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2011年8月

2011年8月31日 (水)

数学の魅力

 数学の魅力って何でしょうか?

 高校生のときは、好き嫌いに関係なく、勉強しなければならなかったから勉強していたわけです。

 それから長い年月が経ちました。

 高校の数学ができたからといって、直接、目に見える形で得をするということは、多くの人にとってあまりないことかもしれません。

 しかし、数学的な思考能力を身に着けていれば、間接的に物事を論理的に考える上で役立っているのではないかという気もしています。

 もっとも私は数学の専門家ではありませんから、あまりたいしたことは言えませんが。

 ただ、この年になって、また数学をやってみようかなという気にもなっています。

 理由は、頭脳をより明晰にするため、です。

 幸いなことに、数学検定というものがあります。

 人間は、ものぐさなもので、こういう目標がなければ、やるやるといっても、ついさぼりがちになりますが、こういう目標があることで、勉強にも身が入るというものです。

 え? 何のために数学検定に挑戦するかって?

 ですから、頭脳をより明晰にするため、です。

 その効果は、直接はあらわれることはないかもしれませんが、間接的にはきっとあらわれると思うからです。

 級は、最初は準2級から挑戦です。

 なんだレベルが低すぎるじゃないか、と思われるかもしれませんが、高校の数学なんてもう長い間、まったくやっていないのですから、まあ、大目に見てください。

 準2級が通れば、2級くらいまでなら、いけそうな気もします。そのあとは、どうなるかわかりませんけれど。

 

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2011年8月30日 (火)

イラストの練習

 私は、がくぶんの「さし絵ライター」の通信教育をやっています。

 4ヶ月目も終わり、課題も作成しました。

 1か月から、だんだん難易度の高い課題となってきており、この先、私に続けられるのかという不安もありますが、8カ月で終了のコースなので、最後まで完走したいと思います。

 将来的には、自分のHPやブログに自分で描いた絵を掲載しようと思っています。そういうビジョンがあったので、この通信教育を始めたという事情もありました。

 人生は、日々、努力ですね。

 みなさんは、どんな努力をしていますか?

 みなさんの夢は何ですか?

 夢に向かってゴーゴーゴー。

 

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2011年8月29日 (月)

資格王・宮崎伸治

 昨日、私のブログに「宮崎伸治 資格王」というキーワードでたどり着いた方がいたようです。

 関心をもっていただき、ありがとうございます。

 私は30代の10年間は仕事で超多忙な日々を送っていました。その10年間で50冊以上の単行本を出していることからも、いかに多忙かが推察できることと思います。

 というわけで、30代のころの私は資格に挑戦しようにも、勉強する時間がなかったため、ほとんど受けていません。

 40代に入り、勉強の大切さに気づき、そのモチベーション維持のためにも資格取得に再チャレンジしています。

 で、なんだかんだで100種類以上の資格を取得するに至ったのですが、どんな資格を持っているのかといろいろな人から聞かれます。

 今までは公表していませんでしたが、公表することにしました。リンク先のページに公表しています。

 今は学問や勉強に時間が割きやすいので、これからが私の本領発揮と行きたいところです。

 どんどん資格に挑戦してきます。

 近く、宅建、数学検定、法学検定などを受けます。

 あなたは、何にチャレンジしていますか?

 ゴーゴーゴー。

 人生は、常にチャレンジです。

 チャレンジすること自体が、私たちの人生を素晴らしいものにしてくれるのです。

 そう思いませんか?

 

 

 

 

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2011年8月28日 (日)

「提案」

 世の中を明るくするためにできること。その一つに提案があると思います。

 今日、私は某図書館に提案をしました。

 私は、図書館で過ごす時間が非常に多いのですが、利用しているのは慶應大学の図書館(ちなみに慶應のOBだから使えるのであって一般人は入れません)、国立国会図書館、都立中央図書館などです。しかし、どの図書館も私の自宅から少し時間がかかります。

 正直にいえば、自宅から自転車で数分で行ける某図書館が一番アクセスしやすいので、そこで勉強したいのですが、どうしてもその図書館では勉強したくなくなるのです。

 なぜか?

 明らかにホームレスとわかる小汚い高齢者が居眠りを目的にやってきているのです。しかも、1人や2人ではありません。4人、5人、6人といるのです。いついっても必ずいます。

 彼らは、形式的に本を開いてはいますが、ずっと居眠りをしています。ときに眠たそうに鼻くそをほじくったり、「あああ」とあくびをしたり・・・。見なければいいだけの話ではないかと思う人もいるでしょうが、小さな図書館で何人もそういう小汚い人が居眠りをしていたら、どうしても目に入ってしまって、気力がなえるのです。

 で、私は今日、その某図書館に提案をさせていただきました。文書で提案をさせていただきました。もちろん本名も記載しています。

 それは私が単に文句が言いたかったからではありません。その図書館により良い図書館に成長してほしいからです。居眠り目的でやってくる人が何人もいるというのは望ましい状況ではありません。実際、私はそのような図書館をその図書館以外に知りません。

 私の提案に対しその図書館がどう対処するかはわかりません。もしかすると、何もないかもしれません。

 でも、私はそれはそれでもいいと思っています。

 私はこう思う。だからこういうことを提案させてもらう。その小さな小さな声が重なればいずれは大きな力になるかもしれません。でも、みんなが黙っていては、そのままになるのです。ホームレスも、「ああ、ここでは眠ってもいいんだ」とつけあがります。そういう流れを作ってしまうと、その図書館はどんどんホームレスがやってくることでしょう。

 提案。

 それはあくまで世のため人のためにすることです。相手を非難することが目的ではありません。

 あなたには、世の中を明るくするための提案はありますか? 

 あれば、投稿なり、あるいは、関係部署に文書で通達するなり、方法はあると思います。あなたの声が世の中を変える可能性があるのです。

 

 

 

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2011年8月27日 (土)

複数の目標を同時に目指す

 私は、複数の目標をたて、同時に目指しています。

 宅建に、法学検定に、ビジネス実務法務検定に、数学検定に、デッサンに、イラストに、ITに、哲学に、という具合です。

 ただ、どれにもこだわらないようにしています。

 結果は気にしないのです。

 ただ、どれもベストを尽くします。

 限られた時間の中で、自分なりにベストを尽くせばそれでいいと思っています。

 一つの目標だけに絞らないのは、一つに絞ると結果にこだわってしまいそうだからです。

 結果にこだわると、結果が不首尾に終わってしまうと、いやけがさしてくると思うからです。

 ただ、複数の目標の間では、優先順位はつけています。大切な目標もあれば、単なるチャレンジとしての目標もありますので、どれも同等に目指しているわけではありません。

 ただ、今は、哲学の勉強がもっとも楽しく感じますので、どうしてもそれをまっさきにやってしまいがちです。

 ゴーゴーゴー。

 人生を最大限、生きてやろうと思っています。

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2011年8月26日 (金)

英検1級取得後の英語の勉強は?

 インターネット上の投稿を見ていると、英検1級が英語学習の最終目的地になっている人が多いようです。たしかに英検1級は、日本で生まれ育った生粋の日本人にとってはかなり難しい試験です。私も取得するまで本当に苦労しました。

 しかし、英検1級を最終目的地にしてしまうと、英検1級取得後には何の目的もなくなってしまうので、英語の勉強をやらなくなってしまいがちですよね? そうではありませんか?

 国連英検がA級の上に特A級を作っているように、英検にも特1級というのがあれば、特1級取得という目標もできるのでしょうが、特1級ができるのは今のところ現実味はありません。もっとも私は特1級ができることを望んでいますけれど。

 で、英検1級取得者は、「英検1級取得後に何を目標にすればいいのか?」と悩んでしまうことになるのです。

 人によれば、TOEIC990点を目指せとか、ケンブリッジ英検の最上級を目指せとか、国連英検特A級だとか、いろいろ言う人がいるわけです。

 もちろん、それはそれでもいいと思います。ただ、どれもこれも、英語の技能の問題ですよね。私は、そんなに英語の技能ばかり高めるより、もっと面白い方法があると思います。だいたい、TOEICで990点を狙うって、20~30点は誤差の問題のような気もしますから、そんなに点数にこだわってどうするんだって気もするのですよね。まあ、満点を取りたいという気持ちは否定しませんけれど。

 では、もっと面白い方法って何でしょうか?

 私は、英検1級取得後にさらに英語に磨きをかけたいという人には、ロンドン大学の遠隔教育をお勧めしたいと思います。つまり、英語の技能ばかり高めるのではなく、英語の技能に磨きをかけながら学位を目指すのです。たとえば、哲学なら哲学、英文学なら英文学、神学なら神学というふうに、英語で学位を目指すのです。

「え? 学位? そんなことできるの? だってお金が高いんでしょ? なんかめんどくさそうじゃない? 遠隔教育といってもロンドンに行かなければならないこともあるんでしょう?」

 と思われる方もいらっしゃるでしょう。

 たしかに手続き等はめんどうなこともあります。また学位なのですから単純に英語ができればいいというわけにはいきません。しかし、英検1級を取得できた人であれば、ロンドン大学の学位もけっして夢ではないのです。(私は現時点では学位は取得していませんが、1年でディプロマを取得し、2年目もすべての科目に合格し、来年3科目合格すれば学位取得になります)。

 しかも、学部によっては国外に一歩も出ることなく、日本国内だけで学位取得ができる学部もありますし、学費も意外に安くすみます。

 英語を使って哲学が語れるようになる、英語を使って英文学が語れるようになる、英語を使って神学が語れるようになる・・・

 これこそが英語学習者の夢ではないでしょうか? 英語の技能だけ高めて、英検1級を取っただけで英語学習を終わりにしていいのでしょうか? 私はそれはとてももったいないと思いますね。

 試験は平日に行われますから、平日に受験しに行ける人でなければ、あまりお勧めできないのですが、会社員であっても有給休暇が取れそうな人であれば、一度検討されてみることをお勧めしたいですね。

 私の体験談は以下のブログに公表中です。参考にしていただければ幸いです。

 あなたの人生がガラリと変わるかもしれませんよ。

 私は、正直、新たな「知的冒険の旅」をすることができるようになって、毎日がスリリングで楽しく過ごしています。

 http://londonkeio.seesaa.net/

 

 

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2011年8月25日 (木)

目標に向かってゴーゴーゴー

 みなさん、お元気ですか?

 私は、今年はこの後、宅建、法学検定、ビジネス実務法務検定、英単語検定、TOEIC、ITパスポートなどの資格にチャレンジする予定です。

 このうち、宅建と法学検定は民法の部分が重なっています。

 ですから、たとえ1つ落ちることがあったとしても、民法の勉強だけは、もう1つの資格に役立てることができます。

 せこい考えのようですが、こういう風に重なる部分のある資格に挑戦すると、不思議なもので、やる気も2倍になります。

 みなさんも、重なる部分がある資格にチャレンジしてみませんか?

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2011年8月24日 (水)

青学の学食

 今日、久しぶりに青山学院大学に行ってきた。

 10月から日本大学商学部(通信)に入学するために卒業証明書と成績証明書を取りに行ったのである。だが、残念なことに、夏休み中は水曜日は事務が休みらしく、取得できなかった。

 私は今、某芸術学校でデッサンを習っていて、その学校が青山一丁目にあるから、帰りにぶらりと寄ってみただけなので、まあ、また出直して取得しよう。

 さて、前置きが長くなったが、久しぶりに青学の学食でランチをとった。

 スパゲティが300円である。

 驚きの値段だ。

 味は学食ならではの味だろうと思っていたが、食べてみると、驚くほどうまい。レストラン顔負けの味だ。これが300円なのか、というほどおいしい。

 900円や1000円のスパゲティの味に負けない。いや、十分に勝っている。

 さすが青学の学食だ。

 自分が青学生だったころ、こんなにおいしかったかな、と思いながら食べたのであった。

 学食がいい、というのも青学の魅力の一つだ。同じくらいの偏差値の大学だったら、青学をお勧めしたいのも、学食がおいしいからである。

 学食なんか、と思うかもしれないが、学食にはほぼ毎日お世話になるわけであるから、充実していたほうが勉強にも身が入るというものである。

 300円のスパゲティのおいしさに感激した一日であった。今度行くときは、別のメニュを食べてみたい。

 

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2011年8月23日 (火)

神の意志に沿った生き方

 人間、何を目指すべきか?

 あなたはこの質問にどう答えますか?

 私は、神の意志に沿った生き方をすることだと思いますね。

 結局のところ、人間にとって最高のこととはそれではないでしょうか?

 これ以上、大切なことはないと思いますね。

 あなたはどう思いますか?

 

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2011年8月22日 (月)

宅建試験まで2か月を切る

 宅建の試験まで2か月を切りました。

 ひととおり、入門書は読みましたが、入門書だけでは到底足りません。

 コツコツやっていこうと思います。

 まあ、合否にはこだわっていません。一応、私も大家さんなので、宅建の知識はあったほううがいいと思って勉強しているので、少しでも知識が身につければ、御の字です。

 ただ、受けるからには、できる範囲内でベストは尽くします。

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2011年8月21日 (日)

いろいろな学問をする意味

 私は、今年9月で日本大学法学部(通信)を卒業する予定ですが、引き続き10月からは日本大学商学部(通信)で勉強をするつもりです。

 いろいろな学部で勉強して思うことは、学問というのは、一つの分野はほかの分野とまったく異なるわけではなく、ある部分では共通しているということです。また、単に共通しているというだけでなく、ほかの分野の勉強をしていれば、より深い理解ができる場合もあります。

 たとえば、法律を取り上げてみても、法律だけを知っているのと、倫理学や論理学を知っていると同時に法律を知っているのとでは、理解度の深さに差が出てくると思うのです。

 たとえば、民法や商法に「外観法理」というものがあります。

 外観法理とは「真実と異なる外観が存在し、真の権利者にその外観作出についての帰責性がある場合、その外観を信頼した第三者を保護するために外観どおりの法律上の効果を認める法理論」(Wikipedia)のことです。

 別に倫理学を学んでいなくても、外観法理は理解できます。しかし、倫理学を学ぶ際に、人間は他人にどう接するべきかということを真剣に考えたことがある人であれば、外観法理の存在理由がより深く理解できると思いますね。

 一つの分野で傑出しようとするのもそれはそれで意義のあることだと思いますが、幅広くさまざまな分野の学問をすることで、実はそれが一つの分野における傑出に役立つこともあるような気もします。もっとも、あまりかけ離れた分野であれば、あまり役に立たないかもしれませんが。

 日本には、本人さえやる気さえあれば、通信教育課程で学位が取れるシステムが数多くあるのでありがたいことですね。仕事をしながらでも、コツコツ勉強して、学位を取っている人も多くいます。

 あなたは、今まで自分がやったことがなかった分野の勉強に興味はありませんか?

  

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2011年8月20日 (土)

数学検定受験決意

 今年の秋、ひさしぶりに「数学検定」に挑戦してみようと思います。

 偉大な哲学者の多くは数学にも秀でていました。

 真理を見出すには数学的な思考能力もある程度必要だと思いますね。

 といっても、難しい級から狙っても挫折しかねないので、準2級を受けます。

 10年以上前に「3級取ったら履歴書に書こう」という文句に誘われて3級を受けてみたことがありますが、一発合格でした。

 なので、今回は準2級に挑戦です。

 準2級の内容に関してですが、数学の勉強から離れて長年たつので、ほとんど忘れています。

 まあ、受験料もけっこう安いですし、なにより真理に到達する一つの手立てとして数学的思考に磨きをかけたいと思っているので、合否にはこだわりません。

 人間、生きているかぎり、常に前進あるのみです。

 合否に一喜一憂せず、常に前進あるのみです。

 私は一生、自己研鑽していこうと思っています。

 ゴーゴーゴー。

 

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私は何歳まで生きるのか?

 読売新聞社の渡邉氏が健康診断の結果、85歳でも健康そのものだったという趣旨の記事がネットで公表されました。

 驚異的ですね。

 私の両親は健康にかまわず生きていたせいか、二人とも66歳の若さで亡くなりました。しかも、晩年の4~5年は自宅と病院の行き来が頻繁な生活。

 ですから、元気だったのは60歳くらいまでだったのです。

 私はいったい何歳まで生きるのかわかりませんが、健康には注意したいと思います。

 できれば大往生したいところですが、そのためには今のうちから健康に注意して生きていかなければならないでしょう。

 まあ、長生きすることよりも、少しでも神の意志に沿った生きたかをし、同時に、少しでも世のため人のためになることをして、この世を去るということにしたいと思っています。

 それがこの世に生まれてきた目的だと思っているからです。

 私はつねに自分の死を見据えた生き方をしています。

 少し大げさですが、私の心の中では、すでに死へのカウントダウンは始まっているのです。

 あなたは自分の死を見据えた生きたかをしていますか?

 

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2011年8月19日 (金)

哲学をする意義

 以前、ラッセルの The Problems of Philosophy という本を読んだことがあります。

 この本の最後のほうで、彼はこんなことを言っています。(正確な訳ではなく、私流にアレンジしていますが)

 「本能に従って生きている人は、おもに自分の好きなことだけに関心を持っています。家族や友人にも関心を寄せることがありますが、それも自分の好きなことに役立つときくらいなものです」

 多くの人は、本能に従って生きているのではないでしょうか?

 お金がほしい、権力がほしい、名声がほしい、異性にもてたい・・・

 家族や友人のことを考えることもあるかもしれませんが、自分の本能と衝突していないときに限られるのではないでしょうか?

 しかし、そういった生き方をしていると、気の休まるときはありませんよね?

 ラッセルは、そういう人たちは「牢獄」の中に閉じ込められているのだといいます。

 実際に牢獄に入っているわけではありませんが、精神的には「牢獄」に入っているようなものです。なぜなら、つねに、本能の声に突き動かされているからです。気の休まるときはないですよね。

 ラッセルは、こうした「牢獄」から抜け出すには、哲学が必要だと説いています。

 哲学をすれば、本能に従うよりも、理性に従うようになるからですね。

 実際、本能に従って生きていると、結果として良くなる場合も悪くなる場合もあるとは思いますが、気が休まらないのに対し、理性に従って生きていると、安らかに生きていけると思いますね。

  

 

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2011年8月18日 (木)

スモールサクセスを積み重ねよう

 いきなりビックサクセスを狙おうとするより、スモールサクセスを積み重ねよう。

 たとえば、5の実力の人が10の目標を立てて、何度も挑戦し、そのたびに失敗していると、人生、嫌気がさしてくるだろう。

 それより、自分の実力が5だと認識しているのなら、まずは6を狙おう。そして全力でぶつかっていく。そして6をクリアする。これがスモールサクセスだ。

 「そんなの意味がない」

 と笑う人がいるかもしれない。

 しかし、6は7につながる。

 6に成功したら7を狙い、7をクリアすれば8を目指す。

 このようにスモールサクセスを積み重ねていけば、いつか、自分でもびっくりするくらい成長するはずだ。

 このとき、一番難しいのは自分の実力を把握することだ。

 大きな目標に憧れるのはわかる。

 だが、自分の実力を客観視しよう。

 自分の実力を過大評価し、本当は5の実力しなないのに、あたかも8も9もあると勘違いしてしまうと、10の目標が自分にもクリアできそうな錯覚に陥る。

 しかし、本当の実力が5しかなければ、いきなり10を目指しても、クリアできる可能性は極めて低くなる。

 人生は、常に挑戦だ。

 ゴーゴーゴー。

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2011年8月17日 (水)

WEB検定(プロデューサー)受験

 今日、「Web検定(プロデューサー)」を受験した。

 4度目の受験である。

 結果は71点で不合格。

 惜しいといえば惜しいが、合格最低点の80点までが実に長い道のりに見えてしまう。

 やはり、こういうのは、実際にWEB業界で働いている人でないと、なかなか見えてこない問題があって、通りにくい。

 受験料がもっと安ければ何度も受けるのだが、高いのでそんなに受けられない。

 しばらくは受験を控えてほかの資格に挑戦したい。

 やはり自分で自分をうまくモチベートするには、スモールサクセスを繰り返すことだと思う。いきなり高いハードルを目指して失敗して意気消沈するくらいなら、もう少し低いハードルを突破し、いい気分を味わいながら、成長していったほうがよさそうだ。

 といっても、次に狙うのは宅建。

 合格率15%の難関だ。

 ううむ、それなら、その前に、もう少し狙いやすい試験を狙うかな?

 とにかく、人生は、常にチャレンジだ。

 ゴーゴーゴー。

 

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2011年8月16日 (火)

ゴーゴーゴー

 悩んでいる暇があったら、一歩でも半歩でも、前進しよう。

 好きな人にふられた? また新しい人を探せばいい。ゴーゴーゴー。

 仕事で失敗した? その失敗を学習経験として活かして、二度と同じあやまちをしないようにすればいい。失敗は成功のもとだ。ゴーゴーゴー。

 試験に落ちた? また挑戦すればいい。ゴーゴーゴー。

 立ち止まっていたら、ずるずるずるずると時間だけが過ぎて行き、いつの間にか老いぼれてしまうぞ。そんな人生、歩みたくないだろう。

 それなら、ゴーゴーゴー。

 クヨクヨ悩んでもしかたのないことは、悩むのは止めて、一歩でも半歩でも、前進しよう。

 な~んて詩を書いてみました。自分を励ますために。

 さて、私は明日「WEB検定(プロデューサー)」を受けます。なんと4度目の挑戦。自信はあまりありません。でも、ベストを尽くせばそれでいいと思っています。

 その後も挑戦だらけです。宅建、英単語検定、法学検定、ビジネス実務法務検定、TOEIC、ITパスポート…。今年中に受ける予定の資格がたくさんあります。

 ゴーゴーゴー。

 え? 私は何者なのかって?

 私のプロフィールは次のリンク先にあります。

 http://homepage3.nifty.com/MIYAZAKI/selfintro.htm

 

 

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2011年8月15日 (月)

学問を趣味にすると

 学問を趣味にすると、人生、飽きることがないと思いますね。

 テレビが趣味とか、映画鑑賞が趣味というのも、それはそれで趣味でしょうけれど、受動的な趣味ですよね。刺激的なテレビや刺激的な映画がなければ成り立たないわけです。そういう受動的な趣味は自分からクリエイトしていくことができない分、もっともっと・・・と刺激を求めなければならなくなる。

 しかし、学問は自分から率先して取り組むことになる。

 だから、ある意味、しんどいわけですが、そのしんどさの中に楽しみを見出すことができれば、やるべきことが次々と見つかるわけですから、飽きることがないと思いますね。

 きっと、一生、飽きることはないでしょう。

 学問に楽しみを見つけた人は、そういう意味では、とても幸せな人だと思いますね。

 私は今から図書館に行って、カント哲学の勉強です。

 あなたは今日、何をして過ごしますか?

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2011年8月14日 (日)

サウナに宿泊

 先日、エアコンがまったく機能しなくなった。

 それまでも冷えにくいなぁとは思っていたが、まだ買い替えるほどでもないだろうとタカをくくっていたのだが、ガンガン冷房をかけても33度までしか下がらず、除湿機も同時に使うと、除湿機の運転によって35度まで上がった。

 さすがに35度はまずいと思って、さっそくエアコンを購入したのだが、工事が入るのが早くて8月14日という。

 しかし、33度もあると、さすがに暑すぎて夜中に何度も目を覚ます。どうもぐっすり眠れない。かといって昼間は昼間で暑くて眠れない。

 そこで昨日はサウナに泊まることにした。

 サウナ料金に1000円プラスすれば、翌日の昼12時までいさせてくれるのだから、ありがたい話である。

 サウナに泊まってみると、驚くことに、多くの中年男性が泊まっていた。

 いびきでガーガー、携帯電話の通話でペチャクチャ、せきでコンコン・・・・

 サウナに泊まるということは、こういうことなのである。

 ただし、私は耳栓を持っていっていたので騒音はシャットアウトできた。

 しかし、冷房が効きすぎていた。

 今年は節電対策で28度に設定しているところも多いかもしれないが、実際に28度に設定するとお客の足が遠ざかるからか、若干低めに設定していたのかもしれない。

 温度計がなかったので何度かわからないが、26度くらいだったのかもしれない。

 しかし、それまでの数日33度の中で眠っていた私にとっては、26度は寒すぎるのである。

 夜中に2度も寒くて目が覚めてしまった。目が覚めて、風呂に入り、あったまってから眠る。するとまた寒くて目が覚める。またまた風呂に入り、あったまってから眠る。この繰り返しであった。

 やれやれ、暑すぎても眠れないし、寒すぎても眠れない。

 人間は、暑さ寒さに弱いものである。

 さて、今日、やっとエアコンの工事に来ている予定である。

 今日からぐっすり眠れるだろう。

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2011年8月13日 (土)

数学検定

 大昔、数学検定を受けたことがある。

 「3級取ったら履歴書に書こう」

 というフレーズに誘われて3級を受けたのである。

 結果は合格だったが、その後、忙しくなったこともあり、受けずじまいだった。

 哲学者の多くは数学もできる。ラッセル、プラトン、デカルト、カント…。

 偉大な哲学者の多くは数学にも秀でていた。

 だから、というわけでもないが、数学は魅力的な学問の一つだと思う。

 ビジネス数学検定2級は合格したが、数学検定は3級のままなので、今度、準2級に挑戦してみようと思う。最終的には準1級か2級くらいには行きたいとは思うが、なにはともあれ準2級から挑戦だ。

 意外と受験料も安い。

 楽しみが増えた。

 あなたも数学検定を受けてみないか?

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2011年8月12日 (金)

WEB検定(プロデューサー)申し込み

 「WEB検定(プロデューサー)」を申し込みました。

 4回目の受験です。

 来週の水曜日に受けます。

 結果はすぐ出ますので、出たら公表する予定です。

 ゴーゴーゴー。

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2011年8月11日 (木)

善い男とは? 善い人とは?

 プラトンの『国家』では、ソクラテスが「善い」とは何かと様々な人に問いかけます。

 ソクラテスに尋ねられた人たちは、みんな、知っているつもりで、即答しようとしますが、誰一人として「善い」とは何かをうまく説明することはできませんでした。

 一方、ソクラテスは「私は『善い』とは何かを知らないが、自分が知らないことは知っている」という趣旨のことをいい、自分の無知を自覚していました。彼は、自分が無知であることを知っているという点で、他の人たちよりも賢いと言うわけです。

 結局のところ、「善い」とは何かという質問に対し、唯一絶対の答えというものはないと言えそうです。これは例えば、「善い男とはどんな男か?」という質問に代えて考えてみるとわかりやすいでしょう。

 女子中学生にでも聞けば、「善い男」とは「面白い人」「スポーツができる人」「カッコいい人」「顔がいい人」「やさしい人」…と色々な答えが返ってくるでしょうが、結局のところ、唯一絶対の答えというものはないでしょう。

 ところが、同じ女子中学生でも、やがては高校生になり、大学生になり、OLになります。女子中学生のころは「顔がいい人がいい」と言っていた女性でも、結婚相手を見つける頃になると、「お金持ちがいい」とか「仕事ができる人がいい」とか「一流大卒の人がいい」とか、「善い男」の基準が変わってくるかも知れませんよね。このように何に「善さ」を感じるかは人それぞれですし、また同じ人でも年齢を重ねるにつれ、変化しやすいものです。

 もちろん、だからといって、多くの女性の言っている「善い男」の定義を無視すべきだとか、無視してもいい、と言うつもりはありません。多くの人が言っているということは、それだけで、ある程度は参考になるものだと思いますから、参考にすべき点は参考にしたほうがいいでしょう。しかし、参考にしなくていい点は聞き流しておけばいいと思います。

 例えば、仮に、30代の未婚女性の過半数が「やはり男は経済力が一番よ。金を稼ぐ男こそが善い男」という価値観を持っていたとしましょう。自分もそう思うのなら、金がガッポリ稼げるような男を目指せばいいのだし、そう思わないのなら、「30代の未婚女性の過半数は男の価値を経済力で判断するんだ、よ~し、じゃあ、何がなんても経済力を身に付けよう」と自分の価値観を曲げる必要はないと思いますね。

 では、参考にすべきか参考にすべきでないかは、どうやって見極めるべきか。

 私は理性で判断することだと思いますね。多くの人が言っていることは、それだけで、ある程度は参考になるものだとは言いましたが、必ずしも、参考になるものばかりだとも言えません。理性で判断して、「多くの人はこういう人が善いと言っているが、私はそうは思わないし、その根拠を自分なりに言える」と思うものがあれば、無理に他人の価値観に合わせる必要もないと思いますね。もっとも、あからさまに自分の価値観が周りの人たちの価値観とは異なることを言いふらす必要もないわけですから、黙々と自分の突き進む道を進んでいればいいと思います。

 

 

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エアコンを買い換え?

 猛暑が続きますが、みなさん、お元気ですか?

 私のマンションは、昼間に熱を吸収しているせいか、エアコンをガンガン効かせても、33度くらいまでしか冷えません。

 夜中でもずっとガンガン効かせても、33度。

 しかし、これはエアコン自体に問題があるのかも知れません。

 なにしろ11年も使っていますから、そろそろ寿命なのかもしれません。

 今は、掃除を一切しなくてもいいというタイプが出ていますので、それに買い換えましょうか。

 なにしろ、夜中もガンガン効かせても33度では、エアコンの意味がありません。

 さっそく今日、新しいのを見にいきます。

 出費がかさむなぁ。

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2011年8月10日 (水)

日本大学法学部卒業要件充足

 本日、結果が判明しました。

 無事、日本大学法学部の卒業要件を充足しました。

 10月からは日本大学商学部に入学予定です。

 ゴーゴーゴー。

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2011年8月 8日 (月)

日本大学の成績発表が待ち遠しい

 私は、日本大学法学部に在籍しておりますが、あと6単位取得すれば、卒業要件に達します。

 すでに試験も受けておりますので、残りは結果発表を待つばかりです。

 結果発表は8月中旬らしいので、今か今かと待ち望んでいます。

 ただ、11日までに発表がないと、保険のために12日から授業を受けに行こうと思っています。

 できれば11日までに発表があって、卒業が決定していればいいのですが。

 待ち遠しい日々を送っています。

 無事に法学部を卒業できたら、今度は商学部に入るつもりです。

 色々な学問をしてみる価値はあると思いますね。

 あなたはそうは思いませんか?

 

 

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2011年8月 7日 (日)

がくぶん、3回目も78点

 私は、がくぶん総合教育の「さし絵ライター」の通信教育を受けています。

 まだまだ私の絵は素人の域を超えませんが、絵の練習は重ねています。

 すでに開始して4か月目になります。

 3か月目の課題が返ってきました。前回同様78点でした。

 さし絵ライターの講座は、忙しい人でも、やる気さえあれば続くと思います。課題自体がそんなに時間がかかるものではありませんし。

 興味のある人は、資料請求でもされてはいかがでしょうか。無料ですので。

 新しい趣味になるかもしれませんよ。

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2011年8月 6日 (土)

ロンドン大学遠隔教育

 私のブログに「ロンドン大学通信教育」というキーワードでたどり着く人が多いようです。

 このブログにはロンドン大学通信教育(正式には、distance learningといいますので、遠隔教育と訳したほうが適切でしょう)のことはほとんど書いていません。

 ロンドン大学通信教育については、別にブログを用意しており、そちらに書いていますので、興味のある人は飛んで行ってみてください。以下のリンク先にあります。

http://londonkeio.seesaa.net/ 

 私は、ロンドン大学通信教育で2年受講し(といっても私の所属する学部は授業はないので、徹頭徹尾、独学ですが)、今のところ順調に単位が取れており、うまくいけば、来年にも卒業できる見込みです。

 英語が強く、勉強してみたい分野がある人は、ぜひ受講を検討されることをお勧めしたいですね。英語力の向上にもつながりますし、同時に専門分野にも磨きがかかります。しかも受講料は、通学課程と比べれば、たかが知れています。

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2011年8月 5日 (金)

ガン検診予約

 ガン検診の予約を入れてきました。

 今まで、「ガンの兆候がある」といわれたことはありませんが、こういうのはいつ何が起きるかわかりませんから、油断していてはいけません。

 私も、いつガンになってもおかしくない年齢になりました。

 だから、ガン検診を受けます。

 なんでもそうですが、早期発見早期治療が最も楽にすみますからね。

 あなたは、ガン検診を受けていますか?

 

 

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2011年8月 4日 (木)

もっとも面白い学問分野とは?

 人それぞれ好みが違うでしょうが、私は、さまざまな学問に手を出した結果、哲学が一番興味深い学問だと思いましたね。

 哲学と一口にいっても、認識論もあれば、倫理学もあれば、形而上学もあれば、論理学もあります。

 正直、どれも面白いです。

 ですから、まだまだ突き詰めて勉強してみたいと思うばかりで、退屈するということがありません。退屈しなくてすむ、というのは、とても幸せなことだと思います。

 自分の好きな学問をやる幸せというのは、やっていると時間を忘れて没頭できることです。あっという間に時間が過ぎる。これは、やはり熱中できているからですね。一方、時間のたつのが遅く感じるのは、熱中できていない証拠だと思います。

 興味深いのは何も哲学だけではないでしょう。法律には法律の、文学には文学、言語学には言語学の、数学には数学の、というふうに、それぞれの学問分野にはそれぞれの学問分野の醍醐味があると思いますね。

 哲学ほどではないにせよ、私自身、言語学や法学も興味深いなぁと感じながら勉強していたこともあります。これから私は、芸術学、健康学、商学、神学も勉強したいと思っていますね。

 いずれにせよ、自分が熱中できる学問分野が持てた人は、相当幸福な人だと思います。

 あなたは、どんな学問が好きですか?

 

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2011年8月 3日 (水)

理性の声に従って生きよ

 みなさん、哲学者のスピノザって知っていますか?

 彼は『エチカ』の中でこう述べています。

「人間は、理性の導きに従って生活する限り、ただその限り、人間本性にとって必然的に善になることを、したがってまた、おのおのの人間にとって必然的に善になることを、言いかえればおのおのの人間の本性と一致することを、必然的になすことになる」(『エチカ(下)』岩波文庫43頁)

 簡単に言えば、良い人間とは理性の声に従って生きる人間だ、ということですね。

 つまり、私たち人間は、お金儲けがしたいだの、名声を得たいだの、そういった個人的な欲望に振り回されるのではなく、理性の声にしたがって生きるべきだ、とスピノザは言いたいわけです。

 実際、欲望の声に振り回されて生きていては、幸せにはなれないと思いますね。

 

 では、理性の声に従って生きるようになるにはどうすればいいでしょうか。

 まずはともあれ、理性の声がよく聞き取れるようにならなければなりませんね。

 そのために私たちは何を為すべきか。方法はいくつかあるとは思いますが、そのうちの一つが学問だと私は思うわけです。そういうわけで、私は命あるかぎり、学問を続けようと思っているわけです。

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2011年8月 2日 (火)

人生は、ゴーゴーゴー

 みなさん、今日も元気にがんばっていますか?

 人生は、ゴーゴーゴー。

 悩んでいる暇があったら、一歩でも、いや半歩でも前進しよう。

 前進していたら、悩みなんてふっとんでしまう。

 ゴーゴーゴー。

 かくいう私は、「宅建」「CompTIA a+」「ITパスポート」「英単語検定」「Web検定(プロデューサー)」「法学検定」「ビジネス実務法務検定2級」「ドットコムマスター★★」などなど、多くの検定試験を控えています。

 と同時に、日本大学法学部を無事卒業できたら、早速、商学部の入学手続きを取ります。

 さらには、「さし絵ライター」の通信教育もある。

 ゴーゴーゴー。

 

 

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2011年8月 1日 (月)

どうてもいい資格を集める人は

 ある人がこう言ったとします。

「タバコを吸う女はクズだ」

 その人は、その人の人生経験から、「タバコを吸うクズな女性」の例をいくつか見てきて、「タバコを吸う女はクズだ」と推測したのでしょう。あるいは、自分をふった女性がたまたまたスモーカーだったのかも知れません。それで腹立ち紛れにそんなことを言っているのかも知れない。

 しかし、タバコを吸う女性のすべてがすべて、本当にクズなのでしょうか?

 きっとタバコを吸う女性の中にも素晴らしい女性だっているでしょうし、仮にタバコを吸う女性の大多数がクズだったと仮定したとしても、「タバコを吸う女はみんなクズだ」とは言えないと思います。なにしろ、そう断言しようと思えば、世界中の女性のスモーカーの全員を調べなければならないからです。 

 つまり、「タバコを吸う女はクズだ」というのは、単にその人がそう推測して言っているだけのことで、何の根拠もない発言ということになります。

 何の根拠もない発言とは、言い換えれば、偏見です。

 もしその人が「誰もが納得できるようなレベル」で「タバコを吸う女はクズだ」という根拠を示すことができないならば、それはその人の偏見だということです。

 偏見の例は他にも挙げようと思えばいくらでも挙げられます。

「フリーターは人生の落伍者だ」「医者は金儲けのことしか考えてないから不要な薬でもどんどん出す」「文系出身者は論理思考ができない」などなど。

 こうした偏見をたくさん持てば持つほど真実が見えなくなります。

 真実は、タバコを吸う女性にも素晴らしい人がいるかもしれない。文系出身者でも論理思考に秀でている人がいるかもしれない。金儲けは二の次で本当に患者の立場にたって考えてくれる医者もいるかも知れない。

 しかし、偏見を持っていては、最初の最初から、「この人はこうだ」と決めつけた見方をするので、相手の本当の姿が見えにくくなるのです。

 ある人がこんなことを書いていたそうです。

「仕事上、どうしても必要な資格ならともかく、どうでもいい資格を集める連中は、結局肩書きがほしいだけなのである。仕事で成長を実感できない自分を慰めるため、資格を取ることで擬似的な成長と達成感を味わっているに過ぎない。本当は自信がなく、能力もないくせに、自己顕示欲だけは人一倍強いのだ。少なくとも他者からそう思われても仕方がないことをやっている」

 これは、その人が、その人の人生経験から、そのように推測したのでしょう。

 その人は「どうでもいい資格を集める人」を10人見てきたのかも知れないし、20人見てきたのかも知れない。そしてその全員が「自信もなく、能力もなく、自己顕示欲だけは人一倍強」かったのかもしれない。しかし、それだけで、「どうでもいい資格を集める人は、自信もなく、能力もないのに、自己顕示欲だけは人一倍強い」と断言できるでしょうか。例外は一切ないのでしょうか? もし例外が一切ないと断言できるのなら、その根拠は何でしょうか?

 その根拠が「誰もが納得できるようなレベル」まで説明できていれば、その発言は信頼できます。しかし、そうでなければ、それはその人の推測に過ぎないと言わざるを得ないと思いますね。

 世の中には、「資格オタクは信じられない」というような信念をもつに至った人がいるようですが、「資格オタク」というたったそれだけのことで、信頼に値する人物か否かは決められないと思いますね。

 では、先に紹介した人はどう書くべきだったのか?

「仕事上、どうしても必要な資格ならともかく、どうでもいい資格を集める連中は、結局肩書きがほしいだけのように私には見える。仕事で成長を実感できない自分を慰めるため、資格を取ることで擬似的な成長と達成感を味わっているに過ぎないように私には見える。本当は自信がなく、能力もないくせに、自己顕示欲だけは人一倍強いように私には見える。少なくとも他者からそう思われても仕方がないことをやっているように私には見える

 このような書き方をしていれば、間違いないと思いますね。なにしろ、「その人にはそう見えている」ことは確かなわけですから…。読んでいる人も、「ああ、なるほど、この人にはこのように見えているのか」と思うだけです。

 では、先の命題は正しいのか正しくないのか。私は先の命題に賛同するのか反対するのか。私の周りに「資格オタク」を自称する人もあまりいないし、それらしき人もそんなに多く知らないのでサンプル数が少なすぎて、正しいか否かは分かりません。ただ、自己顕示欲の強い人は「どうでもいい資格」など狙わず、取ったら「人から注目される資格」や「人から賞賛される資格」を狙うと思いますね。だって、「どうでもいい資格」を取っても、だれからも注目されないのなら、自己顕示欲の強い人はそんな資格、最初から狙わないような気がしますから…。

 さて、では、私はどうかといえば、私は資格取得にチャレンジしてきたし、これからもするつもりですが、資格取得はあくまで真実をより良く見る一つの手段として活用しているだけのことで、資格が取得できるか否かには拘ってはいません。真実がより良く見れるようになることが本当の目的です。真実をより良く見るための手段は他にもたくさんあると思いますが、人それぞれ自分が好きな方法でがんばればいいと思います。例えば、瞑想が好きな人は瞑想、宗教活動が好きな人は宗教活動、読書が好きな人は読書と。

 

 

 

 

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