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2014年3月

2014年3月31日 (月)

新約聖書を精神の糧に

 人間の「良心」は、一朝一夕に出来上がるものではなく、日々の努力により磨き上げていくものです。

 では、「良心」は、どうやって磨けばいいでしょうか。

 名著を読むのもいいでしょう。

 両親や先生、先輩、上司などから、教訓を教わることもあるでしょう。

 素晴らしい映画の中でヒントを得る場合もあるでしょう。

 しかし、私が一番お勧めしたいのは、新約聖書を読むことです。

 人類が残した書物の中で、もっとも偉大な書物といっても過言ではない書物ですから、読まないよりは読んだほうがいい。

 2000年近く前に書かれた書物であるため、時代にマッチしないと思える箇所もあるかもしれませんが、大半は現代にも通じる真理が記されていると思います。

 仮に、自分が受け入れられないものは読み飛ばすとしても、得るもののほうが多いでしょう。

 新約聖書は、最初に福音書から始まりますが、そこでギブアップしてしまう人も多いのではないかと思いますが、パウロの手紙(ローマの信徒への手紙以降)は、比較的読みやすいのでお勧めです。

 私は、新約聖書を日本語、英語、ドイツ語、フランス語で読んでいます。

 感銘を受けた箇所はノートに書き写すという作業をやっています。

 そうすることで、外国語を書く練習にもなり、かつ、内容が自分の血となり肉となります。

 

 

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TCFの結果が来たようです

 2月にTCFを受験しました。

 TCFというのは、フランス語の試験で、TOEICと似ていて、合否はなく、点数だけが出ます。

 仏検3級に合格したといっても、3級というのはレベル的にもTCFを受けても解ける問題はほとんどありませんでした。初挑戦ということで、チャレンジ精神だけで受けてみましたが、手も足も出ない状態でした。

 アンスティチュ・フランセから手紙が来たので、てっきりTCFの結果が入ってると思っていたのですが、手紙の内容は、「アンスティチュ・フランセにTCFの結果が届いたので、取りに来てほしい」とのことでした。

 私の自宅からアンスティチュ・フランセまでドアツードアでも40分くらいなので、それほど負担ではないですが、遠くから受験しに行っている人には試験結果だけを取りに行くというのは負担が大きいかな。

 近いうちにアンスティチュ・フランセにTCFの結果を取りに行こうと思います。

 今日、明日は、まだ花粉が大量に飛んでいるから、もう少し花粉が少なくなってから行こうかな。

 

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2014年3月27日 (木)

新約聖書が心にやすらぎを?

 ここのところ、新約聖書とフランス語の2本立てで勉強を続けています。

 新約聖書をフランス語で読むこともしているので、そのときは、まさに一石二鳥です。

 さて、私は2年くらい前から新約聖書を読み始めましたが、その効果かどうか分かりませんが、最近は、夜、見る夢がすばらしい夢ばかりです。

 以前、ストレスをため込んでいたとき、たびたび悪夢を見ていたことがありますが、ここのところ、見る夢、見る夢、実にすばらしい夢ばかり。

 新約聖書のおかげなのか、それとも単なる気のせいなのかはハッキリ分かりませんが。

 でも、見る夢だけでなく、普段の生活においても、良い効果があるような気がするので、もうしばらく新約聖書の世界にはまってみようと思います。

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2014年3月24日 (月)

フランス語版の新約聖書に挑戦

 昨年の春、私は「外国語は語彙力で決まる」ということに気づき、それを自分自身で実証するために、突如、フランス語の勉強を開始しました。

 そして5月末ごろ、フランス語を始め、6月には仏検4級に合格、11月には仏検3級に合格しました。

 やったことの大半は、単語を覚えることでしたが、それでも効果は抜群。

 やはり、外国語の基本は語彙力だ、という信念が強くなったのでした。

 その後も、フランス語はコツコツと続けていましたが、今日、フランス語版の新約聖書を買って読んでみると、意外や意外、けっこう読めるものです。

 フランス語の勉強を開始してから1年も経っていないのに、フランス語版の新約聖書がなんとなく読める!

 これには自分でも驚きました。

 もっとも、現在では「なんとなく読める」程度のレベルですので、それほど大きなことは言えませんが…。

 これで6月の仏検準2級、どこまで点数が取れるか、楽しみになってきました。

 私が狙っているのは、英検1級、独検1級、仏検1級のトリプル1級。

 長い道のりになるとは思いますが、せっかくの人生ですから、とことん夢に挑戦します。

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神の御心に沿った生きかた

 聖書を研究する日々を送っています。

 私たちは、自分で生きているように思っていても、実は、神に生かされています。

 自分が自分が…と自分の欲望を満たすことを考えるのではなく、どうすることが神を喜ばせることになるかを第一に考えたほうが、人間、幸せになれる気がします。

 そんなことを考えながら、学問を続けています。

 5月にロンドン大学神学部の最終試験を受ける予定です。

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2014年3月19日 (水)

花粉症がひどい

 花粉症があまりにも重症なので、ここのところ1週間ほど北海道に逃げていました。

 ところが帰ってくると、もう、羽田空港を出てから1分もせずにクシャミが連発。

 もちろん、マスクをしていましたが、それでも入ってくるのですね。

 ということで、今は、家に籠った生活を余儀なくされていますが、ずっと家の中に籠っているのも精神衛生上、あまりよろしくない。

 クシャミを連発していると、それだけで相当の体力を消耗するので、いくら眠っても疲れがなかなか取れない状態です。

 花粉症の恐ろしさを知らない人は、「たかが花粉症くらいで…」と思っているのではないかと思いますが、本当につらいのです。

 今年6月には、花粉症が完治できる薬が保険適用になるとのこと。

 これで私も完治したいところです。

 

 

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2014年3月10日 (月)

フランス語に全力投球

  フランス語の単語カード、33束目に突入しました。

 英語は、大学を卒業してから、29才で留学するまでの間に500束くらい作りました。

 留学する前にすべて捨ててしまったので今はありません。

 ドイツ語は70束くらい作って、独検2級に合格。

 フランス語もまだまだですが、コツコツやります。

 単語に関しては、コツコツ覚える以外、方法がないと思うので。

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2014年3月 9日 (日)

外国語学習を長続きさせるコツ

 みなさんは、外国語学習を長続きさせるコツは何だと思いますか?

 私は、興味深い作品(本でもDVDでも)を探し、それにのめり込むことだと思います。

 背伸びしてフランス語の新聞や雑誌を読む、というがいけないわけではありませんが、もともと興味のある記事ばかりではありませんよね。

 私が英語を勉強しているときも、新聞や雑誌は使いましたが、やはり長続きはしなかったのです。

 英語の場合のときも、やはり、自分が興味がもてる作品(おもに本)を読みまくり、映画館にも通いまくりました。

 私のフランス語の実力はまだまだですが、今、『わんぱくニコラ』の作品に没頭していて、ほとんど毎日読み進めています。

 私は英語にしても、ドイツ語にしても、フランス語にしても、問題集や文法書ってほとんどやらないのですよね。というのも、途中で続かなくなるから。

 みなさんは、長続きさせるコツは何だと思いますか?

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2014年3月 5日 (水)

自立と自律

 倫理学を勉強しているとき、「自律」という言葉にであった。

 「自律」というのは「自立」と似ているが、意味は違う。

 「自立」している人が「自律」しているとは限らない。

 では、自律とは何か。

 自分以外の何かの支配や制約を受けずに、自分自身で立てた規範にしたがって行動することである。

 例えば、金が欲しいという欲望をもっている人は多くいる。

 そういう人が単に金を得る手段として「仕事」をしたとしよう。

 確かに、そういう人は経済的に「自立」するだろう。

 しかし、経済的に「自立」したといっても、それだけでは「自律」的に生きているとは言えない。

 金が欲しいから仕事をしている、というだけのことであれば、それは自分の規範以外のもの(この場合は金銭欲)に動かされているだけの話であるから、「他律」的に生きていることになる。

 であるから、金を稼ぐ必要性に迫られて働いている人ならば、なおさらのこと、「他律」的に生きていることになる。

 もしも「自律」的に仕事をしているというのであれば、今、一生遊んで暮らせるお金(たとえば10億円)が手に入ったと仮定して、それでも今の仕事をずっと続けるか否か考えてみればわかる。

 10億円手に入っても、なお、今の仕事をずっと続けたい、というのであれば、「自律」的に仕事をしているといってもいい。そういう人は、金のために働いているのではなく、自分を磨くため、自分を社会に役立てるために働いている、と考えられるからだ。

 経済的に「自立」しているからといっても、精神的に「自律」せずに仕事を続けたとしても、それほど人間として立派なことをしていることにはならない。それはただ単に、金が稼げるから仕事をしている、というだけの話に過ぎないだろう。

 もっとも、「人間として立派なことをしていることにはならない」とは言ったが、非難されることをやっているわけでもない。結果的に社会に貢献しているという点では、比較的良いことをしているとは言えるだろう。

 問題は、そういう人が、ニートに向かって、「(お金を稼ぐための)仕事をしないのは悪いことだ」という偏見をもって非難を浴びせることである。

 「(お金を稼ぐための)仕事をしないこと」は、そんなに悪いことだろうか?

 お金を稼ぐ必要性のない人がお金を稼ぐための仕事をしなくても、だれにも迷惑をかけるわけでもないだろう? 

 例えば、そういう人が、献血をしたり、献金をしたり、ボランティア活動をしたり…とお金を稼げはしないが世のため人のためになることを「自律」的にやったとしたら、お金を稼ぐためだけに仕事をしている人と、いったいどっちが人間として立派なことをしているといえるだろうか?

 偉大な作曲家になった人でも、しばらくの間、仕事をまったくせずに音楽に没頭していたということはよく聞く話である。

 「他律」的に生きていると、「自律」的に生きている人が自分の信念にしたがってやっていることの価値を見出すことなどできないであろう。

 私は常々思うのだが、人間、「自律」しなければ、真の意味で幸せなどないと思っている。「自律」していない人は、いくら「自立」していようが、結局は、自分以外の何ものか(金銭欲など)に支配されながら生きているのである。

 真の意味で幸せになるには、まずは「自立」し、さらにその上で「自律」しなければならないだろう。しかし、「自律」するのは、それなりに難しいことである。ゆらぎなき信念が必要だからだ。

 

 

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2014年3月 3日 (月)

「お金を稼ぐための仕事」をしないことは悪いことか?

 あるニートがテレビに登場していた。

 30才くらいの男性が、大学卒業して以来、ずっと職に就かず、家でマンガを描いたりして暮らしているという。

 コメンテーターたちは、呆れ顔でそのニートに非難を浴びせていた。

「仕事もしないで、恥ずかしいと思わないのか」

「弟からどう思われていると思う? どうしようもない兄貴だと思われているんじゃないか」

「仕事もしないで、そんな姿を見たら、親が悲しまないか。何のために大学を出たんだ」

「もし両親が下半身不随にでもなったらお金はどうするつもりだ」

 私が見る限り、コメンテーターたちは、「お金を稼ぐための仕事をしないことは悪いことだ」という偏見をもって、それが偏見だと気づかずに、彼に非難を浴びせているように思えた。

 「お金を稼ぐための仕事をしないことは悪いことだ」というのは、私からすれば偏見にすぎない。

 「お金を稼ぐための仕事」をしている人の中にも不誠実な人はたくさんいるし、逆に「お金を稼ぐための仕事」をしていない人にも誠実な人もたくさんいる。

 そもそも、「お金を稼ぐこと」自体、それだけで人間が立派だといえる基準ではないのは明白だ。もし「お金を稼ぐこと」が人間を計る唯一の物差しならば、オレオレ詐欺で大金を稼いでいる人たちも立派なことをしていることになろう。しかし、そんなわけはない。他人に迷惑をかけることが立派なことではないからだ。

 そのニートは、お金を稼ぐ必要性がないから、「お金を稼ぐための仕事」をしていないだけのことであり、それだけで非難されるのはおかしくはないだろうか。 

 また、コメンテーターの「親が悲しまないか?」とか「弟から、どうしようもない兄貴だと思われているんじゃないか?」という非難めいたコメントも妥当ではないだろう。

 そもそも仕事というのは、「親を悲しませないためにするもの」ではなく、「弟から、どうしようもない兄貴だと思われないためにするもの」でもないからだ。

 仮に他人から否定的な見方をされるのがいやだから仕事をしたとしても、それは嫌々やっているだけにすぎないわけであるから、人間として立派なことをしていることにはならないだろう?

 ゆえに、お金を稼ぐ必要のない人が、「お金を稼ぐための仕事」をしていなかったとしても、ただそれだけの理由で非難されるのはおかしい。

 もし「仕事」をしないのは悪いことだといいたいのであれば、「仕事」というものを、もっと広く解釈すべきだろう。

 そもそも「仕事」とは何か?

 「お金を稼ぐための仕事」だけが「仕事」ではない。

 では、「お金を稼ぐための仕事」以外に、どんな「仕事」があるのか。

 1つは「自分を磨く」という「仕事」がある。たとえば、勉強もその一つである。芸術の腕を磨くというのもその一つである。学問もその一つである。身体を鍛えるのもその一つである。こうした「より良い人間になるため」の努力も「仕事」といえば「仕事」だ。そして、そういう「仕事」を続けている人の中から、やがて作家になったり、学者になったり、芸術家になったり、漫画家になったり、研究家になったり、野球の選手になったり、歌手になったりする人も出てこよう。彼らは、自分を磨くという「仕事」を続けていたら、それが結果的に「お金を稼ぐ」ことに結び付いたという幸せな人たちなのである。

 もう1つは「社会に貢献する」という「仕事」である。たとえば、ボランティア活動がその代表格である。献血をしたり、献金をしたりすることは、お金が稼げることではないが、立派に社会に貢献していることになる。あるいは、ボランティアで勉強会を開催したり、困っている人たちを助けたりということをすれば、お金が稼げることではないが、立派に社会に貢献していることになる。これも立派な「仕事」なのだ。

 そのニートは、マンガを描くのが好きで、毎日、マンガの腕を磨いているわけである。それは、たしかに「お金を稼ぐための仕事」ではない。しかし、彼はお金を稼ぐ必要性がないから「お金を稼ぐための仕事」をしていないだけであり、マンガを通して「自分を磨く」という「仕事」はしているともいえなくはない。また、彼がやがて漫画家にでもなれば、結果的に「社会に貢献する」ということにも結びつくかもしれない。

 だから、彼の経済的事情も知らないでいて、ただ短絡的に「お金を稼ぐための仕事をしないことは悪いことだ」という偏見でもって彼を非難するのはおかしいと思う。

 「お金を稼ぐための仕事もしていない」「自分を磨くこともしていない」「社会に貢献すること(献血や献金、ボランティア活動など)もしていない」「一切、何の努力もしていない」という人であれば、それは非難に値しよう。なぜなら、カントにいわせれば、理性を授かって生まれた人間には、より良く生きるべく努力をするという不完全義務があるから、だ。

 しかし、人間を「お金を稼ぐための仕事」をしているかという、たった一つの基準で判断すると、人間を見誤る可能性が高いだろう。

 もし私がコメンテーターであったら、彼に対して、「あなたはお金を稼ぐ必要性がないのであれば、今のうちにしっかりマンガの腕を磨いて、一流の漫画家を目指したらどうでしょう。そしたらあなたの真価が発揮できるし、あなたの描く漫画が世のため人のために役立つかもしれませんね。そうすればあなたはより幸せになれるでしょう」とコメントしていただろう。

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2014年3月 2日 (日)

「復讐」について考えてみる

 私は今、聖書をほぼ毎日読む生活を送っています。

 聖書に書かれてあることをすべて受け入れたほうがいいとまではいいませんが、自分が納得できる範囲で受け入れ、それを人生の指針にすれば、より良い人生が歩めるようになるのではないかと思います。

 例えば、「復讐」について聖書には以下のように書かれてあります。

だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい

自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐はわたしのすること、私が報復する』と主は言われる」と書いてあります

あなたの敵が飢えていたら食べさせ、渇いていたら飲ませよ。そうすれば、燃える炭火を彼の頭に積むことになる

 復讐したい、やっつけてやりたい…

 だれにでもそういう気持ちになったことはあるでしょう。

 そういうときに、心の指針を持っていない人は、ついつい復讐に走ってしまわないでしょうか?

 しかし、復讐に走ってしまうと、悪循環の中に自分がまきこまれるだけで、何の解決にもならないという場合が多いでしょう。

 こういうとき、上の聖書の言葉をしっかりと心に銘記していれば、自分が復讐する必要性がないと思えてくるので、憎き相手がいても、放っておけるでしょう。

 悪人は、放っておいても、神様が自分の代わりに復讐をしてくれるわけですから。

 聖書には、心の指針を与えてくれる素晴らしい言葉がたくさん詰まっています。

 もちろん聖書以外にも素晴らしい本はたくさんあります。

 しかし、聖書も偉大な書物であり、繰り返し読むべき本であるといっても過言ではないでしょう。

 今、私はフランス語の勉強中でもあるので、この際、フランス語で聖書を読み始めようかと思っている最中です。

 

 

 

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