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2013年2月

2013年2月28日 (木)

英語で哲学を学ぼう

 私は、以前、ロンドン大学哲学部(遠隔教育)を卒業したのですが、在籍中、「英語を通して学ぶ」愉しさに目覚めました。

 同じ学問をするのですから、英語を通してであろうが、日本語を通してであろうが、まったく同じではないかと思う人もあろうかと思いますが、それがなぜか違うのですね。

 どういえばいいのか分かりませんが、あくまで私の感覚的な感想を述べれば、英語を通して学問をやっていると、なにか異次元の世界にタイムトリップした感じになるわけです。

 17世紀の哲学者はこう考えていたとか、地球の裏側の哲学者はこう考えていたとか。

 それを日本語ではなく、英語でやるわけですよね。

 英語で読むのは最初こそはしんどいですが、読み続けていると、逆に異次元の世界にトリップした感覚に浸れるので、楽しくなってしまうのです。

 で、じゃあ、英語で学問やってみようじゃないか、どんな哲学書を読んだんだという人のために、私がロンドン大学哲学部時代に利用した参考書類を紹介するページを作りました。

 まだ紹介している本が少ないですが、これから少しずつ増やしていくつもりです。

 ロンドン大学遠隔教育を考えていない人でも、「英語を通して哲学を学びたい」という人に参考になれば幸いです。

 ちなみに、紹介する本は、海外から輸入しなくても、日本のAmazonからネットで取り寄せることも可能なものが多いです。

 私も、洋書を入手する場合は、まずは日本のAmazonなどを探し、どうしても日本国内で調達できないものだけを海外から輸入するようにしています。

 

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2013年2月26日 (火)

慶應大学時代に学んだギリシャ語が

 私は、慶應大学文学部(通信課程)時代に哲学を専攻しておりまして、卒論ではプラトンやアリストテレスなどを研究しました。

 で、当然、彼らはギリシャ語で書物を書いたわけで、立派な日本語訳は出ていますが、やはり原語であるギリシャ語を知っておいたほうがベターといえばベターだったわけですね。

 もちろん、学部レベルの研究で、ギリシャ語をマスターしていなければ卒論が認められないということではないので、ギリシャ語を勉強したくなければ勉強しなくてもいいわけです。

 しかし、私は、慶應大学を卒業したあかつきには、東大の大学院に行こうと決意していたわけで、東大の大学院の入試試験には哲学の試験があり、その中にギリシャ語の知識を問う問題もあったわけで、私は人知れず、ギリシャ語を勉強しました。

 と言いましても、ギリシャ語のアルファベットの読み方・書き方、ギリシャ語の単語を数十語覚えたのが限界でしたね。

 で、東大大学院の入試の結果ですが、合否発表の日、私は掲示板を見た直後、次のような顔になっていました。

Takken2 と、この図をご覧頂ければ、東大の大学院に合格したか否かはお察しただけるのではないかと思います。

 で、東大の大学院に入れなかった以上、慶應大学時代に学んだギリシャ語は何の役にも立たなかったと思うかも知れませんが、実は、今、役に立っているわけなのです。

 人生、何があるやらわからないもので、「こんな知識、何もならないわい」と思っていても、あれれ、こんなところで役に立つこともあるんだ、ということもないわけではないのです。

 ギリシャ語の知識が役に立っているのは、新約聖書の勉強にです。

 ご存じのとおり、(といいますか、知らない人もいると思いますが)、新約聖書はギリシャ語で書かれています。もっとも、ギリシャ語の新約聖書を読むというのは至難の業なので、英語版で読んでいますけれど、でも、原典がギリシャ語ですから、ギリシャ語を知っていたほうがいいわけですね。

 でも、ギリシャ語のアルファベットが分からないと、もうお手上げなのです。

 ということで、ギリシャ語のアルファベットだけでも、マスターしておいた甲斐がありました。

 というわけでして、人生、何があるやら分からないもので、学生時代、頑張って勉強して身に付けた知識が、意外なところで意外に役に立つ可能性がある、ということを述べてみたしだいです。

 ちなみに、次の参考書はギリシア語の初心者にお勧めの本です。

 

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2013年2月25日 (月)

英語って、なんで勉強しなければならないの?

 先日、『日本人の9割に英語はいらない』(成毛真)という本を読んだことを紹介しました。

 あれれれ、この本に書いてあること信じていいの? という箇所がたくさんあったため、ちょっと驚いてしまいました。

 「日本人の9割に英語はいらない」というタイトルの命題には賛同するのですが、どうも内容は賛同できないことばかり。

 で、大昔、評判となった本「英語教育大論争 (文春文庫) 」を読んでみました。

 平泉渉氏と渡部昇一氏の論争です。

 以前、読んだときは、熱くなって、眠れなくなったものです。

 今読み返してみると、なるほど、どちらが言っていることも一理あると思いますが、私自身が英語のスペシャリストということもあるためか、やや渡部昇一氏よりの見方になってしまいます。

 平泉氏は、おおむね「全国民に英語を課すことはない。英語は選択科目にし、大学入試からはずすべきだ。国民の5%だけが英語が堪能になればいい」という考えです。

 渡部氏は、おおむね「英語を学ぶことは知的訓練になるし、中学高校で英語を学んでおけば、それが将来、必要になったときにグンと伸びるが、中学高校で学ばず大人になってから学んでもうまくはなれない。学習能力を見るのにも、英語が一番の指標となる」という考えです。

 みなさんは、日本の全国民に英語を課すことに関して、どう思いますか。

 

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2013年2月22日 (金)

この世は牢獄?

 私たち人間は、いったい何のために生きているのでしょうか。

 多くの哲学者は、この世のことを「牢獄」にたとえています。

 この世が「牢獄」なら、私たち人間は「牢獄」に捕えられた「囚人」。

 実際の牢獄は身動きもできず、非常に窮屈ですよね。

 しかし、牢獄に入ってない私たちといえども、魂は身体に閉じ込められて、窮屈といえば窮屈だと思いませんか。

 身体に閉じ込められているからこそ、私たち腹が減ったら食事をしなければならないし、病気になればケアをしなければならないのですよね。

 毎日毎日毎日毎日、休む暇を与えてくれません。それが死ぬまで続くわけですよね。

 この世にいる間は、私たちの魂は身体に閉じ込められているわけで、身体が滅びるまでは「刑期」のようなものです。

 では、なぜ「刑期」を与えられているのでしょうか。

 それは「刑期」を終え、死んでいくときに、できるだけ良い人間に成長するためではないでしょうか。

 ということは、「刑期」である時期に、何を一番に考えるべきかはわかってくると思うのですよね。

 それはより良き人間に成長すること。

 良い人間になるには、大別して3つの方法があると考えます。

 その3つとは、(1)欲望を抑制すること、(2)理性を磨くこと、(3)隣人愛を実践すること。

 この3つのどれも大切で、どれも軽視できないと思っています。

 だから、私は学問は一生続けていくつもりです。

 私は、資格王・学位王を自称していますが、そんな自称の肩書きなど意味はなく、本当にたいせつなことは、理性を磨くことであり、資格や学位の取得を目指しているのは、資格や学位そのものがほしいからというより、資格や学位取得に向けて頑張ることで、理性が磨けると考えているからなんですね。

 

 

 

 

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2013年2月21日 (木)

どうしても浪人したくない人へ

 こんにちは、資格王・学位王の宮崎伸治です。

 今や、ちまたでは、受験シーズンですね。

 私も大昔、青山学院大学を受験したときのことを思い出します。

 青山学院大学に合格したとき、「ああ、これで浪人しなくてすんだ」と思ったのがホンネのところでした。

 すでに高校2年の夏に受験科目を3科目に決めましたので、浪人するとなると、またまた同じ3科目を1年間ずっと勉強することになるのかと思うと、恐ろしく退屈な浪人生活になるだろうと恐れていました。

 浪人して早稲田・慶應に入ればそれもいいかも知れませんが、せっかく現役で青学に合格したのだから、もうそれでいいかなと思って浪人はしませんでしたね。

 さて、私の話はこれくらいにして、今年受験した人で、志望校に不合格になったが、どうしても浪人だけは避けたいという人もいることでしょう。

 そういう人に、とっておきの手をご紹介しましょう。

 それは「日本大学通信教育課程」です。

 なんだ、通信課程か、なんて言うのはちょっと待ってください。

 通信課程といっても、入学後に転籍試験を受けて合格すれば通学課程に転籍できるそうですし、しかも、転籍すれば、1年次から通学課程とみなすらしいです。(ソースは以下のUR、ただし、情報に正確さを期する場合は、大学に直接問い合わせてください。http://okwave.jp/qa/q5674152.html)。

  しかも、通信課程といっても、通学生と同じように、授業で単位を取得することができ、その単位の上限も決まっていないようです。つまり、すべての単位を授業で取ることができるわけで、通学課程の学生とまったく同じように勉強できるわけですね。もっとも、通信課程の学生が授業を受ける場合は、1単位あたりいくらという形で授業料を払う必要がありますが。

 もちろん、どこかの通学課程の大学に合格し、本人も納得して行くのなら、それに超したことはないと思います。やはり大学時代というのは、勉強だけではなく、クラブをやったり、恋愛をしたり、友達と騒いだりするという「社会勉強」も大切ですから、勉強の比重が極めて大きい通信課程よりも、そういった点では通学課程のほうが望ましいでしょう。

 しかし、どうしても浪人は避けたい、かといって仮面浪人するのはちょっと…という人なら、通学課程への転籍を狙って日本大学通信課程に入学するのも一つの手としてあると思いますよ。

 しかも、入学の締め切りも5月31日までやっているみたいですしね。

 私が日大通信のOBだからいうわけではありませんが、真面目な学生も多いようですし、本人が勉強する気になれば、勉強のできる環境はある大学だと思いますよ。

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2013年2月20日 (水)

哲学なんて、やって何の意味があるのというけれど

 学問、その中でも特に哲学や神学などは、「そんなこと勉強して、一体、何の意味があるのか。そんな金儲けにならないこと、やるだけ意味がない」と批判の的になることがありますよね。

 そういう人たちの頭の中は、「金儲けにつながること=意味のあること」という図式があり、その図式だけで考えているから、そういうことになるのでしょうね。

 でも、金儲けにつながらないと意味がないことでしょうか。

 もしそれをいうのなら、テレビを見ても意味がないのではないでしょうか。漫画を読んでも意味がないのではないでしょうか。絵を描いても意味はないのではないでしょうか。映画を見ても意味がないのではないでしょうか。旅行をしても意味はないのではないでしょうか。

 なぜ、ことさら、「哲学なんてやっても意味がない」と哲学だけを批判しているのでしょうか。

 でも、私は、哲学を勉強していて、とても良かったと思っていますし、十分意味はあったと思っているわけです。

 特に、哲学者の中には、「神の御心に沿った生き方をすることこそ、人間にとって最高に幸せなことである」と考える人がいて、そういった人たちの思想を知ることは、お金を稼ぐテクニックを学ぶより何倍も幸せなことだと思いました。

 というわけで、少しでも哲学に興味をもった人には、ぜひ、勉強を進めていっていただきたいと思います。お金儲けにはならないかもしれませんが、お金儲けよりもっと素晴らしいものが手に入ります。

 

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2013年2月18日 (月)

好きな学問分野、そうでない学問分野

 私は、今まで、経済学、法学、工学、言語学、哲学、商学、と学んできて、今は神学の勉強に打ち込んでいます。

 勉強してみると、神学はとても興味深い分野です。

 哲学の分野と重なっている部分もけっこうあります。

 さまざまな学問分野を経験して分かったことは、どの学問分野も、面白いところはあるけれど、やはり自分に合った分野と、そうでない分野があるのではないかということです。

 あまり早い段階で、「これは自分に合っていない」と決めつけるのは良くないと思いますが、逆に「これは自分に合っている」という分野が見つかると、それはそれで幸せなことですよね。

 学校を卒業して、一切勉強する気がなくなったという人は、きっと、学校時代に「自分に合っている」といった学問分野に出会えなかったのでしょうね。

 だから、「なんで学問なんてやんなきゃなんないの?」と、学問に見向きもしなくなると思います。

 そんなことをするくらいなら、お金が稼げることをしたほうが何倍もいい、と思うでしょうね。

 でも、今、神学の勉強をしていて思うのですが、好きな学問分野が見つかれば、本代くらいはかかりますが、それ以外、一切お金をかけなくても、朝から晩まで、自分が打ち込めるものがあるわけで、それって、幸せなことではないでしょうか。

 例えば、土日でも、朝から晩まで、何も趣味がないという人は、何かをして時間を潰さなければなりませんよね。

 で、何かしようとすればお金がかかるじゃないですか。

 しかし、好きな学問分野が見つかれば、朝から晩までずっと勉強しても、勉強は終わりがなく続くので、勉強すればするほどまたまた勉強したくなるわけで、ずっと「時間つぶし」ができるわけですね。

 しかも、お金がかからない(本代くらいですむ)というのが、いいと思います。

 

 

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2013年2月15日 (金)

学問と投資信託

 投資の世界に100%というものはない。

 一見、よさそうに思えても、実際に投資してみると、なかなかうまくいかないということはある。

 だから、最終的には自分の判断で自己責任でやっていくしかない。

 ただ、私は、学問を志す人には「毎月分配型の投資信託」が理想的ではないかという気がする。

 投資信託は、危ない危ないとよく言われているようだ。ネット上でも、その危険性が書かれてある。

 しかし、投資信託の性質を考えてみれば、超長期で投資しておけば、それほど危険ではないと私は思っている。

 私は、いくつかの投資信託に分散して投資しているが、一時期、ものすごく基準価格が下がっていたが、それでも、トータル的に考えれば、それほど損は出ていなかった。

 最近は、少しずつ基準価格が上向きになっているものが多く、利益も多く出ている。損をしているもののほうが少ない。

 例えば、私はグローバルソブリンに410万円を投資している。

 いきなり410万円を投資したのではなく、余裕資金ができたら投資、できたら投資…というのを繰り返しただけである。

 現在の評価額はかなり低いものの、今までに受け取った額とトータルしてみると、462万円くらいになっている。

 まるまる52万円も得していることになるのだ。

 私が、なぜ学問を志す人に「毎月分配型の投資信託」を勧めるかといえば、ずっと放置しておけばいからである。

 人間、欲を出すとロクなことはない。

 利益が出やすいものに投資したいというのは分かるが、利益が出やすいということはリスクも高いということではないか。

 その点、「毎月分配型の投資信託」は、毎月毎月、利益を確定していく。

 言い換えれば、毎月毎月、リスクが軽減されていく、という意味でもある。

 しかも、そのために、何かをしなければならないということなどないのだ。

 放っておけば、毎月、「家賃」的に銀行口座に分配金が振り込まれていくのだ。

 放っておけば放っておくほど、いいのだ。

 こんなありがたい話、どこにあるのだ。

 学問を志すうえでの最大の敵は「ハラハラドキドキ」ではないだろうか。

 不動産投資は、家賃の入金が遅れるたびに、いやな思いをしなければならなくなる。旅行していても、何か突発的に修繕が必要にならないか気になってしまう。最悪の場合は、借主とトラブルもありうる。

 株は儲かるかもしれないが、ハラハラドキドキばかりしていては、しっかり学問などできなくなる。儲かったら儲かったで、「学問なんかやっていったい何になるんだ」という気にならないとは限らないし、損をすれば損をしたで、学問をやる気が失せる。それなら、最初の最初から、株などしないほうがいいといことにならないだろうか。

 その点、「毎月分配型の投資信託」は、ハラハラドキドキがない。

 その分、何も心配せずに学問に専念できるのである。

 学問を志そうと思っていない人なら、儲かるものをやるといいかもしれない。それがいけないというつもりはサラサラない。

 しかし、学問を志そうという人なら、ハラハラドキドキがない、「毎月分配型の投資信託」ほどいいものはない。

 リスクはあるのはあるが、私のように、超長期で投資しておけば、だんだん元は取れてくる可能性は高いとみている。

 

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2013年2月14日 (木)

いや~、きちんと知ることって大切ですねぇ

 健康食品に関する講演会に行ってきました。

 てっきり、「老化を遅らせるためにはきちんとサプリメントを取ろう」という話になるのだとばかり思っていましたが、逆に、サプリメントには慎重にならなければならないという認識が強まりました。

 私は、肩こりも腰痛もひどいし、冷え症なので、7~8年前から、サプリメントを取り続けていました。自分で自分の体が何が足りないのかもしっかり把握せずに、いろいろなサプリメントに手を出していました。

 しかし、サプリメントは、効果はあるのかないのか明確ではないようですね。逆にいえば、効果がなくても、製造業者は何の責任も問われないといことでしょう。

 しかも、表示されている成分がきちんと含まれているかといえば、多くの場合、含まれていないという調査結果もあったようです。なんだか怖いですね。

 しかし、サプリメントと違い、「薬」や「特保」は安心です。国が保証してくれているからです。

 「薬」は、認可されるまでに厳しい審査があり、人間に対しても実験を行ったうえで作られます。ですから、基本的に効果が保証されています。100%の人に効くかといえば、例外的に効かない場合もあるようですが、それはあくまで例外であって、基本的に効果があるとされています。

 「特保」もまた国がその効果を認めています。ですから、安心です。もちろん、病気を治すという効果はありませんが、健康な人が健康を維持するうえで効果がある程度期待できます。

 その点、サプリメントは、効果があるか否かは医学的根拠はないようですね。

 もっとも、だからといって、すべてがすべて悪いわけではなく、良いものもあるでしょう。しかし、自分の足りないものを補うために取るべきであって、何が自分に足りていないのかが分からないのに、「健康に良いだろう」という思い込みで、あれもこれもと飲んでも、意味がなさそうです。というより、お金ばかりかかってしまう。

 これで、一応、私は自分のスタンスができました。

 サプリメントはいったん中止する。そして、「特保」で健康維持をはかる。しばらくは、これでいこうと思います。

 ところで、「特保」って知っていますか?

 ヨーグルトとかヤクルトとか緑茶とかイージーファイバーだとか、いろいろな食べ物、飲み物につけてある記号のことです。ほかにもいろいろあり、「特保」のパンフレットをもらって帰ったので、今日講演会に行ったのは大きな収穫でした。しかも区の講演会なので無料!

 この「特保」の記号があれば、国が効果を認めているということです。

 どういう効果かは、食品のラベル等に書いてあるでしょう。

 例えば、今日、さっそく「特保」マークの付いた「ヘルシア緑茶」を買ってきましたが、「脂肪を消費しやすくする」と書いてありましたが、これは国が「脂肪を消費しやすくする」と認めているので、安心して飲めます。

 ああ、なんてこんなことを知らなかったんだ、もっと早く知っておればよかったと思うばかりです。

 私は、中性脂肪が前々から高めだったので、「ヘルシア緑茶」を飲む習慣さえつけていれば、こんなことにならなかったでしょう。サプリメントなど、効果があるのかないのかわからないものにずっと高いお金を使ってきて、いったいなんだったんだ、というところです。

 サプリメントは、今後、ますます、研究が盛んになるでしょうが、効果がもっと明らかになるまでは、しばらく中止にしようと思います。まあ、サプリメントはお金もかかるから、中止したかったところでもあるので、ちょうどいい機会です。

 なんでもいえることですが、人間、正しい知識を身に着けたほうがいいですよね。

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2013年2月13日 (水)

明日、サプリメントの講演会に行ってきます

 こんにちは、資格王・学位王の宮崎伸治です。

 私も、若いつもりでいても、50歳も間近。

 体の衰えは隠せません。

 そこで、サプリメントで老化を遅らせようとは思っているのですが、サプリメントは賛否両論あり、どの情報が正しいか判断するのは困難です。

 先日、私のかかりつけの医師が、「サプリメントはやめといたほうがいいよ」と述べましたが、同時に、「実は、私もサプリメントについて詳しくはない」と述べていました。

 サプリメントの摂取に慎重になるのはいいとは思いますが、偏見でシャットアウトすることもないのではないかと思います。

 いずれにせよ、しっかりした知識をもとに判断するほうがベターですね。

 というわけで、明日、講演会に行ってきます。

 みなさんは、サプリメントに関心はありませんか?

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2013年2月12日 (火)

日本人の9割に英語はいらない?

 先日、ブックオフで面白いタイトルの本を見つけました。

 『日本人の9割に英語はいらない』です。

 私も、ずっと英語を勉強してきて、このタイトルの内容にはほぼ同感です。

 たしかに、日本人の9割近くの人には英語はいらないでしょうね。

 しかし、パラパラっと中をめくってみると、私とはずいぶん、意見が異なることに気づきました。

 といっても、ここ数年の私は、学問の本ばかり買って読んでいるので、この手の本はほとんど買っていないので、買うか買わないか悩みました。

 しかし、後日、どうしても気になったので、買ってみました。

 まだ読み始めたばかりですが、反論したい点がちらほら見つかっています。

 読書感想文を受け付けているようなので、感想文を送ってみようかなと思っています。

 帯に「英語ができても、バカはバカ」という挑発的な言葉がありますが、たしかにキャッチーなコピーだと思いますが、私のスタンスとは全然違います。

 「英語ができても、バカはバカ」というのは、ちょっと品のないコピーに感じますね。

 人を見下したような言い方をしている感じがします。

 私なら同じメッセージを伝えるにしても、

「英語をやるのなら命がけでやれ、命をかけるつもりがないなら最初から中途半端なことはするな」

 でしょうね。もっとも、こんなに長いコピーは、コピーとして失格でしょうけれど。

 出版社は、とにもかくも、売れる本にしたいので、できるだけキャッチーなコピーにしようとします。でも、ちょっと「英語ができても、バカはバカ」とは…。

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2013年2月10日 (日)

食事に気をつけよう

 こんにちは、資格王・学位王の宮崎伸治です。

 私も、50歳も手前。

 気だけは若いつもりでいますが、ずいぶんと年を取ったことが身体に現れて来ています。

 ハゲのほうはずいぶん治ってきましたが、今度は、健康診断で、標準値をオーバーするものがチラホラ。

 身体のことも考えなければならなくなりました。

 本当は、日大商学部を卒業後に、すぐにでも、人間科学総合大学に入学して、身体の健康について学びたいのですが、なにぶん、同大学は授業料が高い。

 そこで、少しばかりお金をためてから入学しようと思っています。

 ただ、だからといって、標準値オーバーの項目を無視するわけにもいきません。

 食事や運動で中性脂肪を減らそうと思っています。

 といっても、これから花粉が飛ぶ季節。

 外に出られなくなるので、家の中でなんとか身体を動かすしかなくなります。

 ああ、花粉症は辛い。

 

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2013年2月 8日 (金)

ギネス申請を視野に入れる

 こんにちは、資格王・学位王の宮崎伸治です。

 さて、昨日、日本大学商学部(通信)の卒業要件単位充足の手紙が来たので、9月までまちさえすれば「学士(商学)」の学位が取得できることが判明しました。

 私にとっては、学士(経済学)、MA(言語学)、修士(工学)、学士(哲学)、学士(法学)、BA(哲学)に続く、7つ目の学位となります。 

 先日、ギネス申請についてブログに書いたところ、ある人がコメントをくださり、中国に9つの学位を取得した人がいることが判明しました。

 その人がギネスに申請していれば、私が申請しても意味のないことになりますが、その人がギネスに申請しているか否かも分からないことですし、また、申請自体は無料でできるので(ただし、申請したからといって認定されるか否かは別です)、日大商学部の学位が取得できたあかつきには、申請するだけ申請してみたいと思います。

 もっとも、「世界一の学位王」としてギネスに認定になったからといっても、それで人間として立派か否かは別問題だと思っています。

 そんなことで「世界一」になっても、やはり人間は世のため人のために貢献してこそ、偉いのであって、単に学位の数が多いからといって、偉いわけではありませんからね。

 とは言うものの、私は学問の重要性についてはいささかも否定するものではなく、非常に重要だとは思っているので、「世界一の学位王」に、もしもなれたら、それをセールスポイントの一つとして売り込んで行こうと考えているわけです。

 雑誌や新聞社に売り込みますよ。

 というわけで、駄目もとで、10月以降、ギネスに申請してみるつもりです。

 結果が来るのは数ヶ月はかかるようですので、ギネスに認定されるか否かはどんなに早くても来年になりそうです。

 何も返事が来ない可能性も高いと思いますが、まあ、申請は無料だし、駄目もとでやってみようと思っています。

 何かあれば、このブログで公表します。

 みなさんも、何か、ギネスに挑戦してみたい夢とかはありますか。

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2013年2月 7日 (木)

日本大学商学部(通信)卒業要件充足

 今日、日本大学から、商学部の卒業要件単位が充足しているという確認の手紙が来ました。

 これで、9月まで待てば、無事、卒業できます。

 7つめの学位取得ということになります。

 早速、自分へのご褒美として、「エル・グレコ展」に行って来ました。

 エル・グレコはキリスト教画家で、描いている絵のほとんどはキリスト教関係でした。

 こういうのも、キリスト教を勉強すればするほど、その絵の奥深さも味わえるのだろうなと思いました。

 私は、最近、ときどき、美術館めぐりをしていますが、今日は、初めて音声ガイドを使って回りました。

 すると、どうでしょう。

 ただ単に絵を見ているだけでは分からないような話が聞け、勉強になりました。

 さて、私は、日本大学商学部を卒業した後、しばらくは日本の大学には入るつもりはありません。

 単純にお金の問題です。

 しかし、数年後は、志望校を何校か考えています。

 10の大学卒業という目標は達成したいと思っています。

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学問とお金

 こんにちは、資格王・学位王の宮崎伸治です。

 最近の私はキリスト教の勉強一色です。

 今日も、マタイによる福音書とマルコによる福音書の勉強をしてました。

 例えば、マタイによる福音書とマルコによる福音書はどちらが先に書かれたのか。似ている箇所が多いのはなぜか。似ていないところがあるのはどうしてか、などなど。

 学者によって見解は異なるし、読み始めたら、その奥深さは驚くべきです。勉強しても勉強しても、勉強したりないくらい奥が深い。

 多くの人(特にクリスチャンでない人)にとっては、別にどちらが先に書かれたかということをあれこれと文献を読んで考える必要も感じないでしょうし、知ったからといって、それですぐにどうにかなるかというと、そんなこともないと思えるでしょうね。

 最近の私は、ずっとこんな感じで、学問に打ち込む日々です。

 でも、ふと思ったのですが、私がこうして学問に打ち込めるのも、投資信託のおかげだと思っています。

 なぜなら、投資信託のおかげで、私はアクセクとお金を稼ぐ必要がなくなり、学問に専念できるからです。

 私は、投資信託を始めて10年弱になりますが、毎月毎月、よくまあ、働いてくれるものです。

 分配金が下がるということはあっても、分配金がとぎれたことはありません。

 しかも、今は、基準価格が上昇し続けていますよね。

 私が7~8年前に投資した「オーストラリア債券」の投資信託ですが、100万円を投資して、今、評価額は105万円くらいになっています。しかし、すでに支払われた分配金の総額は50万円になっています。つまり、まるまる50万円以上得をしていることになります。

 「投資信託は危ない」という意見がネット上でも散見されます。

 たしかにリスクはありますが、私のように、半永久的に寝かすつもりで投資していれば、基準価格はあがったりさがったりしながらも、毎月毎月、分配金を生み出してくれます。

 分配金は、いわば「家賃」的に毎月入ってくるわけですから、早く投資すれば早く投資しただけ多く分配金が受け取れるわけですね。

 超長期であずけていれば、だんだん元が取れていき、最終的には投資した額の全額の回収も夢ではないと思っています。

 最終的は判断は本人でしてもらうにしても、余裕資金があれば、日本円で持っておくよりも、投資信託に投資してみるのもいいと思いますよ。

  私は別に学者として名をなしているわけでもないので、偉そうなことは言えませんが、一つ確信していることといえば、学問を志す人は、学問以外の心配(例えば、お金の心配)はなければないほどいいと思います。

 お金が心配になったら、もう、マタイによる福音書とマルコによる福音書はどちらが先に書かれたのかということなど、頭の中から消えてなくなるでしょう。

 だから私は、10年くらい前から、余裕資金が出来たらすぐ投資、さらに余裕資金が出来たらすぐ投資…ということを繰り返し繰り返し続けたわけです。

 投資信託は1万円からでもできる銀行もあるので、1万円余裕資金が出来たらすぐ投資…ということを繰り返して行けば、いずれは、一ヶ月に受け取る分配金も多くなります。

 そういう意味でも、投資信託は、実にありがたいシステムだと思っています。

 

 

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2013年2月 6日 (水)

スグレモノを見つけました

 ああ、これって凄いな、という商品を見つけました。

 パソコンや携帯などのハイテク機器のキーボードの隙間にあるホコリを吸い取ってくれるジェル状の素材。

 商品名は「サイバークリーン ZIP-75」。

 パソコンのキーボードって、すぐに隙間にホコリがたまってしまいませんか?

 しかも、なかなか取りにくい。

 しかし、この「サイバークリーン」で「ギュっと押しつけて、ペリッとはがせば、あら不思議、まるで買ったときと同じくらい綺麗になります。

 キーボードが綺麗だと気持ちいいですよね。

 けっこう長持ちしそうだし、試してみるのもいいと思いますよ。

 以上、スグレモノの紹介でした。

 

 

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2013年2月 5日 (火)

日本大学商学部卒業できたのかな?

 先日、日本大学商学部(通信)の定期試験の結果が発表となり、卒業要件単位を満たしたのかなと思っていたのですが、どうも良く分からない点があるので、大学に電話をしたら、手紙で問い合わせてほしいと言われました。

 早速、手紙を出したのですが、まだ返事が来ないので、卒業要件単位を満たしたのか否かがずっと分からずじまいです。

 宙ぶらりんな状態では、どうもスッキリしないので、スッキリしたいです。

 返事が来ないままだと、いつまで経っても分からないままなので、直接、窓口に聞きに行くことも考えなければなりません。

 もしも、卒業要件単位を満たしていたら、あとは卒業時期が来るのを待ちさえすれば卒業できることとなり、一つの区切りになります。

 もしそうであれば、自分への褒美として、「エル・グレコ展」に行こうと思っています。

 エル・グレコというのは、キリスト教画家のようです。ちょうどキリスト教を勉強しているところなので、興味を持っています。

 花粉が飛び始めたのか、目がかゆくなりました。早めに「エル・グレコ典」に行ければいいのだけどなぁ…。

 そんなことを考えながらも、キリスト教の勉強に熱中する今日このごろです。

 

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2013年2月 4日 (月)

「キリスト教倫理学」と「倫理学」の違いは?

 哲学の分野の一つに「倫理学」があります。
 
 「倫理学」の「倫」は「人間関係」という意味であることを考えれば、「倫理学」で何を学ぶかは容易に想像できるのではないかと思います。

 平たく言ってしまえば、「倫理学」とは人間として生きる上で何が大切かを学ぶ学問といっていいでしょう。

 人間として何が徳なのか、何が正義か、何が良いことなのか、何をすれば幸福になれるのか、こういったことを突き詰めて考えるのですね。

 神学部に「キリスト教倫理学」という科目があったので、初めて見たときは「倫理学」とどこがどう違うのかなんて思いました。

 では、「キリスト教倫理学」は「倫理学」とどう違うのでしょうか。

 私たちが持っている「道徳観や生活信条」について明らかに言えることは、道徳観や生活信条はさまざまな要因が複雑に絡み合ってできあがっているということです。キリスト教徒は道徳観や生活信条という点で一般の人と多くの点で異なっています。

 もしある人がクリスチャンでキリスト教の教義に拘束されているとしたら、その人の道徳観や生活信条はキリスト教特有のものといえるでしょう。そしてその人の道徳観や生活信条が、一般の人の道徳観や生活信条と比べて異なっている場合、それを吟味する必要性もでてくるでしょう。

 たとえば、クリスチャンの多くは、避妊、安楽死、同性愛、中絶、再婚といったことに関して一般の人と異なる意見を持っています。なぜなら彼らは、多かれ少なかれ、聖書を道徳観や生活信条の拠り所にしているからです。

 「キリスト教倫理学」が「倫理学」と異なる点は、上記のような事柄について突き詰めて考えるというところですね。

 コンドームを使うのって神の意志に反していないの? 同性愛は生殖が目的でないことが明らかだから忌むべきものなの? どんな理由があっても中絶はしてはいけないの? こういうことを考えていくわけですね。

 勉強し始めると、とても興味深い分野です。

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ネット上の情報の危険性

 今や、いい時代になったもので、何か知りたいと思ったとき、ネットで探せばなんでも分かるようになりましたよね。逆に、だからこそ、出版社も書店も衰退し、職業作家もそのしわ寄せを食らっているのですけど…。

 さて、今日は、こういう時代だからこそ気をつけなければならない点を書こうと思います。

 気をつけなければならない点とは、ネット上の情報の受け止めかたです。

 私たちが「○○を知っている」というとき、何を根拠にそういうのかを考える学問分野が「認識論」なのですが、「認識論」を勉強してみると、私たちが「知っている」と思っていることも、実は根拠が怪しいことも多々あることに気づきます。

 たとえば、検索エンジンに「リーブ21 効果」などと入れて検索してみると、でてくるのは悪口ばかり。良い噂がなかなか見つかりません。

 こういった「情報」を元に「リーブ21は効果がない」と結論づけることほど危険なことはないと思いますね。 

 私は「リーブ21」という発毛専門店に1年通って、それなりに効果があったわけで、お金はそれなりにかかりましたが、「リーブ21」に感謝こそすれ、悪い感情はもっていません。

 私が「リーブ21」で効果があったことは、あくまで私個人の経験でしかありませんから、「リーブ21」を全肯定する気はありませんが、ネット上に悪口が多いには驚かされました。

 本来なら効果がでるはずだった人も、こういうネガティブな「情報」を目にしてしまうと、なかなか「リーブ21」に足を運ぶことができなくなりますよね。

 私がこの記事で言いたいことは、ネット上の「情報」を鵜呑みにするのは危険だということです。

 たとえ多くの人が言っている「情報」であっても、それが正しいとは限らないのです。なにしろ、ネットに書き込んでいる人の多くは、どこの誰だか分からない匿名の人です。

 そこで私が提言したいのは、ネット上の「情報」は参考ていどにとどめておく。そして、もしそれを信じようとするのであれば、何を根拠に信じるのかという点を自分なりにじっくり考えてみる。

 こういう習慣をつければ、ネット上の「情報」に振り回されずにすみ、うまく活用することもできるようになると思いますね。

 「認識論」なんて勉強して何になるんだ、お金儲けに少しでも役にたつのか、なんて言う人もいるかも知れませんが、「認識論」を勉強することで「情報」にふりまわされなくなる、という利点があると思うのですよね。

 

 

 

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2013年2月 3日 (日)

「奇跡」について

 聖書には、イエス・キリストが数々の奇跡を行ったということが書かれてありますよね。

 たとえば、水をワインに変えたとか、死んでいるはずの女性を生き返らせたとか、水の上を歩いたとか。

 あなたは、そういった「奇跡」的な出来事を信じますか。

 素直に信じられるという人は問題はないでしょうけれど、哲学を勉強した人であれば、自分が納得しないことには信じるわけにはいかないので、どうしても疑問符がついたままになるでしょう。

 またクリスチャンであればイエス・キリストの行った数々の奇跡は信じるかもしれませんが、そういった人たちでも、ごく平凡な人が奇跡を行ったといったら、果たして信じるでしょうか。

 実は、「奇跡」が起こり得るものか否かに関しては、哲学者の間でも、さまざまな考え方があり、議論の的になっています。

 まずは懐疑主義者のヒューム。彼は奇跡など起こるはずはないと言い切ります。「奇跡が起こった」などという人の言うことよりも、五感で感じ取ったことのほうが遙かに信頼できるし、五感で感じ取ることは自然法則に則ったことばかりだから、というのが彼の言い分です。

 これに対しスィンバーンは反論します。彼がいうには、自然法則を破る出来事も起こり得るし、神ならば自然法則を破ることもできる、というのです。

  マッキーは別の視点から「奇跡が起こることなど証明できない」といいます。というのも、彼に言わせれば、自然法則を破る出来事が起きたことを証明するのは難しいし、しかも、その出来事が自然法則を破っていることを証明することも難しいからです。

 ヒュージスはさらに別の視点から「奇跡というのは自然法則を破った出来事というより、神が自ら起こした出来事といえるものである」というふうに「奇跡」の定義を変えて「奇跡」が起こりうるものか否かを検証しようとします。

 このように「奇跡」が起こり得るか否かを考えていこうとすると、もうあれこれと議論がわき起こり、延々と続くのですね。

 哲学を勉強する日々を送っています。 

   

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2013年2月 1日 (金)

男性の生涯未婚率がついに20%を超える

 一生、未婚のままという人は、一昔前までは、変わった人と見られていたでしょう。

 変わった人、結婚できない人、負け犬…。

 しかし、2010年の調査では、一生未婚のままでいる男性は、なんと20.1%。

 5人に1人より多いのですね。

 今は2013年ですから、さらにその率は上がっていることでしょう。

 どうやら不況も原因の一つとか。

 このまま不況が続けば、4人に1人の男性は生涯未婚のまま、という日も来るかもしれませんね。

 そうなると、もう、生涯未婚は別に恥ずかしいことでもなんでもなくなる。むしろ、生涯未婚のほうが勝ち組だといえる日が来るかも。

 未婚のまま、というと、悪い印象がつきまといますが、聖書はどういっているでしょうか。

 「未婚者とやもめに言いますが、皆わたしのように独りでいるのがよいでしょう」(コリントの信徒への手紙)

 「結婚する人たちはその身に苦労を負うことになるでしょう。わたしは、あなたがたにそのような苦労をさせたくないのです」(コリントの信徒への手紙)

 「相手の娘と結婚する人はそれで差し支えありませんが、結婚しない人の方がもっとよいのです」(コリントの信徒への手紙)

 そういえば、昔、丹波哲郎氏の本をよく読んでいましたが、何度となく、「結婚は罰みたいなもので、結婚しないのが一番いい。恋人がいないといって嘆いている若者が多いが、嘆く必要などなく、一人でいるのが一番いい」というようなことが書かれてあるのを目にしました。

 結婚の是非に関しては、私は判断するのは控えますが、聖パウロは、「結婚しないほうがいい」と言っていたことは確かなようですね。

 

 

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