多くの人は、お金を儲けるために仕事をしているだろう。しかし、愛情をこめて仕事をすることもできるし、単にお金儲けの手段として惰性で必要最低限のことだけして済ませることもできるだろう。
ここで私は、ある銭湯の話をしよう。作り話ではなく、本当の話なのである。
私は自宅に銭湯があるから銭湯に行く必要はないのだが、私の住む街には「ふれあいデー」というのが月に2回あり、すべての銭湯で通常450円の銭湯代が100円になる。そういうわけで2,3年に1回くらいは気分転換に銭湯に出かけることがあるのだ。
私は東京都や神奈川県の銭湯をいくつも知っているのだが、私が今日入った銭湯は、とても不快であった。何が感じが悪いかといえば、異常なくらい張り紙がしてあり、あれをするな、これをするな、やったら罰金だ、出て行ってもらう…と、まるで客を脅すかのような文言が並んでいたのだ。
すべてではないが、覚えているだけでもここで紹介してみよう。
まず入り口に張り紙がしてあり、「自転車での来所はご遠慮下さい」とある。よく見れば、2カ所に張り紙がしてある。まあ、これは普通であろう。
銭湯に入ると、下駄箱のことろに大きな張り紙がしてあり、「鍵をなくされた方は実費をいただきます」とある。こんなことまで書かなくてもいいだろうと思うが、まあ、この程度なら書いてあってもおかしくはなかろう。こういう張り紙ならたまに見かけるのも事実だ。
お金を払って入ると、腰をかけられる小さな休憩所のような所があったのだが、そこに「いったん風呂場から出られると再入場はできません」とある。サウナでもあるまいし、こんな銭湯でいったん風呂から出て、再度入ろうとする人がいるのかどうか分からないが、風呂屋さんとしては、あらかじめ、再入場を禁止しておきたいわけだろう。
脱衣所に入ると「ロッカーの鍵は必ず閉めてください」とある。同時に「ロッカーの鍵をなくされた方は実費をいただきます」と2カ所に張り紙がしてある。おいおい、「鍵をなくするな」というのは分かるが、そんなになくす人が多いのか? 何度も何度も注意しなくても分かるよ、と言いたくなってくる。
その他、「入れ墨の方の入浴は固くお断りします」とか「酒に酔った方の入浴は固くお断りします」などと10箇条くらい書き出されている。こういう張り紙は、まあ、普通かもしれない。
しかし、これからが問題だ。風呂に入ろうとすると、「湯水を大切に」とか「節水にご協力お願いします」と張り紙がある。さらに横には「当店の水は軟水です。ご理解お願いします」などとある。
風呂場に入ってみると「カランは手を使って回してください」とか「カランの上のレールには体重を乗せないでください」とある。さらに「シャワーは使うときだけ湯水を出してください」とか「カランの独り占めは恥ずかしいことです。やめてください」とある。ここまで来ると、読んでいる私のほうがだんだん気分が悪くなる。そんなに態度の悪い客ばかりなのか? と疑いたくなる。
風呂に入ろうとすると、大きな張り紙で「入る前に前と後ろをよく洗ってください!」とある。さらにその右にはもっと大きな張り紙で「深夜入浴の方は大声をあげると近所迷惑になりますので、けっして大声をあげないでください」とある。おいおい、どれだけ態度の悪い客が来たんだよ、とものすごく感じが悪くなる。
だが、こんなもので張り紙は終わらないのだ。ウソではない。本当のことなのだ。
排水溝のところには「ここで唾をはかないで下さい!」とある。別の排水溝のところに行ってみると、やはりそこにも「ここで唾をはかないて下さい!」とある。おいおい、そんなに皆、唾を吐いているのか? と疑いたくなる。というより、こんな張り紙、生まれて初めて見たぞ。
浴槽内を回ってみると、カランのところに所々張り紙がある。よく見てみると、「ここで髪を染めないでください」とか「カランは譲り合って!」とか書かれてある。さらに「ここで洗濯はしないでください」ともある。どれだけ人に注意するのが好きな店主なのかとおもわずにいられなくなってくる。
さらに「スタッフに協力していただけない方はやむをえず退室していただきます」というのが2カ所に貼られてある。今までそんなひどい客がいたのかと訊きたくなる。
この銭湯には小さなサウナがついており、別料金を払えばサウナに入れるようになっているのだが、サウナの入り口にもきっと何か張り紙がしてあるぞと思っていたら、案の定、「事前にサウナ料金を払わずにサウナに入室した場合は罰金を払っていただきます」とある。
サウナの横の冷水にも張り紙がしてあり、「身体がほてった人が一度に冷水に入ると温度があがってしまうので、ここに入るときは事前に冷水をあびて身体を冷やしてから入ってください」とある。そして冷水の横に付いている排水溝にも「ここで唾を吐かないでください」とあるのだ。
ここまで来ると、楽しいはずの「ふれあいデー」も、こんなにたくさん、あれするな、これするな、あれしたら罰金を払ってもらうぞ、これしたら出て行ってもらうぞ…という張り紙を見て、実に気分が悪くなってしまった。
風呂から出ようとしたら、ドアのところに、「戸はきちんと最後まで締めて下さい!」とある。またその下に「ここを出る前によく身体を拭いてください!」ともある。そんなこと言われなくても分かっているよ、と言いたくなる。
我慢の限界に来たのは、その次の張り紙であった。脱衣所で身体を拭いていたら、ゴミ箱の上にこんな張り紙があったのだ。
「ここでおむつを捨てると、その臭いが部屋中にまわって臭くなるので、けっしておむつを捨てないでください!」
大きな張り紙がしてあったら、どうしても目に入ってくるのである。そしてそのたびに注意されると、だれもがイヤな気分になるのではないだろうか? しかも、「おむつを捨てるな」なんて、みんなに言わなくてもいいことではないか? そんな人、何千人に1人くらいしかいないのだから、その特定の人だけに注意すればいいことではないか?
あなたに聞いてみたいのだ。あなたはこんなにたくさん張り紙がしてある風呂で気持ちよく入浴できるだろうか。あるいは、この風呂屋の店主は本当にお客さんに気持ちよく風呂に入ってもらいたいと思っていると思うだろうか。
誤解しないでほしいのは、私は注意してはいけないというつもりも、張り紙をしてはならないというつもりもないことだ。同じ張り紙をするのにしても、もっと洗練された言葉が使えるのではないかということである。
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