008年11月 8日 (土)

ホームページを充実させようと思えば

 日本では2004年が「ブログ元年」と呼ばれているが、その後の4年間で、ブログの人口が急増しているらしい。なにしろ、日本全国で1000万人もいるというから驚きだ。

 なぜ、そんなに急成長したかといえば、ホームページと比べて、作成が簡単だからだ。

 というより、ブログなんて、知っている人に作ってもらったら、本人は技術的なことは何も知らなくても、作れてしまうのだ。いや、あれは「作る」というより、「設定する」ていどのことでしかない。簡単の最上級だ。

 しかし、思うのだが、いったん簡単にブログを作ってしまうと、もうホームページ作成という面倒なことはできないのではないだろうか

 「ホームページを作ってからブログを作る」という人はこれからもたくさん出てくるだろうが、「ブログを作ってからホームページを作る」という人はなかなか出てこないと思う。それくらいブログの簡単さを知ってしまうと、ホームページをまじめに勉強しようと思わなくなると思う。

 ホームページ作成も、一昔前は、オーサリングツールもなく、作成するのが非常に困難だった。言ってしまえば、命がけで取り組まなければならなかった。何しろ、HTMLを学ばなければならず、それもほんの少しのエラーがあっても表示がおかしくなるのだから。

 オーサリングツールが充実してからは、比較的作りやすくはなった。ただ、それにしても、ブログの何倍も難しいのは言うまでもないことだ。CGIなどは、設定できる人など、ごく少数の人に限られてしまうだろう。私だって、何度も何度も苦労して、覚えたのだ。

 ただ、ブログを開設し、ITに興味を覚え、将来的にはホームページを作ってみたいと思っているあなたであれば、とにかくITの勉強をコツコツとやったほうがいい

 例えば、「ドットコムマスター★」という資格があるが、ホームページを作ろうと思っている人であれば、最低限この資格は必要だろう。そのためには『.com Master 公式テキスト (2008 ★) 』で勉強するといい。また、将来は自分のホームページでお金儲けもしてみたいという人であれば「ドットコムマスター★★」を目指したほうがいいだろう。

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2008年11月 7日 (金)

ドイツ語検定2級まで後2週間

 人には、それぞれ短期目標、中期目標、長期目標というのがあると思う。(もっとも、目先の目標ばかりに囚われて、中長期的な目標が見えなくなっている人もあると思うが)。

 私の場合の短期目標は、とにもかくにも、2週間後に控えたドイツ語検定2級に合格することだ。どうしても通らなければならないというわけではないのだが、気持ちとしては、どうしても通りたい。これくらいのことを突破できないでいて、大学院入試など突破できるはずはないと思っているのだ。

 そこで、2ヶ月くらい前から、必死にドイツ語に取り組んでいるのだが、私の勉強法は「習うより慣れろ」である。特にドイツ語は文法が複雑なので、いちいち真面目に取り組んでいると疲れてしまう。そこで私はどんどん単語を覚え、どんどん文章を読み、どんどんCDを聞き流している。それでも、やはり勉強を続けているせいか、かなり慣れた。文章もある程度読めるようになった。

 しかし、やはり文法を無視してやっていると、「読解問題はできても、文法問題は点が取れないよなぁ」と不安になるのである。それでいて、やはり文法書に取り組もうという気になかなかなれなかった。

 ところが、先日、八重洲ブックセンターで、いい学習参考書を見つけた。なんと、読解とリスニングを強化しながら、同時に文法事項も復習できるという画期的な参考書だ。それが『ドイツ語ステップアップ 』である。

 実は、私は4級レベルの文法も自信のない箇所があった。だが、この参考書であれば、読解やリスニングと同時に文法事項が復習できるようになっているため、文法書独特のとっつきにくさというものがないのだ。だから、私のような文法が苦手な学習者にとっては非常にありがたいのである。

 もちろん、今まで私が使ってきたドイツ語学習参考書も、それぞれそれなりに良かった。どれもが今の私の実力を養うのに役立った。

 そこで、なかなか書店に足を運べないという多忙な方のために、お勧めのドイツ語学習参考書を紹介するページを作った。以下のサイトがそれである。まだ作りたてなので、紹介している書籍は少ないが、今後充実させていきたいと思っている。

 http://homepage3.nifty.com/MIYAZAKI/gogaku.htm/

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2008年11月 6日 (木)

良いことかどうかを判断する基準は何か?

 私の友人に、住宅ローンが残っているのに、さらにローンを組んでアパート経営をしたいという人がいる。

 妻は、そんな話を聞けば、当然、反対するだろう。「だって、まだローンが莫大残っているのに、さらにローンを組むの? そんな危険なこと、やっていいわけないでしょう。万が一、投資に失敗したら、とんでもないことになる。反対です」。こう言うのが普通であろう。

 しかし、そういって猛反対していた妻が、ひとたび、「旦那が亡くなればローンはチャラになる」ということを知るやいなや、「ぜひ、買って」と態度を豹変したという。

 こういう話を聞けば、彼女の行動基準は、「アパート経営という新たな投資をすることが良いことか悪いか」ではなく、「自分にとって都合が良いか悪いか」だったのではないかという印象を受けてしまう。

 誤解しないでほしい。私は「自分にとって都合が良いか悪いか」で物事を判断してはいけないといっているのではない。私の見る限り、世の中の95%以上の人は、「自分にとって都合がいいか悪いか」だけで物事を判断している。都合がよければいい顔をしているが、いったん都合が悪くなったら、手のひらを返したように機嫌を悪くする。それが普通なのだ。「自分にとって都合は悪いけれども、やったほうがいいからやる」ということが実際にできている人などほんのわずかしかいないのだ。

 しかし、行動基準が「自分にとって都合がいいか悪いか」だけになっている人は、カントに言わせれば、なんら道徳的価値内容を持っていない。言葉は悪いが、その点においては下等動物と大差ない。なぜなら、下等動物も、自分に都合の良いことばかりやって生きているからだ。ネコでもエサをくれる人にはなつくが、エサをくれない人は見向きもしないだろう。ある意味、それと同じだ。

 話は変わるが、ここで、ある既婚女性の話をしよう。彼女には旦那と息子がいた。そんな彼女の旦那は住宅ローンを3000万円も残していた。もちろん、金利も付くし、ローン返済のためには延々と働かなければならない。そんな彼女に遺産が手に入った。

 当然、家族のことを本当に思っているのであれば、その遺産を住宅ローンの返済に充てるべきだと思うであろう。なのに彼女は、自分の遺産は、住宅ローンの返済に充てず、日本円で持っておくというのである。

 私は不思議で不思議でしかたがなかったので、彼女にこう聞いた。

「なんで遺産を住宅ローンの返済に充てないの? だって日本円で持っていても、利子だってゼロに近いし、意味ないじゃん。早くローンを返して、少しでも早く楽になったら?」

 多くの人はそのほうが「良いこと」だと思うのではないだろうか。しかし、彼女は冷笑しながら、こう言った。

「馬鹿ねぇ。もし旦那が死んでくれたら、その時点で住宅ローンはチャラになるのよ。だから私にとっては旦那が死んでくれてもいいし、生きているのなら生きているで自分で返済させておけばいいのよ。ここで遺産を住宅ローンの返済なんかに充てたら、私のお金が無くなるもん」

 この女性も、「住宅ローンを早めに返すのがいいことか悪いことか」を「自分にとって都合がいいか悪いか」だけで判断しているのだろう。彼女にとっては、いくら金利がかかろうが、ローンは全額旦那に返させたほうが、自分にとって都合がいいのだ。だから、遺産をローンの繰り上げ返済に使いましょう、などということは絶対に言い出さないのだ。

 では、私はこのエッセイで何がいいたいのか? 

 本当に尊敬に値する人間になろうと思えば、自分にとって都合が良いか悪いかだけで物事を判断するのではなく、それ自体が良いことか悪いことかを理性的に判断できるようになることだ。(もちろん、「自分にとって都合の良いこと」が理性的に判断してやっていいことなら、やってもいい)。その判断が正しくできるようになってこそ、真に精神的な自由を勝ち得ているといえるのだ。「自分にとって都合が良いか悪いか」というレンズでしか物事が見られないとしたら、その人はまだ精神的な自由は勝ち得ていないということなのだ。

 

 

 

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2008年11月 5日 (水)

お金は幸せの源泉にはなりえない

 昨日、衝撃のニュースが日本を駆けめぐった。

 小室哲哉プロデュサーが詐欺の容疑で逮捕されたのだ。報道によれば、本人も罪を認めているというから、有罪になることはまず間違いがないだろう。

 しかし、一時は100億円を超える資産を持つとも言われていたカリスマ音楽プロデューサーがなぜ詐欺をはたらかなければならなかったのか。

 報道によれば、海外事業の失敗で多額の借金を抱えてしまったのが原因の一つらしい。地位も名誉も富もすべてを手にした人間が、まさかまさかの転落劇である。

 この事件を照らして、自分の夢が、お金とか、名誉とか、権力とかを追い求めるだけになっていないか、今いちど反省してみようではないか。

 残念ながら、私が見る限り、この世のほとんどの人は、「お金持ちにさえなれば幸せになれる」、「名誉が手に入れば幸せになれる」、「権力が手に入れば幸せになれる」と思いこんでおり、お金、名誉、権力を求めてアクセク、アクセク立ち回っている。

 しかし、そのすべてを手に入れた人間でも、不幸のどん底に落ちる人もいるのである。この例からも分かるとおり、お金は幸せの源泉ではないのだ。

 では、どうすれば幸せになれるのか。何が幸せの源泉なのか?

 本当に幸せになるには、善い人間になる以外に方法はない。

 善い人間(分別のある人間、思慮深い人間、節制のできる人間)になればなるほど幸せになれるのに、多くの人は、善い人間になろうと真面目に努力するのではなく、それ以外のもの(お金、名誉、権力など)に幸せの源泉を求めるから、おかしなことになるのである。

 例えば、小室氏は、海外事業に失敗したらしいが、莫大のお金を投資するのだから、当然「成功するはずだ」と思って投資したに違いない。しかし、読みがはずれてしまった。投資額がもっと少なければ、こんなことにならなかっただろう。きっと、莫大な投資をしたのも、さらなる名誉を得ようとしていたのであろう。

 だからといって、私は投資をするなと言っているのではない。賢明な投資であれば積極的にしてもいいと思う。しかし、どんな投資であれ、リスクはあるということは忘れてはならない。

 「もっとお金を稼いでやろう、もっとお金が入れば幸せになれるはずだ」

 こういう風に、お金儲けのことだけ考えて投資しようとすればするほど、そこに潜んでいるリスクが見えなくなってしまう。言い換えれば、金銭欲にとらわれるがあまり思慮の足りない投資をしてしまうのだ。冷静になって考えたら「止めておくべきだ」と分かる投資でさえも、冷静さを欠いているために投資してしまうのだ。その結果、自ら悲劇を招くのである。

 何度でもいう。お金儲けを第一に考えるな。億万長者になったところで幸せになれるとは限らないのだ。そんなことよりも、善い人間(分別のある人間、思慮深い人間、節制のできる人間)になることを第一の目標にすべきなのだ。 

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2008年11月 4日 (火)

私の夢

 私の夢の一つに、ホームページとブログを成長させる、というのがある。

 「なんだ、たったそれだけの夢か。夢がちっさいなぁ」と思う人もいるかもしれない。しかし、ITの威力を馬鹿にしてはならない。今では、人気のあるブログでは、毎日毎日何万人という人が訪れ、国をも動かす威力を発揮しているブログさえあるといわれている。それだけの可能性を秘めているのがITだ。

 私は、ホームページを立ち上げてから、かれこれ10年になる。といっても、最初の5年間は、何がなんだかさっぱり分からず、進展しなかった。しかも、仕事も忙しく、「ただ作っただけ」のページにすぎなかった。

 カウンタも一応はつけていたのだが、5年間でトータルでのべ600人くらいしか訪問者がいなかった。600人といっても、そのうち、自分自身も含まれているわけだから、実際に訪れて来た人は、その半分もいなかったに違いない。まあ、見所もなにも無かったのだから、訪問者が少なかったのは当たり前といえば当たり前である。

 その後、ITスクールでホームページの作成技術を学んだりしたが、ホームページ作成の技術は一足飛びには上達しない。壁にぶつかり、諦め、壁にぶつかり、諦め…を繰り返していると、なんだかんだで、いつの間にか時間が経っていた。

 そんな私であったが、徐々にITのスキルをあげつつある。3ヶ月前にようやくブログを開設したのをきっかけに、ホームページの訪問者数も少しづつではあるが伸びつつある。

 今後はデザインを本格的に勉強し、コンテンツを充実させようと思っている

 その一環として、WEB検定(Webデザイナー)を受けようと思う。今は大学院入試の勉強もあるので、受験が終わったらさっそく受けてみようと思う。その資格の勉強をしながら、ホームページのデザインを徐々に改良していくつもりである。具体的には来年の2月以降になるだろう。

 ホームページを成長させて何をしたいのか?

 それは、有益な情報を発信したいのだ。訪れてきた人に楽しんでもらえ、かつ、為にもなるというホームページに成長させたいわけである。

 

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2008年11月 3日 (月)

学問への憧憬

 私は、今、4つ目の大学である慶應大学に在学中であるが、本当に入学して良かったと思っている。

 世間一般の人から見れば、「この人、こんなに沢山の大学に入って、いったい何がやりたいの? 最終目標は何なの? そんなに勉強してお金がたくさん稼げるの? お金が稼げるようにならないのなら、勉強なんてやる意味がないじゃないの?」と不思議で不思議でしかたないだろう。

 しかし、私は胸を張って言えるのだが、私は、学問によって、お金よりも何倍も何十倍も大切なものを身につけたと思っている。(いや、身につけつつあると言ったほうが正しいだろう)。

 私が見る限り、世の中の95%以上の人は、金、権力、名誉…といった「この世のモノ」ばかり求めている。そのため、あれこれと策略を練って、こうしたものが自分により多く流れ込んでくるように努力する。今日も、明日も、あさっても、考えていることは、それだけである。

 だれしも、霞を食べて生きているのでない以上、ある程度のお金も必要であるし、そのためには、ある程度の権力、名誉もあったほうが望ましい。だから、私はこれらの「モノ」を求めることを否定しているわけではない。

 しかし、世の中の95%以上の人は、人生の目標がそれだけになっている。本当に大切なものは何かを知らないし、また、それが何かを知ろうとさえしていないのだ。だから、この世で起きている様々な現象に振り回されて生きることになるのだ。

 ハッキリと言っておきたい。金、権力、名誉…。こうした「この世のモノ」よりも何倍も何十倍も大切なものを知れば、金も権力も名誉も、ガラクタにしか思えなくなる。

 子供のころ、ビー玉やメンコや仮面ライダーのカードなどが「宝物」に思えた日々があっただろう。しかし、大人になれば、そういったガラクタには興味を失うのである。

 それと同じで、本当に大切なもの(真理・正義・節制・善・美など)を知れば、金も権力も名誉も、ガラクタていどの価値しかなくなるのだ。

 もう一度誤解を避けるために言っておくが、金も権力も名誉も、求めること自体は悪いことではない。また、先ほどガラクタに喩えたが、実際はガラクタというほど悪いものではなく、この世で生きていくにはむしろ望ましいものではある。だが、本当に大切なもの(真理・正義・節制・善・美など)から比べれば、金も権力も名誉も、ほとんど無価値に等しいのだ。

 最後に言っておこう。金、権力、名誉…。こうした「ガラクタ」をアクセクと求めてはならない。それは「仮象の善」に過ぎない。そんなものを得るのに人生をかけるのではなく、もっと大切なもの(真理・正義・節制・善・美など)に目を向けることだ。それこそが本当の「宝物」だ。

 

 

 

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2008年11月 2日 (日)

投資信託は長期で考えよ

 「投資信託にかけたのはいいが、どんどん基準価格が下がった」と不満になっている人も多いと思うが、そもそも投資の本質とは、自分だけがいい思いをすることではないはずだ。損をしたと騒いでいる人は、その辺のことが分かっていないのではないかと思う。

 投資の本質とは、「リスクを負って投資することによって、経済を活性化すること」のはずだ。だから、当然、損をすることもある。「損をすることは絶対にない」という「魔法の杖」などこの世に存在しないのだ。

 基準価格が下がれば嘆きたくのは分かるが、嘆くのはやめて、考え方を変えてみよう。

  投資は、博打ではない。賢明に投資していれば、その果実は得られるはずだ

 投資信託の毎月分配型なら、基準価格の下落など気にせず、放置しておけばよい。なにしろ、基準価格が下がったところで、分配金は毎月出るのだから、それを貰っておけばよいのだ。

 利回り10%出る投信で考えてみよう。これを5年間放置しておけば、投資した額の50%が日本円で返還されることになる。10年間放置しておけば全額還ってくることになる。すごいとは思わないだろうか。しかも、投資信託の性質上、5年、10年と保持しておけば、いずれ景気もあがってくるはずだ。10年間も停滞し続けた投信など今まで例があるのか? 

 気長に保っていれば、結局、得になるということがおわかりいただけただろうか。

 

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2008年11月 1日 (土)

語学上達法

 西洋の言葉は、耳から覚えるのが一番であると思う。特にドイツ語は、発音とスペルがほとんど同じといえる言語なので、「耳で理解できること」=「読める」ことということになる。あとはそれがどういう意味かを覚えれば、読解もできるということになる。

 今はいい時代になったもので、外国語学習用のCDはたくさんある。私が今、熱中しているのはドイツ語であるが、今はとにかく、毎日1時間以上は、ドイツ語のシャワーを浴びている。

 今、使っているのは、『ドイツ語の小説を読む〈2〉ベル:ある若き王様の思い出 』という小説を読んだものである。CD付きなので、目からも耳からも学べるようになっている。

 難易度的には、ドイツ語検定1級に相当するのではないかと思うが、私はこれを強制的に耳からシャワーを浴びせかけている。文法は分からないところがあるが、出てくる単語をすべて覚えて、何度も何度も繰り返し繰り返し聞いていると、なんとなく文法も自然とわかってくることがある。「習うより慣れろ」にはもってこいなのだ。

 今、ものすごいペースでドイツ語をやっている。なので、11月下旬にあるドイツ語検定2級も合格可能性は40%を超えたのではないかと思う。特に、リスニングは自信がつきつつある。これだけ毎日毎日ドイツ語を聞いていれば、だれでも慣れる。

 とにかく、外国語に関しては、慣れることが一番だ。頭で理解しようとアクセクするよりも、大量の時間を慣れることに使うことである。

 時に、息抜きにドイツ語映画を見ることもあるが、映画のドイツ語はさっぱり理解できない。これは仕方がない。ドイツ語の映画は気分転換に見ているだけであり、それでドイツ語を習得する気持ちはあまりない。

 検定試験に関してであるが、結果に拘っている人にとって検定試験は辛いものだろうが、今の私にとってドイツ語検定2級は待ち遠しいだけである。合格するか否かも、それほど気にはしていない。合格したいのは山々だし、ベストは尽くすが、結果には拘っていないのである。なにより、こうしてチャレンジできるものを持っているということ自体、チャレンジングであり、楽しいことなのだ。

 

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