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2014年7月

2014年7月31日 (木)

学問への興味は尽きない

 私は、ときどき、慶應大学時代やロンドン大学哲学部時代に勉強した哲学関係の本を読み返すことがある。

 プラトン、カント、スウェーデンボルグ、アリストテレス、といった偉大な業績を残した哲学者の作品を読み返す。

 すると、ますます、のめり込む。

 興味は尽きない。

 つくづく思うのであるが、人間、結局のところ、何を求めているかといえば、より幸せになりたいということだろう。

 そのために何を一番にすべきかといえば、より善き人になることではないか。

 それが究極の目標といっていいと思う。

 そしてそのためには、やはりどうしても考えることが必要で、それには哲学が最も適した学問ではないかという気がしている。

 哲学の勉強ができたことを今更ながらに幸せに思う。

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2014年7月30日 (水)

どうすべきか悩んだときの判断基準は?

 人間、一瞬一瞬、何かを判断して行動している。

 その判断のもとにすべきものは何か。

 それは理性であったり、経験則であったりするだろう。

 宗教を学んでいる人であれば、それに聖典が加わったり、あるいは、教祖の発言が加わったりするだろう。

 宗教を学んでいない人であれば、聖典の代わりに、自分が読んだ名著だったり、両親の発言、教師の発言、尊敬する人の発言が加わるかもしれない。

 どれが一番いいというものはないと思う。

 ほとんどの人は、それらの複数の判断基準で、どうするかを判断して行動している。

 人間として、より良い行動ができるようになるには、その中でも、特に理性を磨く必要があるように思う。

 新興宗教の中には危険なものもあるだろう。何が危険かといえば、教祖の発言がすべてだと思いこまされる場合だ。

 教祖は神だと信じ込まされてしまうと、教祖がおかしなことをやっていても、「これはきっと深い考えがあってやっておられるのであろう」と変に自分を納得させなければならなくなるが、マインドコントロールされている人はそれをやってしまうだろう。

 私は今、新約聖書を勉強している。偉大な書物だと思うし、人生を豊かにしてくれるものだとも思う。しかし、書かれていることのすべてを信じているわけでもなく、また、納得がいかない箇所がまったくないわけでもない。そういう箇所は判断を保留にしたままにして、理性で納得できる箇所だけを自分の人生の糧として取り入れている。

 つまり、私が物事の判断基準にしているのは、理性、経験則、名著、聖書などすべてであり、そのどれか一つだけで物事を判断しているわけではない。

 危険といわれる新興宗教に入信した人が気をつけなければならないと思うのは、教祖や経典を絶対視することではないかと思う。

 

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2014年7月28日 (月)

ロンドン大学継続手続き

 私は、現在、ロンドン大学神学部(遠隔教育)の学生である。

 今年5月に神学部サーティフィケート課程の最終試験に臨んだ。

 あと1科目合格すれば、無事、サーティフィケート取得となるところであったが、今年の「新約聖書入門」の論述試験は合格点に届かず、初めてロンドン大学の試験で不合格となった。

 過去に受験した経験からいっても、ぎりぎり合格しているかと思っていたが、かなり厳しい採点だった。

 でも納得している。英米人は子供のころから聖書の知識はある程度身に着けているだろうから、そんな彼らの答案と比べれば、私の答案は見劣りしたのかもしれない。なにしろ、私の聖書の知識といえば、ここ1~2年程度勉強して身に着けたに過ぎない。私は私なりにベストを尽くしたが、1~2年程度の勉強では、まだまだというところか。

 特に「新約聖書入門」の科目は、注釈の問題が2題出るのだが、そこで点数を落とした感じである。なにしろ、ギリシャ語の知識も問われるのであるから、ギリシャ語の知識が乏しい私には厳しい試験である。

 でも、これでまたもう1年、ロンドン大学の学生ができるということになるので、逆に、ありがたい。というのも、こういう目標でもなければ、必死になって英語の書物を継続的に読むのも難しいからだ。

 サーティフィケート課程修了まで、あと1科目だけだし、せっかくここまで来たのであるから、サーティフィケート課程修了までは行こうと思っている。

 ということで、今日、さっそく、ロンドン大学の継続手続きを行っていた。

 ロンドン大学哲学部を3年間で、とんとん拍子に卒業してしまったが、神学部も、これで3年目となる。トータルすれば6年目。ずいぶんロンドン大学にお世話になっている。

 

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2014年7月25日 (金)

キリスト教を勉強していて…

 私は慶應大学とロンドン大学で哲学の勉強をしてきた。

 慶應大学では文学部であったため、哲学以外のことも勉強したが、ロンドン大学では哲学部であったため、哲学のみを専門的に勉強してきた。

 哲学の勉強が一番有意義だったと思うし、一番楽しかった。哲学を勉強したことで、人生がガラリと変わった気もする。

 今はロンドン大学神学部で勉強しているが、哲学部を卒業したあとの神学部なので、キリスト教にどっぷりつかるということもなく、キリスト教の中でも自分がなっとくできる点のみをうまく自分の人生に取り入れている。

 思うに、宗教は、良い側面もあれば、悪い側面もある。

 悪い側面は、自分が納得していないのに、鵜呑みにしてしまうことである。

 納得できる部分だけを自分の人生に取り入れる、というのが最適な方法だと私は思う。

 新興宗教の中には、精神的に弱っている人をマインドコントロールして入信させ、金品をまきあげるものもあるが、哲学を勉強した私からすれば、金品を要求する(あるいは、うまく金品を出させるように仕向ける)宗教団体は危険だと思う。

 宗教団体に入るな、と警告するつもりはない。立派な宗教団体もあるにはあろう。

 ただ、金品を求められるようになったら、少し疑ってかかってもいいのではないかと思う。

 金品を求められるか否かが、危険な宗教団体か否かを判断する一つの基準になると思う。

 私は今、基本的にひとりでキリスト教を学んでいる。

 ロンドン大学神学部は遠隔教育なので、基本的に独学である。それでも、十分勉強できる。お金もたいしてかかるわけでもない。

 それでも、まだまだひとりで学べることは多いと思うし、新興宗教に入信する必要性を感じないので入信しないだけである。

 

 

 

 

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2014年7月24日 (木)

第3回英語ボキャブラリーコンテスト

 先日、「第3回英語ボキャブラリーコンテスト」を行いました。

 遠方からお越しいただいた方もいらっしゃり、ありがたく思いました。

 アンケートの結果も、ほぼ全員に満足してくださっているようで、うれしく思いました。

 また「第4回英語ボキャブラリーコンテスト」を実施しようと考えております。

 興味のある人は、詳細が決まりましたら、以下のサイトで告知しますので、ときどき以下のサイトをチェックしていただければとおもいます。

http://w-sophia.com/

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2014年7月18日 (金)

昨年の宅建の基準点

 2011年、私は、ふと、宅建を受けてみようと思いたった。

 締切ギリギリのところで受験を決意したため、2か月半しか勉強期間がなかった。しかも当時は日大の学生でもあったので、大忙しの中での勉強だった。

 試験直前に2010年の問題を解いてみると、36点がボーダーのところ39点が取れた。

「これはもしかすると合格かな」

 と思い、さらにラストスパートをかけた。

 結果、35点だった。

 合格すると思っていた。

 しかし、1点足りず不合格となった。

 まあ、2か月半しか勉強しなかったわりには上出来だったと思った。

 2012年、私は「昨年1点足りなかっただけだから、少し勉強しておけば通るだろう」とタカをくくっていた。

 一応、復習はした。2か月の時間をかけた。

 合格すると思っていた。

 しかし、またまた1点足りずに不合格となった。

 2013年、私は「一昨年も昨年も1点足りなかっただけだから、少し勉強しておけば通るだろう」とタカをくくっていた。

 だが、三度目の正直で落ちるわけにはいかない。2か月の時間をかけて猛勉強した(つもりだった)。

 しかし、受験当日、横なぶりの大雨が降り、私は受験場につくころには、身体中、ビシャビシャになった。

 神経集中できないままの受験となった。

 自己採点してみると、29点または30点。

 合格しているはずのない点数だった。

 もうその時点で、各予備校が出す予想の基準点を見る気は失せた。

 こんな低い点数では合格しているはずはないからだ。

 昨夜、昨年の基準点が何点だったのか見てみると、33点だったようだ。

 多くの予備校では32点と予想していたようで、これからも分かるとおり、昨年は、相当難しかったようである。

 今年は受験しないつもりである。

 私は今までも数多くの資格を取得してきた。今後もいろいろな資格に挑戦したいと思うが、基本的に自分が楽しめるものだけに限定していきたい。

 特に、今はソフィア・外国語研究協会を発展させていきたいという思いも強いので、外国語の資格に専念したい。

 そういうわけで、今年は宅建には挑戦しない。

 ただ、3年間、勉強してきたことは後悔はしていない。

 トータルで約6か月間、宅建の勉強したわけになるが、合格そのものはできていないが、基準点に近い知識は身についたことは事実だ。

 これはこれで悪いことではないと思っている。

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2014年7月16日 (水)

外国語の勉強は人生の勉強にもなりうる

 私は今、フランス語の勉強に熱中している。

 私は英語に関しては、すでにシェフィールド大学大学院もロンドン大学も出ているので、英語を通して学問をすることに自信をもっている。

 もっとも、私の英語力が頂点に達したなどというつもりはない。まだまだ勉強しなければならないとは思っている。

 一方、ドイツ語にしてもフランス語にしても、私はまだまだ発展途上中である。

 発展途上中であるから楽しいと思うこともある。

 英語はあるレベルまで到達しているので、「伸びしろ」は少ない。

 一方、ドイツ語にしてもフランス語にしても、少しがんばっただけで、実力の伸びを実感できるという喜びもある。

 さて、私がなぜ外国語の勉強に熱中しているか述べよう。

 それは、外国語の勉強は、人生の勉強にもなりうるからだ。

 例えば、宅建に向けた勉強は、宅建の勉強にはなるが、それ以外にはあまり役に立たない。まあ、民法が一部入っているので、その点は、不動産業者にならなくても役に立つかもしれないが。

 一方、外国語の場合は、外国語を通していろいろな本が読める。

 たとえば、私は今、フランス語でモーパッサンの小説を読んでいる。(ただし対訳だが)

 すると小説を読みながら、人生を考えることができる。

 悲惨な人生を歩むことになった主人公であれば、どこで歯車が狂ったのか、何か打つ手はなかったのか、という観点から見ることができる。

 それは、すなわち、人生の勉強にもなるのである。

 しかも、それでいて、フランス語の実力もつく。

 いわば一石二鳥の勉強が可能なのである。

 私が外国語の学習をお勧めしたいのは、外国語を通して、外国の思想や文化を知ることができるし、また、優れた作品を読みながら人生を考えることもできるからである。

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2014年7月14日 (月)

検定試験の存在のありがたさ

 私は、子供のころ、英・数・理が得意科目であったが、歴史には興味が湧かなかったため、ほとんど勉強しなかった。

 子供の私には、「そんな大昔のことを覚えて、それがいったい何になるんだ」としか思えなかったし、興味をもつような漫画やテレビ番組などにも出会っていなかった。

 当然、成績は良くない。

 高校になると、大学受験を意識し始めるが、そんなわけだから、当然、歴史を回避しようとする。

 回避すれば、当然、歴史はさらに苦手になる。

 しかし、では大人になってから歴史を勉強するかといえば、何かきっかけでもないとするわけもなかった。

 そういうわけで、ずっと歴史には苦手意識が強かった。

 しかし、今やありがたいことに「歴史能力検定」というのができたので、「歴史の苦手意識を払しょくするためにも、狙ってみるか」という思いで、歴史の漫画を読むようになった。

 面白いもので、漫画であっても、繰り返して読んでいるうちに、少しずつ、歴史上の出来事や人物を覚えていくものである。そして覚えていくと、少しずつ興味が湧いてくる。

 こうして、私は、大阪城や姫路城、名古屋城を見学に行ったりもした。(もっとも、これは広島が実家なので、帰省するときに寄っただけで、わざわざ旅行で行ったわけではないが)。

 もちろん、今の私が「歴史能力検定」に合格しようがしまいが、それで何になるわけでもないし、そんなことを気にする人もいないだろう。それがお金儲けにつながるわけでもない。

 しかし、楽しみながら、そして、いろいろなことに思いを巡らしながらでも勉強していると、歴史の勉強に興味がわくだけでなく、その過程の中で、人生に役立つことも学ぶこともできるのではないかという気がしてきた。

 何も目標がなければ、だらけてしまって、結局、途中で勉強するのをやめたということになりかねないが、「歴史能力検定」というのものがあるので、それが目標となってくれている。

 ありがたい存在だと思う。

 

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2014年7月13日 (日)

外国語を学ぶのではなく、外国語で学ぶ

 私は今、フランス語の勉強に熱中している。

 独学だが、意外や意外、1年ていどの勉強で、仏検準2級レベルまで到達した。準2級の1次は一発で合格。今は二次の結果待ちの状態である。

 これほど早く上達したのは、英語とフランス語が似ているせいもあろう。

 そんな私だが、フランス語の勉強をしていたというより、フランス語を楽しんでいたに過ぎない。

 フランス語の本を読んだり、フランス映画のDVDを見たりしていただけである。単語は単語で覚えたが、細切れの時間に覚えていただけなので、苦痛ではなかった。無駄な時間が単語を覚える時間に変わっただけである。

 文法の問題集などに一切手をつけていないわけではないが、まあ、ほとんどやっていないに近い。

 私独自の方法は、「フランス語を学ぶ」のではなく、「フランス語を通して(何かを)学ぶ」のである。

 もっとも、今の私のフランス語の実力はたいしたことはないので、それほど多くのことが学べたわけではない。

 が、これから徐々に哲学書や文学作品にフランス語で挑戦してみたいと思っている。

 

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仏検準2級2次試験

 仏検準2級の2次試験を受けた。

 音読と、5問の質問に答えるという形式である。

 音読はまあまあできたと思うが、5問の質問のうち、2問はまったくわからなかったので、テキトーに答えるしかなかった。

 2次試験の合格率は85%くらいある。

 よっぽど出来が悪くなければ合格するようだが、私自身、ずっと独学で勉強してきており、2次試験の直前に3回プライベートレッスンを受けただけであるから、自分に会話力がないことは自覚している。

 結果は8月7日に判明するようだ。

 合格していますように~。

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2014年7月11日 (金)

フランス語の発音矯正に猛特訓

 次の日曜日に仏検準2級の2次試験がある。

 2次試験は面接試験である。

 今まで私は完全な独学でフランス語を勉強してきた。

 英語と似ているので、かなり楽に実力をつけてこられた。

 1年の勉強で、仏検準2級1次に合格することができた。

 しかし、フランス語はまったく話したことがなかったので、アテネフランセに3回、プライベートレッスンを受けに行った。

 練習できるのは、今日と明日だけになった。

 今は、CDでひとりで練習している。

 2次試験の体験記は、また公開しようと思う。

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2014年7月10日 (木)

何にしても積み重ねが大切

 私は4年くらい前から、髪の毛が薄くなってきた。

 リーブ21に2年くらい通って、毎日、自宅ケアをした。

 2年間の毎日のケアのおかげで、薄毛もあまり目立たなくなった。

 日々の積み重ねのおかげである。

 薄毛が目立たなくなったと思ったら、今度は、2年くらい前から、夜中にトイレに起きる「夜間頻尿」という症状が出てきた。

 これも病院に通って、薬を処方してもらっているが、薬以外にも、(1)よく歩くようにする、(2)足をあげて寝ころぶ、(3)少々トイレに行きたくなっても少し我慢する、といった訓練をすることにより、徐々に治ってきた。

 これも日々の積み重ねのおかげだと思っている。

 思うに、健康にせよ、学問にせよ、あるいは、人間関係にしろ、急に改善したり、急に悪化することより、日々の積み重ねで徐々に良くなったり、徐々に悪くなったりするほうが多いのではないか。

 日々の積み重ねを大切に生きていきたい。

 

 

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2014年7月 9日 (水)

学問や勉強は、ひとりでもある程度はできる

 今は、ネットでいろいろなことが調べられるようになった。

 最近、さまざまな宗教団体のことを調べている。

 驚くことに、多くの宗教団体は、カルトと指定されており、いかに危険であるかが分かった。

 どういう集団がカルトかに関しては、基準があるようだが、まあ、一番てっとり早くわかるのは、金品を要求するか否かであろう。

 教団は教団の考えがあるのは分かるが、結局、なんだかんだといっては、信者から金を巻き上げる。

 その段階で、信者は信者で、「この教団は危ない」と気づけばいいのだが、すでに入信してしまっているから、なかなかそう思うことができないらしい。

 しかし、思うのだが、別に宗教団体に入らなくても、学問にしても勉強にしても、自分ひとりでもある程度はできるのではないか。

 ひとりだとなかなか勉強しにくいという人なら、通信教育だってある。大学の通信教育を受ければ、学位だって取得できる。

 すでに大学を卒業した人なら、「学士入学」ができるわけであり、早ければ2年で卒業できるし、学費だって30万から40万でも卒業可能だ。

 私は、ロンドン大学の神学部(遠隔教育)で学んでいるが、自分ひとりでも、多くのことを学んだ。別に他人から学ばなくても、ひとりでいろいろな本から学べると思う。

 宗教団体に入ること自体が悪いというつもりはない。

 が、金品を要求するような団体だったら、少し疑ってかかってもいいのではないかと思う。要求されたお金が妥当なのか妥当でないのか、その辺を見極めるのが大切ではないか。

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2014年7月 7日 (月)

聖書を読む日々

 カルトといわれる宗教は、問題が少なくないだろう。

 私は、正直、カルト宗教とは関わり合いになりたくない。

 関わらなくても、幸せな人生を歩むことは可能だと思っている。

 また、何が理性的で、何が理性的でないかは、あるていど自分ひとりでも判断できるわけであるから、何等かの宗教教団に入らなくても、ひとりで勉強しようと思えばできるはずだ。

 たとえば、聖書を読めば、その中で自分が納得できる部分があるはずである。

 それだけを自分の糧として生きていくというのでもいいのではないか。

 カルト宗教か否かを見分ける最大のポイントは、金品を要求する団体か否かであろう。

 なんやかんやと口実をもうけては金品を出すように仕向ける団体は、まともな団体とは思えない。

 そんな宗教団体に入るくらいなら、自分ひとりで聖書を読んで勉強したほうが何倍も自分のためになるのではないか。

 まあ、何を信じるかは本人の自由ではあるが。

 

 

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2014年7月 5日 (土)

歴史の勉強

 良い時代になったもので、YouTubeで勉強しようと思えば、簡単に勉強できる時代となった。

 私は、ロンドン大学で勉強しているときも、YouTubeで、海外の動画で勉強していた。

 今は、日本史の勉強をしている。

 「歴史能力検定」というのがあって、今年の冬、準3級を受けてみようと思っている。

 私は、学生時代、一番の苦手科目が日本史だったので、成人してからも、歴史関連のテレビ番組には一切興味をもたなかった。

 そのため、歴史の知識はかなり欠落している。

 しかし、「歴史能力検定」の存在に気づき、日本人として多少の日本史の知識をもっておくことは重要と考えたため、せっかくなら「歴史能力検定」を目標にして勉強しようと考えた。

 今は基本的には漫画と中学生の歴史の教科書で、楽しみながら勉強しているが、YouTubeで検索してみると、出てくる出てくる、歴史関連の動画が。

 私が中学・高校のときに、こういう動画を見ることができていたら…と思うが、過去のことは悔やんでもしかたがないので、これからのことを考えることにした。

 日本史も勉強してみると、だんだんと興味を覚えるようになった。

 準3級受験で、まだまだレベルは低いが、将来的には2級レベルまで行きたいと思っている。

 と同時に、世界史も2級レベルまでは勉強してみたい。

 楽しみが増えた。

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2014年7月 3日 (木)

仏検準2級の1次に合格

 今日、仏検準2級の1次の合否発表があった。

 自己採点で合格を確信していたが、実際、合格していた。

 私の点数は74点。

 基準点は65点。

 10日ほどして、2次試験がある。

 2次は面接である。

 今日から、発音の矯正に励もうと思う。

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2014年7月 1日 (火)

聖書を読む日々

 ロンドン大学神学部の最終試験はすでに終わっている。

 試験結果がそろそろ判明するころであるが、試験は終わっても、聖書は毎日のように読んでいる。

 人間、理性と欲望をもっているが、つねに理性と向かい合わなければ、知らず知らずのうちに欲望が顔を出す。

 だから理性的に生きるには、常に理性を働かせる努力が必要だ。

 聖書は、しばしば、神の言葉が記された書と言われる。

 異論もあろうが、感銘を受ける箇所が多いことに関して異論を挟む人は皆無ではないか。

 たくさん本を読むのもいいが、聖書1冊が私に与える影響は、ほかの何百、何千という本が私に与える影響をはるかにしのぐ。

 これからも聖書を読み、神の意志にしたがって生き方を目指したい。

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日本史をマンガで

 私は学生時代、日本史の勉強をおろそかにしていた。

 特に高校時代は、大学入試の科目として取らないことを決めていたこともあり、おろそかにした。

 そのつけが大人になって回ってくることがたびたびあった。

 それだけが原因というわけではないが、少しでも日本の歴史を知っておくのも悪くはないだろうということで、日本史の勉強をしている。

 といっても、今は子供向けの漫画を中心に読んでいるくらいではあるが。

 風呂につかっているときに、この漫画を繰り返し読む。

 すると、いろいろと興味深いことを知ることになる。

 例えば、縄文時代のトイレはどうだったのか、とか。

 学生時代は、とにかくテストで点数を取るために存在した勉強だったが、今こうして大人になってから勉強しなおすと、点数を取れるかどうかはあまり関係なくなるので、自分の興味にしたがって勉強できて面白い。

 もっとも、点数は関係ないとは言いながら、冬にある「歴史能力検定」を視野に入れていることはいるのだが…。

 歴史を勉強すると、「今度旅行で行ってみたいな」というところも見つかる。

 昨年の暮れは姫路城に行ったが、いずれ奈良の大仏でも見てみたいなと思うようになった。

 学問や勉強を続けていくと、このように、それまで興味がなかったことも興味がでてくる。

 人生が豊かになる。

 と、私は思っている。

 まあ、どう思うかは人それぞれだが。

 でも、文系の学問の大半は、それほどお金をかけなくても、本さえあればできるので、悪くない趣味だと思う。

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