「仮象の目標」に拘りすぎると…
私が見る限り、世の中のほとんどの人は「仮象の目標」しか見えていないように思える。
お金持ちになりたい、不労所得だけで食べていけるようになりたい、社長になりたい、息子にいい大学に行かせたい、娘にいいところに就職させたい、世界一周旅行に行きたい…。
こういうのが「仮象の目標」というわけだが、「仮象の目標」は、つまるところ、自分のことしか考えなくても達成できる目標である。自分、自分、自分…。自分のことばかり考えていても達成できる目標である。要は、自分さえよければいいのである。
さて、ではあなたに聞いてみたい。そんな、自分、自分、自分…と自分のことしか考えずに目標を達成して、そんな人が尊敬に値するだろうか? この世を去ってあの世に行ったとき、そういう人が天国に入れると思うか?
例えば、お金が欲しいがあまり、あの手この手を使って、小金持ちになった人がいたとして、「おお、すごい、○千万の資産を手にしたのか!」といって尊敬するか? ○千万の資産を蓄えたからといって天国に入れてもらえると思うか?
私は霊界の研究を25年近くやっているので、ハッキリと言っておくが、自分、自分、自分…と自分のことを第一に考えて生きていた人は、あの世で地獄に行くのである。いくら資産を貯めようが、いくら美人の嫁さんをもらおうが、いくら豪邸に住んでいようが、いくら一流大学を出ていようが、自分のことを第一に考えている人は、地獄に行くのである。彼らは、死んだ後、地獄に行くためにアクセクとがんばっているようなものなのだ。あなたはそんな人間になりたいと思うか? なりたくはないだろう?
本当に尊敬に値する人間というのは「真の目標」を見いだし、それに向かって日々精進する人である。
「真の目標」とは、自分をより善くすることであり、具体的には、自分の理性を磨くことと、それによって隣人愛を実践していくことだ。「隣人愛」というのが難しければ、「少しでも世のため人のためになることをする」と言い換えてもいい。いずれにせよ、「自分さえ良ければいい」と考えるのを止めて、少しでも世のため人のためになることをするということだ。そういう人が、死後、天国に迎え入れられるのである。
あなたは「自分をより善くする」という「真の目標」をもっているかな?
それとも、お金持ちになりたいとか、旅行したいとか、豪邸に住みたいとか、そういう「仮象の目標」しかもっていないのかな?
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