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2009年12月

2009年12月31日 (木)

大晦日に『グリム童話』

 みなさん、大晦日、どのように過ごしていますか?

 私は、日本大学法学部のレポートに、ドイツ語に、英語に、猛勉強の日々を送っています。

 私の自宅にはテレビがありませんので、「あっという間に時間が過ぎていた」ということがありません。何もすることがなくなったら、本を読むか、勉強するか、インターネットサーフィンするかくらいしかないので、勉強もはかどります。もっとも、最近はインターネットサーフィンの時間が増えてしまっていますので、気をつけなければならないと思っています。

 さて、今、私はドイツ語の勉強のために『Kinder Und Hausmarchen』を、その翻訳書『完訳グリム童話集 1 (講談社文芸文庫)』と照らし合わせながら読んでいます。

 さらに、原書を朗読したテープ『Junior Talking Books』を聴いてリスニング力の強化もしています。

 単にドイツ語の検定試験のために勉強するとなると、面白みのない勉強になると思いますが、童話をドイツ語で読んだり聴いたりしているんだ、という感覚で勉強すれば、勉強そのものが楽しくなります。

 ドイツ語の勉強に飽きた方、ドイツ語を楽しく勉強してみたいかたは、『Kinder Und Hausmarchen』がお勧めです。もちろん、朗読したテープもお勧めです。

 http://homepage3.nifty.com/MIYAZAKI/gogaku.htm

 

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2009年12月30日 (水)

来年、挑戦したい資格

 今年も今日と明日の2日だけになりました。

 さて、来年も、いろいろなことに挑戦していきたいと思います。

 日本大学法学部での勉強も軌道に乗りつつあり、来年1年で卒業要件単位をどれだけ積み重ねることができるかが勝負です。

 この年末年始もレポートの作成をしており、充実した日々を送っています。

 同時に、来年は法律関係の資格にもチャンレジしていきたいと思います。

 とりあえず、1月に2つの資格を受けます。

 1つは、1月5日に「WEB検定(WEBプロデューサー)」を受けます。

 もう1つは、1月末に「オーストリア政府公認ドイツ語検定」を受けます。

 私は図書館で勉強することが多いのですが、年末年始はどの図書館も閉まっていますので、喫茶店で勉強しています。自宅だとどうしてもだれるからです。

 1月4日から開いている図書館を見つけましたので、年明けは4日からそこの図書館で勉強しようと思っております。

 なお、「WEB検定(WEBプロデューサー)」の勉強には『ウェブの仕事力が上がる標準ガイドブック 4 Webプロデュース 』がお勧めです。このテキストをしっかり勉強することで合格が近づきます。

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2009年12月28日 (月)

ドイツ語検定面接対策にぴったりな本

 私は、すでにドイツ語検定2級を取っていますが、2級までなら、ガムシャラに単語を覚えまくれば合格できると思います。私自身、ドイツ語会話はまったく練習していないのに、単語力だけで合格しました。

 しかし、準1級となると、面接がありますので、面接対策が必要になります。

 また、オーストリア政府公認ドイツ語検定にも面接があります。

 そこで、「ある程度、読む力はあるが、スピーキングはさっぱりだ」という人にぴったりの本をご紹介します。

 それは『はじめてのドイツ語会話 』です。

 CD付ですので、最初は、フレーズを覚えながら聞き流すだけでもいいでしょう。

 会話でよく使われるフレーズがたくさん載っていますので、これらをしっかり覚え、すらすら口に出せるようにしていれば、面接も怖くはなくなるでしょう。

 その他、ドイツ語学習参考書は以下のリンク先で紹介しています。

 http://homepage3.nifty.com/MIYAZAKI/gogaku.htm

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2009年12月27日 (日)

不労所得を得る努力をすべき

 私は、30歳でイギリスの大学院に留学し、それまで貯めていた貯金をすべて留学費用に使い果たしましたので、帰国後は一文無しの状態でした。

 そんな状態なのに、すでに「作家・翻訳家」になるという志をもっていましたので、その後の数年は茨の道を歩むことになりました。

 今から思えば、本当にぞっとします。執筆や翻訳の条件は、出版社の言うがままでしたし、しかも、口約束で始めた仕事は、あとで出版社の都合が悪くなると、何度となくひっくり返されたりしました。

 それから10年あまり。

 今の私には「一生遊んでも食べていける不労所得」ができました。ですから、出版社から仕事の依頼が来ても、きちんと条件を確認しますし、条件があわなければお断りしています。

 それができるのも、「一生遊んでも食べていける不労所得」のおかげです。

 ですので、今の私は、仕事がなければないで、学問したり、勉強したりして、楽しく暮らしていけます。

 このブログをご覧の方で、「お金で苦労したくない」という方は、ぜひ、不労所得を作ることをお勧めします。億万長者・本多静六は、留学中、恩師からこう諭されたといいます。

「いかに学者でもまず優に独立生活ができるだけの財産をこしらえなければ駄目だ。そうしなければ常に金のために自由を制せられ、心にもない屈従を強いられることになる」『私の財産告白』

 お金があれば、お金を貰う必要がなくなるわけですから、理不尽なことをされたら、去っていくことができるのです。しかし、お金がなければ、お金を貰わなければ食べていけないのですから、理不尽なことをされても我慢するしかないのです。

 不労所得を作るには、まずは本人の意識改革からです。テクニックや運に任せるのではなく、まずお金が寄ってくる精神をもつことです。

 そのためにお勧めな本が、本多静六の『私の財産告白』です。

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2009年12月26日 (土)

苦難に遭って悩んでいるあなたに

 だれもが苦難は避けて通りたいと思うでしょう。

 しかし、実は苦難にはありがたい側面もあるのです。というのも、苦難のない生活を送ってばかりいては、自分が克服すべきものに気づくことすらできないからです。

 シルバー・バーチは「苦難」について次のように述べています。

地上に苦難がなければ人間は正していくべきものへ注意を向けることができません。痛みや苦しみや邪悪が存在するのは、神の分霊であるところのあなたがた人間がそれを克服していく方法を学ぶためです。」『シルバーバーチの霊訓〈5〉』

 苦難に遭ったら、落ち込むのではなく、そのありがたい側面に目を向けることにしましょう。苦難があるからこそ、成長できるのです。幸運にも苦難のない生活を送っているのなら、自ら率先して自分に課題を課すことで成長していきましょう。

 

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2009年12月25日 (金)

心に残る言葉

 私は、以前から、本を読んで感銘を受けたところはエクセルファイルにデータとして残していました。

 特に、将来何かに使ってやろう、という気があって始めたことではありませんでした。自分自身、人生に悩んだり、成長したいと思ったりしたから、自ら率先してやり続けていたことでした。

 しかし、そのままにしておくのは勿体ないと思い、「心に残る言葉」というWEBページを作成し、読者のみなさんにお読みいただけるようにしました。

 まだ作りかけですが、徐々に改善していくつもりです。

 人生、いろいろ悩みがありますよね。

 そんなときに、私の作成した「心に残る言葉」のページがヒントになれば幸いです。リンク先は以下のとおりです。

 http://homepage2.nifty.com/whitecat/kokoroni.htm

 

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2009年12月24日 (木)

WEBサイトの改善に努めます

 私がWEBサイトを開設したのは、かれこれ10年以上も前のことですが、WEBサイトの勉強をしていて、つくづく、この世界は奥が深いなぁと思います。

 技術力を身に付けるのも、独学ではとても大変ですが、技術力だけあっても魅力的なWEBサイトにはなりません。

 では、WEBサイトの内容が良ければ、人気のあるサイトになるかといえば、そうとも言えません。

 技術力、優れた内容、それにプラスアルファがなければ、多くの人が訪れるWEBサイトにはなりません。

 私は、試行錯誤でやっていますが、まだまだ素人まるだしのWEBサイトのままです。

 今後は、技術力に磨きをかけ、内容の充実をはかり、より多くの訪問者に喜んでいただけるWEBサイトを目指したいと思います。

 とりあえず、1月5日に「WEB検定(WEBプロデュース)」に挑戦します。結果は、当日出ますので、出たらこのブログで公表します。

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2009年12月22日 (火)

年末は1に勉強、2に勉強

 年末になりました。

 私は、この年末、来年1月に受ける「WEB検定(WEBプロデュース)」と「オーストリア政府公認ドイツ語検定(B1)」のための勉強、さらには日本大学のレポート課題に取り組むつもりです。

 そのため、日々、勉強に明け暮れております。

 仕事や法律の勉強などで、しばらくドイツ語の勉強から遠ざかっておりましたが、今まで蓄積してきたドイツ語単語を覚え直し、訓練を積んで、「オーストリア政府公認ドイツ語検定(B1)」に臨もうと思います。

 私のWEBサイトやブログをお読み頂いている読者の方々、お読み頂き、ありがとうございます。WEBの勉強もしっかりやって、WEBサイトのリニューアルも少しづつですが、手がけていきたいと思います。「WEB検定(WEBプロデュース)」に合格したあかつきには、Photoshopの資格やJavaScriptの資格に挑戦し、魅力のあるWEBサイトにしていきたいと考えております。

 

 

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2009年12月21日 (月)

学問ができる幸せ

 私は年齢的には中年ですが、今、大学生をやっています。なので気分的にはまだまだ青年のつもりでいます。

 大学生であることの一番の良さは、もちろん、学問ができるということです。

 大学生でなくても学問をしようと思えばできますが、やはり、学問をする環境が整っていたほうが学問はやりやすいと言えます。

 快楽主義者は、人間の幸せは快楽だと考えていました。そしてベンサムは、「最大多数の最大幸福」を説き、幸福を快楽の量をもとに計算しようとしました。

 しかし、ジョン・スチュワート・ミルは、快楽には質があると反論しました。

 快楽には下等動物でも感じることのできる快楽もあれば、高等動物しか感じることのできない快楽があります。さらには、高等動物の中でも、特に理性的に優れた人間にしか感じることのできない快楽もあります。

 どんな快楽によろこびを感じようが本人の自由ですが、いったん高い質の快楽を知った人は、低い質の快楽では満足できなくなります。そういう意味では、学問の快楽を知った人は、もっとも高い質の快楽を知ったと言ってよく、低い質の快楽は、たしなみはすることはあっても、それだけを求める人生には興味をあまり示さないことでしょう。

 学問をすればするほど人生が鮮やかに見えてきます。

 学問をすればするほど人生に失望することが少なくなり、逆に人生に積極的にチャレンジしようという勇気が与えられます。

 私は、5つも大学を出ているせいか、

 「学問なんて、やって何になるんですか?」

 とよく聞かれます。

 「文筆業が仕事なので勉強が必要なのです」

 などと答えていましたが、本音は、

 「学問をやれば、幸せになるんです」

 と言ったところでしょうか。

 正直、仕事に役立ててやろうという気持ちで学問に励んでいるのではなく、幸せになりたいから、という理由で学問に励んでいるのです。なぜなら、学問は質の高い快楽を与えてくれるからです。

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2009年12月19日 (土)

WEB検定(WEBプロデューサー)チケット申込み

 惰性で日々を繰り返していると、いつの間にか月日が経ちます。

 ですから、日々、自分の目標を見据えて、努力していくことが大切です。

 私は、次なるチャレンジとして「WEB検定(WEBプロデューサー)」を1月上旬に、「オーストリア政府公認ドイツ語検定」を1月下旬に受けることとし、申込みをしました。

 2つで約27000円もします。

 しかし、こうやって次々と努力していくことが、今の私の「仕事」です。ですから、お金が惜しいとは思いません。どんどんチャレンジしてきます。

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2009年12月18日 (金)

哲学を学べる幸せ

 私は、慶應大学文学部で哲学の勉強ができたことを、とても良かったと思っている。

 何が良かったのか。

 ショーペン・ハウアーがカントの哲学を知って、「まるで目の見えない人が、白内障の手術をしたかのように急に見えないものが見えるようになった」と言ったように、私も哲学を勉強して、見えないものが見えるようになった。(もちろん、まだまだ見えないものはたくさんあるのではあるが…)

 といっても、幽霊が見えるようになったとか、そんな話ではない。今まで気づかなかったことに気づくようになった、ということである。しかも、こればっかりは、哲学を勉強しなければ、気づけるようにはならないものである。それに気づこうが、気づくまいが、お金儲けにも昇進にも関係はない。しかし、気づいたほうがそれだけ幸せな人生が歩めるような気がするのである。

 たとえば、どんなことか具体例をあげて説明してほしいと言われても、たくさんあるのですべてはあげることができないが、一つ例にあげると、「何を目指して生きればいいのか」である。それが哲学を勉強する前と後とではガラリと変わった。

 哲学の勉強をしていない人なら、「お金持ちになりたい」「昇進したい」「たくさん友達がほしい」「試験に合格したい」…ということを目指して生きるだろう。それが「善い」ことのように思えるからだ。

 しかし、哲学の勉強をすれば、ガラリと人生観が変わる。目指すものが違ってくる。「より善き人になる」という人生の究極の目標を意識して生き始めるのである。

 私は、5年くらい前までは、仕事、仕事、仕事…で生きてきた。年収も4桁あった。今は年収もがた落ちである。しかし、5年前の私より、遙かに幸せに生きているという自負がある。哲学を勉強したおかげだと思っている。

 

 

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2009年12月17日 (木)

私が学問を志す理由

 私は今、6つ目の大学で勉強している。

 他の人から見れば、「なんでこの人、こんなお金にもならないことを精一杯やっているの?」としか思えないだろう。しかも、92種類の資格ももっているのに、まだまだ挑戦しようとしている。試験代だけでも、いくらあっても足りないくらいなのである。

 では、それは一体何のためか?

 (昔の私はちがったが)少なくとも今の私は何か外的なもの(お金、報酬、名誉、地位、評判…)などを求めて学問や勉強をやっているのではない。そんなものは、どうだっていいのだ。いや、どうだっていい、といったらちょっと言い過ぎかもしれない。たしかに、どうでもいいというわけではない。できれば外的なものも手に入ればそれに超したことはないだろうし、それはそれで嬉しいことだ。

 しかし、そんな外的なものが真の目的ではない。あくまで理性を磨くことでより善い人間になる、というのが真の目的である。だから、外的なものは、得られようが得られまいが、あまり関係ない。だから得られなくても、ショックを受けることもほとんどない。

 カントは仮言命法定言命法を説いた。

 仮言命法とは、「もし○○を手に入れたいなら、△△をしなさい」という命令である。

 「お金持ちになりたいなら、一生懸命働きなさい」「合格したいなら、一生懸命勉強しなさい」「スリムになりたいなら、ダイエットしなさい」など、いくらでも仮言命法は考えられる。

 実は、世の中の多くの人は、この仮言命法で生きている。彼らが何かに一生懸命取り組むのは、「○○」が欲しいからだ。つまり、一生懸命働くのはお金持ちになりたいからであるし、ダイエットするのはスリムになりたいからだ。

 かくいう私は、今、仮言命法で生きているというよりも、定言命法で生きている。

 定言命法とは、「もし○○を手に入れたいなら」がなくて、「△△をしなさい」だけである。例えば、「理性を磨きなさい」「誠実に生きなさい」「つねに善き人となるよう努力しなさい」…。こういうのが定言命法である。

 カントの言葉でいえば、「なんじの意思の格率が常に同時に普遍的立法として妥当しうるように行為せよ」ということになるのだが、早い話、「人間である、という、ただそれだけで命じられること」と言えるだろう。

 そう、私は、「人間である、という、ただそれだけのことで(神から)命じられていること」を忠実に守ろうとしているだけであり、「○○が欲しいから」といった個人的な欲望を満たすために学問をしているわけではない。

 だから、周りの人から見れば、なんでまた6つも7つも大学を出ようとしているのか? そんなことしてお金になるのか? いったい何を求めているのか? と不思議で不思議でしかたがないだろう。

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2009年12月16日 (水)

新年に受ける資格

 今、私は日本大学法学部の定期試験の直前です。

 民法や知的財産権法の勉強に全力投球です。来年は、法学検定や宅建などの法律関係の資格にチャレンジしようと思っています。

 さて、年末に近づいていますが、私は新年そうそう3つの資格にチャレンジしようと考えています。

 一つは、「WEB検定(WEBプロデューサー)」です。新年そうそう受けるつもりです。

 二つめは、「GTEC」。ベルリッツが行っている英語検定です。

 三つめは、「オーストリア政府公認ドイツ語検定(B1)」です。

 そういうわけで、日本大学から課せられているレポートもありますし、年末年始も毎日勉強に明け暮れることとなりそうです。

 毎月、検定試験料だけでも数万円がかかりますが、私は「自分自身への投資」だと考えていますので、もったいないとは思わないのです。というのも、こういう自分自身の投資をしないで大きく成長することはできないと思うからです。

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2009年12月15日 (火)

『神は妄想である』

 先日、読者の方から、リチャード・ドーキンスの『神は妄想である』という本を紹介された。

 気になっていたので、今日、図書館に立ち寄ったときに、同書を探して、パラパラとめくってみた。かなり分厚い本なので、今はじっくり腰をすえて読むというわけにはいかない。というのも、私は今、定期試験の直前だからだ。というわけで、同書は将来、時間が取れれば、読むかもしれない。(ただ、多忙なので、どうなるか分からないが)

 神が存在するか否か、神の存在を信じたほうがいいのか否かという問題は、だれもが考えたことがあるだろう。

 たしかヴィトゲンシュタインだったと思うが、哲学の問題はすべて言葉遣いの問題である、といったようなことを述べた哲学者がいる。これはどういうことか。例えば、「大阪城を建てたのはだれか?」と聞かれたとき、「豊臣秀吉だ」といっても正解だし、「大工さんだ」といっても正解である。ただ、「建てた」が何を意味しているかをどう解釈するかの違いによって答えが変わる、ということである。「建てる」という意味を別々の意味として解釈しているのであるから、お互いに「あなたの答えは違うよ」と喧嘩してもしかたがないのである。

 実は、哲学上の論争は、すべてこれと同じように、言葉遣いの解釈のちがいで論争が起きているのだとヴィトゲンシュタインは看破したのである。

 そういうわけで、神は存在するのか否かというときの、「神」をどう解釈するかによって答えは幾通りもでてくるわけである。

 例えば、プラトンは最高の存在、つまり「神」を「善」と捉えた。するとプラトンに「神は存在するか?」と問うたとすると、それは「善はあるのか?」と問うたのと同じになる。

 仮にプラトンの考えで行くとすると、「神は存在するのか?」は「善は存在するのか?」と同じ意味になるわけであるから、「神がいることを信じて生きたほうがいいのか否か」も「善(というもの)が存在すると信じて生きたほうがいいのか否か」と同じ意味になる。

 私の捉えている「神」は、プラトンのいう「善」、丹波哲郎のいう「秩序」といったものに近く、「宇宙の設計者」というイメージからはほど遠い。

 したがって、だれかが私に「あなたは神が存在すると思いますか?」と聞かれれば、「(普遍的な)善(というもの)が存在すると思いますか?」と聞かれたのと同じような答えをすると思う。すなわち、「存在すると思います」と。ただし、「(普遍的な)善(というもの)」が存在することを証明してみろ、と言われても、証明はできない。だから、「ただそう信じているだけです」としか言えないのである。

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2009年12月14日 (月)

私がこれから狙う資格

 私は、現在、92種類の資格を保持している。(同じ種類の資格の異なる等級の資格を複数もっている場合は1種類としてカウント)

 今後もどんどん資格試験に挑戦していきたい。

 今後狙う資格は、「WEB検定(WEBプロデューサー)」

 「オーストラリア公認ドイツ語検定(B1)」

 「ドットコムマスター★★」

 「ITパスポート試験」

 「法学検定」

 「宅建」

 来年は法律関係の資格にもどしどしチャレンジします。

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2009年12月11日 (金)

投資について

 投資は、「儲けてやろう」という欲でやっても、うまく行かない可能性が高い。

 だから私は、あまり欲を出さないで、堅実に投資をしている。

 そのおかげで、ハラハラドキドキもなく、いつも安心して分配金や家賃を得ながら、学問や勉強、仕事に集中できる。

 ディトレーディングが流行っているらしいが、私はあまり興味がない。というのも、そんなことをやってハラハラドキドキして、エネルギーと時間を使って、実際はどれだけ儲かるか分からないからだ。

 もちろん、ディトレーディングでもの凄く儲けている人もいるだろうが、私はそこまでして大もうけしたいとは思ってない。なぜなら、私が一番したいことは、お金を儲けることではなく、真理を追究すること、つまり学問だからだ。(これはもちろん、お金を儲けたくない、という意味ではない。お金はお金で儲けたいが、それが一番したいことではない、というにすぎない)。

 欲を出さないのが功を奏して、私は投資を始めてから、一切、ハラハラドキドキもすることなく、分配金と家賃で暮らせていけている。そしてその分配金をさらにまた投資しているので、ますます分配金が雪だるまのように増えていっている。

 なお、投資に関するブログを作りました。

 http://sheffieldkeio.seesaa.net/

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2009年12月10日 (木)

日本大学の定期試験に全力投球

 今月、日本大学法学部の定期試験を受けます。

 今、そのために全力で勉強を続けております。

 私は、勉強をしていて、つくづく、今の大学に入って良かったと思っています。

 今までまったく知らなかった法律の世界も、勉強してみると、興味深いことが分かりました。

 すでにレポートも5つ合格をいただきました。

 この調子でいけば、2年後には法学士の学位を取得できるのではないかと思っています。

 ただし、私の勉強はそこで終わるのではありません。日本大学法学部を卒業したあかつきには、また次の学位を向けて勉強するつもりです。それは単なる夢物語ではなく、しっかりとしたビジョンがあります。

 また、12月末頃には「WEB検定(WEBプロデューサー)」の再受験も考えています。

 いつも、当ブログをご覧いただいている皆様、ご関心をお持ち頂きありがとうございます。今後ともより良いブログになるよう、努めてまいります。

 

 

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2009年12月 9日 (水)

神はいるのか、死後の世界はあるのか?

 「神はいるのか?」、「死後の世界はあるのか?」。

 だれもが一度は考えたことがあるテーマではないでしょうか。

 カントをはじめ、多くの哲学者の間では、「神はいるのか?」「死後の世界はあるのか?」といった問題は、人間には証明ができないということで見解が一致しています。

 言い換えれば、神や死後の世界の存在の問題は、単に信じるか信じないかの問題、つまり、信仰の問題ということになります。

 ただし、人間には証明できないということが、すなわち、神は存在しない、死後の世界は存在しない、ということにはなりません。たんに人間には証明できないというだけに過ぎません。

 「神」をどういう存在として捉えるかにもよりますが、「神」を人間のような格好をした存在としてではなく、最高の存在として捉えるならば、多くの哲学者は「神」が存在していることを認めています。例えば、プラトンなら「善」、プロティノスなら「一者」、アリストテレスなら「神」、スウェーデンボルグなら「霊界の太陽」、丹波哲郎なら「秩序」というようにそれぞれ名称はちがいますが、「最高の存在」がいることを信じていました。ただ、その存在を証明することができなかっただけにすぎません。

 さて、「神はいるのか?」「死後の世界はあるのか?」は、信じるか信じないかの問題、つまり信仰の問題だといいました。

 では、はたして「神の存在」や「死後の存在」を信じている人は大丈夫なのでしょうか。信じたほうがいいのでしょうか、信じないほうがいいのでしょうか。

 実は、私たちは、だれしもが何らかを信じて生きているのです。例えばある人は「大学なんか出てもしかたがない、高校を出たら働いたほうがいい」と信じています。これも一つの信仰です。「タバコを吸う女にはロクなのがいない」と信じる人もいます。これもまた一つの信仰です。

 信仰するとき、大切なことは、信じようと思っていない人を巻き込まないことです。「神はいる」と信じたければ信じてもいいでしょう。「大学なんか出てもしかたがない、高校を出たら働いたほういい」と信じたければ信じてもいいでしょう。しかし、それを、信じようとは思っていない人にも無理に信じさせようとすると、そこに問題が生じるのです。

 何を信じようが、基本的には、本人の自由だと思いますし、それを信じようと思わない他人に強制しようと思わなければ、何の問題もないものと思います。

 かくいう私自身はどうかといえば、神の存在も死後の存在も信じています。ただ信じているだけにすぎず、証明はできません。また、神の存在や死後の存在を信じようと思わない他人を説き伏せてまで信じさせようとも思わないのです。

 読者の方々、当ブログをお読み頂き、ありがとうございます。当ブログは現在のところ、基本的に「コメント欄」を開放しておりません。ただし、私の運営している他のブログ「霊界研究」は(確実にお返事ができるかどうかお約束まではできませんが)基本的に「コメント欄」を開放しております。

 「霊界研究」のリンク先は次のとおり。

 http://aoyamakeio.seesaa.net/

 

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悩んだとき、救いになる本

 人間、生きていると、いろいろなことで悩むことがあろう。

 そのときそのときによって、悩みが違うだろうから、一概に、悩んだときにどうすればいいかとは言えない。

 ただ、どういう人間を目指せばいいのか分からなくなったとき、お勧めしたい本がある。

 『マズローの心理学』である。

 私はこの本を何百回も読んだ。そして、こう生きるべきだ、という指針を得た。

 あなたも一読をお勧めしたい。

 

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2009年12月 6日 (日)

スウェーデンボルグの新訳が出ます

 12月末、スウェーデンボルグの『天界と地獄』が、幸福の科学出版より、宮崎伸治の新訳として出ます。

 『天界と地獄』は、スウェーデンボルグの霊界著述の代表作といえるものであり、多くの言語に訳されてきています。邦訳もすでに10種類ていどあります。しかし、いずれも翻訳出版されてから年月が経っているため、新たな訳として出版されることになりました。

 どういう人が天界に入るのか?

 どういう人が地獄に入るのか?

 天界とはどんなところで、地獄とはどんなところなのか?

 あなたの疑問にスウェーデンボルグがお答えする書です。

 お楽しみに。

 

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2009年12月 5日 (土)

人間の義務

 何度も言うようだが、人間は、生きている以上、より善い人間になる努力をする義務がある。

 間違えてはいけない。権利ではなく、義務だ。義務なのだ。

 ただ単に惰性だけで生きていてはならないのだ。

 ただ単に惰性だけで生きるのならネコでもできる。カエルでもできる。実際、ネコもカエルも惰性だけで生きているだろう。彼らは自ら率先して努力する、ということをしないだろう。

 人間は、それではダメなんだ。

 人間は、必要に迫られなくても、自ら率先して課題を見つけ、より善い人間にならなければならないのだ。

 それを怠ると、死んだ後、どんな世界に行くと思う?

 

 

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2009年12月 3日 (木)

哲学の勉強

 哲学の勉強は、一般の人から、「そんなもの勉強したって、いったい何の役に立つの? お金儲けにつながるの?」と疑問視されることが多いと思う。

 しかし、人間、ただ役に立つこと、お金儲けにつながることだけをやって幸せに生きられるかというと、とてもそうは思えない。なぜなら、人間、生きていると、いろいろな悩みにぶつかるからであり、そういうとき、どうしても自分の哲学が必要だからだ。

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2009年12月 1日 (火)

自分を例外視するのを止めなさい

 カントは、人間の不幸の根源は「根源悪」だと考えた。

 「根源悪」とは、人間だれしもが持っているものであるが、平たくいえば、「自分だけを例外視する傾向」のことである。

 人間、だれしも自分が一番可愛いのである。

 だから、自分の都合のよいように、都合のよいように、ものごとをねじ曲げて見る。

「普通は、こういうのはいけないことなんだけど、まあ、見つからなければいいか」

「たしかに、こういうことはやらないほうがいいだろう。でも、私の場合は、しかたないんだ」

 こういうのが「根源悪」なのだ。

 幸せになりたければ、まず、自分、自分、自分…と自分をかわいがるのをやめよう。

 そういうことをやっていても、人間、成長しないし、成長しなければ、当然、幸せなど手に入るわけはない。

 

 

 

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