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2015年8月

2015年8月27日 (木)

投資にリスクはつきもの

 投資にリスクはつきものだ。

 不動産投資の場合は、空室リスク、退去したときのリホーム代、家賃滞納、更新費の滞納、修繕費などリスクがある。

 私は、出版社とトラブルになって裁判になった経験が何度かある。

 「え? あんな誠実そうな人があんな真っ赤なウソをつくの?」

 「え? 長年にわたって信頼関係を築いてきたはずのあの人が裏で口を合わせてウソをつくの?」

 そういうトラブルを経験すると、人との争いごと自体が怖くなる。

 で、私が以前、保有していたマンションの借家人は、家賃の滞納もあれば、更新費の滞納も当たり前のように毎回あった。

 「更新費は払うが、その前に、どこどこが悪くなっているから、その修繕を先にやれ。修繕をやったら、更新費を払う」

 といって、半年以上も更新費を滞納されたことがある。

 そういうことで、もう、人との争いごとは嫌なのだ。

 そういう意味で、投資信託にかけていたのだが、ここのところ、大暴落も大暴落。

 大暴落が止まらない。

 で、私は一つ決めた。もう評価額は見ないことにした。

 評価額を見れば見るほど、怖くなる。あまりの大暴落に、なにもかもが怖くなる。

 リーマンショックのときは、今以上の大暴落だったろうが、私は評価額を一切見なかったので、毎日安らかだったのだ。

 ということで、私は評価額は見ないことにしたのだ。

 新規に投資するときも、評価額のところを手で隠して、評価額が見えないようにして投資をする。

 これで気が安らかになれる。

 不動産投資がいいのか、投資信託がいいのか。

 人によるだろうが、人との争いが嫌いな私は、やっぱり投資信託かな。

 大暴落しても、評価額を見なければいいわけだからね。

 

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2015年8月26日 (水)

投信、大暴落

 「楽天証券」のホームページを開いたら、ニュースのところに「電話がつながりにくくなっています」といったことが書かれてあった。「今週中は電話がつながりにくい」ともあった。

 大暴落が止まらないらしい。

 株の大暴落は怖いが、投資信託の場合は、その性質上、5年も10年も保有していれば、ほとんどは持ち直す。

 株は紙切れ同然ということもあろうが、投信は分配金が定期的に支払われるわけであるから、それを考えれば、リスクは徐々に減っていくのである。

 中には、回復しないままの投信もあるが、それはむしろ例外だ。

 だいたいの場合は、超長期で保有していれば、元に戻る。

 そういう性質があるから、私は投信にしているのだ。

 証券会社も電話の対応で大変だろうなぁ。

 

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2015年8月25日 (火)

投信、大暴落!

 驚くことに、投信が大暴落した。

 たった1日で100万円近く損が出た。

 おそらくサブプライムローンのときは、今以上に大暴落していたのだと思うが、その頃は、評価額の総額を一切見なかったので、どれだけ落ちているかすら気にしたことがなかった。

 当時、気にしていたのは、毎月、いくら分配金が支払われるかだけだった。

 だからまったく何も気にしていなかったのだ。

 当時は、銀行から3、4か月ごとくらいに、電話がかかってきて、

「投資信託のことでご心配されておりませんか?」

 などと相談をもちかけられた。

 大暴落していることをまったく気にしていなかった私は、

「投資信託はずっと持ち続けるつもりだし、まったく心配はしていません」

 と平然と答えていたのだ。

 たしかに、当時のチャートを見ると、いかに大暴落していたかが分かる。

 でも、放置していたら、元に戻ったし、むしろ元の額を上回っているのもある。

 なんだかんだいって、リターンとしては利回り4%くらいで回ってくれていたのだと思う。 

 が、3年くらい前から始めた「楽天証券」の投信の口座は、ページを開いたところに「評価額」が目につきやすいところに見える。

 見ようと思っていないのに、勝手に見えてしまうのだ。

 そういうわけで、ここのところ、ずっと見ているのだが、今年に入って、面白いように暴落する。ドンドンどんどん下がっていき、昨日と今日だけで大暴落。

 見なければ良かった、と思うくらいである。

 ただ、こういうときこそ辛抱だ。

 不動産投資の場合は、空室リスクがある。

 そして空室が出たら、リホーム代がかかるだろう。

 しかも、空室の間、管理費等の経費はかかってしまう。

 リホーム代が200万円とかしたら大変だ。

 そういう心配もあったし、何ぶん、私は今まで出版社と裁判を何度かやって、人との争いごとは嫌いになった。

 そういう意味では、投信のほうが精神的に楽なのだ。

 とはいえ、投信は今回のように大暴落もある。

 まあ、どんな投資にもリスクがつきものだ。

 投信の場合は、暴落したときこそが実はチャンスでもある。同じ金額で多くの口数が買えるからだ。

 そういう意味では、これからもコツコツと投信で資産を増やしていくしかない。

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2015年8月20日 (木)

私が不動産投資ではなく、投資信託を好むわけ

 今年に入って、投資信託の一部がグングン下がってきている。

 「ピムコ・ハイインカム・ソブリン(トルコ・リラコース)」が、グングン、これでもか、これでもか、といわんばかりに下がっている。

 私が投資したときと比べると、25%の落ちようで、こんなに落ちるのも珍しい。

 それから「米国高利回り社債のブラジル・レアル」もかなりの落ちようだ。20%近く落ちている。

 しゃれにならん。

 今年に入ってからだけでも100万円近くは損をしているだろう。

 まあ、投資信託は上がったり下がったりがあるのは最初から承知の上だし、さまざまなファンドに分散して投資しているから、超長期で保有していれば、4%~5%くらいの利回りは出るとみているから、それほど心配はしてないのだが。

 実際、「ワールドリート」なんか、サブプライムショックのときは、大暴落したが、私は平然と放置していたら、毎月の分配金はずっと安定して出ていたから、大分、元を取ることができている。

 で、やっぱり私は、不動産投資よりは投資信託を好む。

 私の性に合っているのは投資信託のほうだ。

 不動産投資は、人がかかわってくる。

 空室リスクもある。

 家賃の滞納もある。

 不動産屋もかかわってくるが、不動産屋は不動産屋の利害がある。

 契約更新のときに更新料をしぶる人もいる。

 私は、過去に出版社と裁判になったことが何度かあるが、裁判をやったら、いかに人間が欲のかたまりかが分かる。

 え? あの誠実そうな人が、あんな真っ赤なウソをつくの?

 え? 信頼しきっていた人が、都合が悪くなったら、みんなと裏で口を合わせて、あんな嘘をつくの? 私のことはどうなってもいいの?

 そういう経験を通して、私は幾分、人間不信になったところがある。

 先日、裁判のときの準備書面を見直してみたが、冷静になった今振り返ってみても、相手方の嘘八百には驚かされる。もはや人間技ではない。それくらい嘘八百だったのだ。相手の立場も十分考慮したうえでも、まったくしょうもない嘘八百なのだ。

 不動産投資は、何事もないときはいいかもしれないが、何かトラブルになると、人は結局、自分が一番かわいいので自分の都合で物を言い出すことが予想される。それが私にとっては恐怖である。

 その点、投資信託は、そんな人間関係のトラブルは一切ない。

 暴落するリスクがあるが、まあ、放っておけば、上がったり下がったりするものである。

 たまに下がりっぱなしという、どうしようもない投信もあるが、それはしかたない。

 それは、見る目がなかったと思ってあきらめるしかない。

 でも、正直、諦められる。というのも、その投信を選んだのは自分自身だからだ。

 何より、他人とトラブルになるより、精神的にはかなり楽である。

 

 

 

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お金は何のためにある?

 中国人が経営しているマッサージ店によく行くのだが、そこの女の子がスマホをもっていたから、毎月の基本料金が高くないですか、と聞いてみた。私個人としては、携帯電話の安いプランで十分だといった。家に帰ればパソコンがあるからインターネットはできるわけだし。

 すると、その子はこう返してきた。

「お金って、いったい何のためにあるんですか。宮崎さんは、お金をどう使うんですか」

 スマホがいけないというわけではない。スマホを使いたいなら使えばいい。

 私は、毎月毎月の基本料金が高いから、スマホを使わないだけだ。

 そういった毎月毎月、必ず払わなければならないというのは極力避けたいわけだ。

 今の私は、基本、「絶対に必要」というお金以外は極力使わないようにしている。かなり倹約している。

 そういうお金があれば、私なら投資をしておく。

 というのも、私はお金で「時間的自由」が買えると思っているからだ。

 お金で「時間的自由」を買うことほど贅沢な買い物はないと思うよ

 実際、投資をしておけば、金が金を生む。

 そして余剰金が出れば、またそれを投資しておく。

 すると、その金が金を生む。

 するとますます余剰金が増える。

 だから、またまたそれを投資しておく。

 それを繰り返す。

 コツコツと繰り返す。

 すると、「お金を稼ぐ」ということをしなくても生活できるようになる。

 いわゆる、ファイナンシャルインディペンダンスだ。

 あとは自分の好きなことだけをして生きていけるようになる

 これは「働かない」という意味ではない。

 「働く」といえば、すぐに「働く」イコール「お金儲けをすること」と考える人がいるが、私はそう考えてはいない。

 「働く」というのは3つの意味がある。

 一つは「お金を儲ける」、一つは「社会に貢献する」、一つは「自分を磨く」だ。

 その3つの中で一番大切なのは「社会に貢献する」だ。

 お金を稼ぐ必要のない人間は、「社会に貢献する」ことと「自分を磨く」ことを考えていればよくなる。もちろんそれが結果的に「お金儲け」につながってもいいが、つながらなくても一向に困らないのだ。だって、もともとお金を稼ぐ必要などサラサラないのだから。

 例えば、無料で講演会を開いてもいい。無料でイベントを開いてもいい。ボランティア活動をしてもいい。作品を書いて本を出版してもいい。寄付をして回ってもいい。献血でも献金でもいい。それで喜んでくれる人がいるなら、立派な「社会貢献」だ。つまり、お金を稼ぐ必要がない人にとっては、それも立派な「仕事」だよ。

 「お金を儲ける」こと自体をする必要がなくなれば、何が「社会に貢献することか」、何が「自分を磨くことか」を第一に考えればよくなるわけだ。

 そのためには、必要ではないものにお金を使うということは極力さけ、そういうお金はすべて投資しておくのがいいと思うよ。

 

 

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2015年8月19日 (水)

トーホーの日に映画に行きそびれた

 14日は「トーホー」の日ということで、有楽町の東宝の映画館が安くなる。

 で、今関心があるのが「ジュラシック・ワールド」と「ミッション・インポシブル」で、どちらかを見ようと思っていたのだが、14日に行ってみたら、超満員で、全部席が埋まっていたので予約が取れなかった。

 すごい。

 映画館で全席予約が埋まっているなんてね。

 ということで、14日には見に行けなかったので、また今度、安い日にでも見に行こうと思っている。

 私は今は、そこそこの倹約家になっているので、映画で2000円とか1800円は高い。

 安い日だと1100円とかで見られるので、そういう日以外は基本、行かない。

 

 

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2015年8月14日 (金)

終活セミナー

 まだまだ年齢的には死ぬ年齢ではないが、逆にいえば、死んでもおかしくはない年齢になりつつある。

 ということで、これからの人生は、「見せかけ」のための仕事や勉強はしないつもりだ。

 心の底からしたい仕事、勉強のみに打ち込むのだ。

 と同時に、終活もそろそろはじめないといけないと思う。

 終活。

 つまり、自分が死んでいくときの準備だ。

 終活セミナーがあるようなので、参加してみようと思う。

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2015年8月12日 (水)

スターバックスで執筆・勉強

 今まで私は、さまざまな喫茶店で執筆や翻訳、勉強をしてきた。

 だが、ほとんどのところでは、ホットコーヒーを飲みながら、という形態であった。

 珈琲館などは420円のホットコーヒーを飲みながらよく勉強していたものだ。

 しかし私も年を取ったもので、トイレも近くなったので、あまりコーヒーを飲みすぎるのもよくない。

 かといって、オレンジジュースなどの冷たい飲み物は、たくさん飲みすぎると、おなかの調子も悪くなる。特に氷入りのものは。

 そんな折、スターバックスを見つけた。

 スターバックスでは、氷が入っていないオレンジジュースがある。

 200円(プラス税)である。

 パソコン持ち込んでも電源もある。

 これからはスターバックスで執筆や勉強しようかな。

 

 

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2015年8月11日 (火)

14日はトーホーの映画が安い

 先月初めて知ったのだが、毎月14日は東宝の映画は安い。

 10(トー)と4(フォー)で東宝なのだろう。

 ということで、先月、「ターミネーター ジェネシス」という3D映画を見に行った。

 映画を英語を楽しみながら見るというのもなかなか楽しい趣味である。

 で、今、「ジュラシックワールド」という3D映画がやっている。

 せっかくだから14日に見に行こうかな。

 

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2015年8月 8日 (土)

裁判は大変!

 私は過去に何度か裁判を経験している。

 久しぶりに、裁判のときの記録(準備書面等)を読みかえしてみたが、まあ、大変。

 相手方の嘘八百を読んでいると、吐き気すらする。

 つくづく思うが、裁判はやらないほうがいい。

 心身ともにへとへとになる。

 では、そのためには何ができるか。

 いろいろと考えてみた。

 まず、怪しい人にはかかわりにならないこと。

 それでもかかわらざるを得ない場合は、さまざまなことを予め想定して、トラブルを未然に防ぐこと。

 そして、裁判が始まったら、絶対に嘘をつかないこと。

 ばれやしないと思っていても、嘘はつじつまが合わなくなってばれるようになっている。

 幸い、私の相手方は嘘八百をついてくれていたので、そこを突っ込んで、私に有利に働くことが多かった。

 今は私は平穏な暮らしを続けている。

 実に平穏だ。

 欲望に振り回されることもなく、「何が神に最も喜ばれることか」を一番に考えて生きている。

 神学部で勉強していてよかった。

 本当、もう裁判はこりごりだ。

 

 

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2015年8月 7日 (金)

見せかけの勉強

 「見せかけの勉強」というものがある。

 例えば、ある難関資格に向けて勉強する人がいるとする。

 しかし、本人はその難関資格を取って、それを活かせる仕事に就くために狙っているわけではない。あるいは、その勉強そのものが好きで勉強しているわけではない。こういう場合、その勉強は「見せかけの勉強」にすぎない。

 「見せかけの勉強」の場合、どうしても結果がほしくなる。結果がすべてといってもいい。

 なぜなら、結果を取るために勉強しているからだ。

 それでも結果が得られればいいが、結果が得られなければ、なかなかつらいものとなる。

 逆に「ホンモノの勉強」というものがある。

 これは本当に本人が心から勉強してみたいという動機があって、勉強するのである。

 だから結果は二の次となる。

 勉強そのものが楽しくなる。

 

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2015年8月 3日 (月)

カントの本をドイツ語で

 慶應大学在学中は、カントに魅了されたものだ。

 卒論の一部はカントだった。

 カントの定言命法には心底惚れ込んだものだった。

 早いもので慶應大学を卒業してかなりの年月が経つ。

 だが、当時の興奮は忘れていない。

 今、カントの『道徳形而上学原論』をドイツ語でかみしめながら読んでいる。

 私にとって至福の時といっていい。

 

 

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