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2015年9月

2015年9月27日 (日)

終活セミナーに参加

 先日、「終活セミナー」に初めて参加した。

 奇しくも、私の母校の先輩でもある川島なお美さんが亡くなったが、私もいい年になったもので、終活を始めてもおかしくない年齢になりつつあることを自認している。

 このようなセミナーに無料で参加できるのはありがたいことだ。

 また、ありがたいことに、お墓の相談も、無料で行っていた。

 営利目的でやっているようなところもあったが、純粋に世のため人のためにやっているところもあった。

 棺桶に入ってみるという体験コーナーもあり、実際、入ってみた。

 こういうセミナーに参加して思ったことは、いつ死んでも悔いが残らないように生きるべきだということだ

 見せかけの目標に向かってセッセと努力を重ねていくと、途中で死んでも死にきれないと思う。

 だが、見せかけではなく、本当の目標に向かって生きていれば、いつ死んでも悔いはないのではないか。

 30代はまだまだ早いが、40代くらいから、終活セミナーに参加してみてもいいと思う。

 50代ならなおさら一度は経験してみるといいと思う。残りの人生が日に日に少なくなっているということも実感できると思うよ。

 

 

 

 

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2015年9月23日 (水)

元殺人者が手記を出すのは倫理的に許されるのか?

 有名な元殺人者が手記を出すと爆発的に売れる。大ベストセラーになる。

 お金が欲しくて欲しくてしかたがない出版社は、遺族が「出すのをやめてほしい」と懇願していても、完全無視をして手記を出す。

 その結果、出版社はぼろもうけ。億単位の金が入ってくる。

 批判はされるが、しらんぷりを決め込んで、金さえ入ってくれば、安全経営ができる。それが狙いだろう。

 元殺人者もガッポリ印税が入る。ウハウハだろう。

 しかし、こんなことが許されるのか。

 元殺人者の手記は読むだけの意義のあるだろうか。

 私は、心理学や大脳生理学、犯罪学などの研究者以外が読んだところで得るものはほぼ無いと思う。特に、単なる興味本位から読む人にとってはそれが言えるだろう。

 今の日本では元殺人者の手記を出すことに関しては法的に規制することはできない。

 しかし、違法行為でなければ、やっていいと言えるものだろうか。

 違法行為でなくても、倫理的にやっていいことと悪いことがあると思う。

 違法行為でならなければ、他人が悲しむことをやってもいいかというと、やってはいけないと考えるのが理性のある人間である。

 逆に「他人が悲しんでも、自分さえ金儲けができればいい」と考えるのは、倫理観の欠如した人間の考え方だといってもいいだろう。

 日本にも、早く「サムの息子法」が制定されるといいと思う。

 ベストセラーを出す編集者はやたらもてはやされるが、そういう基準だけで本を作ると、何かが狂ってくる。そんな気がしている。

 

 

 

 

 

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2015年9月22日 (火)

下流老人にならないために

 「下流老人」という言葉があるらしい。

 生活保護でもらえる金額以下の金額で生活している老人といったところか。

 下流老人になると、生きること自体がかなり大変になるだろう。

 そのために個人でどう対処していくべきか。

 国に頼ろうとするより、個人で対策を立てるほうが賢明だ。

 私は、余裕資金をコツコツと投資に回す、というのが一番良い解決方法だと思う。

 日本円で貯金をしていても、利子はほぼつかない。

 お金がある人は不動産投資もいいが、投資信託なら1万円からでも投資できるとことが多くある。

 毎月分配型の投資信託にかけておけば、毎月分配金を生み出してくれる。

 私は投信歴は10年以上になるが、毎月毎月、分配金を生み出してくれていて、一度たりとて分配金が無かった月はなかった。

 これがセーフティーネットになると思う。

 早ければ早いほどいい。30代から始めるのもいいだろう。

 余裕資金があれば投信に入れる、すると分配金が増える、そしてまた余裕資金ができれば投信に入れる、すると分配金が増える…この連鎖を繰り返した。

 投信に入れておけばよほどのことが無い限り解約はしないので、無駄使い防止にもなる。

 

 

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2015年9月21日 (月)

シルバーウィークにフランス語

 みなさん、シルバーウィークはどのようにお過ごしですか。

 私は、目下、フランス語とドイツ語に没頭しています。

 シルバーウィークだけで4~5冊は読むつもりで、フランス語、ドイツ語の本を買ってきました。

 私の場合、短編小説に挑もうという気もあるので、フランス語やドイツ語で短編小説を読むこと自体、勉強になりますし、また同時にフランス語やドイツ語の勉強にもなり、一石二鳥なので、ますますやる気がでます。

 没頭できるものを持つって、いいですね。

 検定試験としては、仏検準1級、独検準1級までは行きたいと思っています。

 がんばるぞ~。

 

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2015年9月20日 (日)

「サムの息子法」を導入せよ

 元少年Aが書いた『絶歌』がベストセラーになったという。

 きっと数千万円の印税を手にしただろう。

 出版社はその何倍もの利益を手にしただろう。

 しかし、遺族に断りもなく、勝手に出すというのはいかがなものか。

 米国ニューヨーク州には「サムの息子法」というのがあるらしい。有名な殺人犯が手記を出した場合、その儲けは被害者にすべてわたるという法律である。

 日本も「サムの息子法」を導入すべきだろう。

 手記を出すには、やはり遺族の許諾を得るのが一番だが、それによって殺人犯も出版社も経済的利益を得ない、という条件でしか出すべきではないだろう。

 殺人犯も出版社も経済的利益は一切得ないという条件でも、それでもなおかつ出したいというのなら、それでこそ本物だ。

 結局、なんだかんだ言っているが、『絶歌』を出した出版社(出そうとした出版社も含む)は金儲けが目当てだったのだろう。

 そういうのを防ぐためにも「サムの息子法」の制定を望む。

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2015年9月19日 (土)

欲で動き回る出版社社長がまた訴えられている

 私は以前、ある出版社と裁判になったことがある。

 私が訴えたのである。

 最終的には、動かしがたい出版社側の落ち度をつかみ、「もうこれ以上、逃げ切れない」というところまで出版社を追い込んだため、出版社のほうから謝罪をしてきた。解決金も払わせた。

 しかし、すべての責任は社長にあるのにもかかわらず、社長は部下に責任を押し付け、逃げまくっていた。

 業界では名の知れた社長だったが、結局、自分の欲だけで動く小物にしかすぎなかった。

 その社長が、またまた問題を起こし、訴えられている。

 欲だけで動き、都合が悪くなったら、自分の責任だけをうまく回避し、他人にすべて押し付ける。

 「ああ、この人は全然変わっていないんだな」

 と思った。

 いくら莫大な金を儲けようが、いくら業界で有名になろうが、こういう人にはきっと幸せなど訪れないだろう。結局、この人は他人のことなど一切に気にすることなく、自分の欲だけで動く人間なのだ。

 私はむしろその出版社と縁が切れて良かったと思っている。

 

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2015年9月17日 (木)

小説執筆の専門学校

 翻訳に関しては、通信教育を3年受けていたが、学校に通うことなく、翻訳の仕事にありつけた。3年、会社の中で翻訳の仕事をしたのち、大学院留学を経て、出版翻訳家になれた。

 しかし、文章執筆に関しては、私はライター専門の学校に通ったことはない。通わずにして、エッセーの連載をもらったり、著書を次々と出してきた。

 今、考えているのは小説だが、小説専門の学校もあるようだ。

 やはり、他人の目にどう映っているのかというのを確かめながら腕を磨いたほうがいいかもしれない。

 小説専門の学校に通うことも検討してみたい。

 今年までは、ロンドン大学の勉強で忙しかったが、すでにロンドン大学神学部もサーティフィケート課程修了したので、今後は小説の執筆に励むつもりである。

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2015年9月16日 (水)

見せかけの勉強は疲れる

 勉強が好きな人と嫌いな人がいる。

 この差はどこで生まれるか。

 勉強が好きな人というのは、自分が本当に勉強してみたいという動機から勉強している。だから知的好奇心が満たされ、ますます勉強が好きになる。

 一方、「見せかけの勉強」に関しては、それをいくらしたところで勉強が好きになることはないだろう。というより、見せかけの勉強はすればするほど疲れるだけだと思う。

 「見せかけの勉強」とは、「大学に合格するための勉強」「資格に合格するための勉強」「他人から凄いと思ってもらえるための勉強」「本当は興味がないのに無理やりする勉強」「他人に勧められて半分嫌々する勉強」といったところだろうか。

 私の高校3年までの勉強は、「見せかけの勉強」にすぎなかった。勉強そのものは嫌いだった。何のためにやっているかといえば、点を取るためだけだった。だから受験する3科目に絞って以来、その3科目だけしかしなかったし、大学合格後は一切、勉強しなくなった。

 若いときは、「この資格を取ったら、昇進するときに役立つかもしれない」とか、「この資格を取っておけば、将来、何かのときに役立つかもしれない」とか、そういう「見せかけの勉強」もいいかもしれない。

 しかし、年齢を重ね、ある程度の年齢になったら、残りの人生のほうが短いのだから、もう「見せかけの勉強」はほどほどにしておいて、自分の好きな勉強に打ち込んだほうがいいのではないかと思う。

 今の私はフランス語とドイツ語を中心に勉強しているが、これは「見せかけの勉強」ではない。外国語の本が自由自在に読めるというのは、英語を学んでもっとも良かったと思っていることだ。英語とフランス語、ドイツ語は似た言語なので、少しがんばればフランス語もドイツ語も読めるようになる。そして読めるようになれば、世界も広がる。楽しみが増える。

 

 

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2015年9月15日 (火)

東京と学問

 青山学院大学は第二志望の大学だったが、第一志望の大学に落ちたために、急きょ、東京に出ることになった。

 そのときは思っていなかったが、今から振り返ってみれば、学問をする上で東京に出てきたことは良かったと思っている。

 私は、40歳を過ぎてから、慶應大学、金沢工業大学、上智大学、日本大学と出たわけだが、すべて私の自宅から自転車で行ける範囲にあるのである。もちろん電車で行けばすぐ着く距離だ。

 さらにロンドン大学の遠隔教育も受けていたが、その受験会場が飯田橋であり、私の自宅から電車で一本。電車で15分だ。

 いかに東京が学問をする上で好都合かが分かる。

 今、私はドイツ語やフランス語を勉強しているが、これまた自転車で行ける距離に八重洲ブックセンターがあり、ドイツの出版社が出しているドイツ語の本やフランスの出版社が出しているフランス語の本がたくさん置いてある。

 これはありがたい。

 今の時代、ドイツの出版社やフランスの出版社から出ている本ならネットでも買えるが、やはり実際に手にとってみてから買うか買わないかが決められるのはありがたいことだ。

 英語の書物を扱っている書店は非常に少ないのでドイツ語やフランス語の本が置いてある書店は全国的に見てもほとんどないであろう。そんな中、ドイツ語やフランス語の本がたくさん置いてある八重洲ブックセンターが自転車で行けるところにあるのは、ありがたい。

 東京に住んでいて良かったなぁと思う今日、この頃である。

 

 

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2015年9月10日 (木)

フランス語、ドイツ語が上達してきた

 外国語の勉強は、ほかの資格試験の勉強と違って、楽しみながらできるという点が大きく異なると思う。

 ほかの資格試験の勉強は、もっぱら合格することが目標となる。

 その点、外国語の場合は、レベルが低ければ低いなりに、学習者用にリライトした易しめの本もあるし、そういう本だと楽しみながら外国語の力が伸ばせる。

 英語をマスターした人にぜひお勧めしたいのは、似通った言語(ドイツ語やフランス語)の習得である。

 なぜなら、ドイツ語やフランス語は、英語と似通っているため、マスターしやすいからだ。

 私はフランス語は完全に独学に近い形で勉強しているし、参考書代以外はほとんどお金を使っていないが、易しめの本なら読めるようになった。まだフランス映画のDVDは難しいが、いずれはそれも字幕なしで見られるようになれればいいなと思っている。

 

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2015年9月 3日 (木)

出版不況

 出版不況の波が止まらないという。

 出版社の売り上げが最高だったのが、私がデビューしたころの、平成8年。

 その当時の売り上げが、2兆6563億円だったらしい。

 今や、それが1兆6823億円まで下がったという。

 最盛期の6割だ。

 相当深刻な状況である。

 私も、印税カット、原稿料カット、急な出版中止と、さまざまな目にあったことがある。

 というのも、一番しわ寄せが来るのが文筆家であるから。

 おそらく、出版不況はこれからも続くだろう。

 あと10年後はどうなっていることだろうか。

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仏検申込

 私が外国語の勉強が好きなのは、ほかの勉強とちがって、それぞれのレベルに合わせて楽しみながら勉強できることだ。

 そして、その結果、海外の文化に触れることもできるので、一石二鳥だと思うのだ。

 日本に住み、日本語だけで生活し、それが「すべて」だと思ったら大間違いだ。

 世界を見渡してみれば、70億近くの人がいる。

 その中の日本人は1億強だろう。

 そんなわずかなわずかな文化の中で生きて、それが「すべて」だ、「あたりまえ」だと思っていたら、大間違いで、世の中には多様な価値観もあれば文化もある。

 それを垣間見るのに有効なのが外国語を学ぶことではないかと思っている。

 前置きは長くなったが、フランス語は完全な独学で勉強しているが、だんだんと力がついてきているのが分かる。

 11月の仏検は申し込んだ。

 目指せ、「英検1級、仏検準1級、独検準1級」、

 

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2015年9月 2日 (水)

投信に投資し、心安らかに勉学に励む

 私が不動産投資ではなく投資信託を好むのは、不動産投資は空室リスクや家賃滞納のリスクがあるからだ。

 家賃滞納などはけっこう精神的なエネルギーを消耗するものだ。

 空室にでもなれば、さらに精神的エネルギーを消耗するに違いない。

 そればかり気になって、ほかのことに集中できなくなる。

 その点、投資信託は、放置しておけばいい。

 というより、放置すれば放置するほどいいのだ。

 つい先日まで、評価額をチェックしていたが、もうチェックするのを完全にやめた。

 投資信託の評価額は上がったり下がったりを繰り返す。

 繰り返しながら、少しずつではあるが上がるというのが一般的な傾向である。

 実際、私は10年以上、投資信託をやっているが、まあ、ほとんどの投資信託は少しずつあがっているものだ。

 だから、基本、放置しておいて、毎月毎月、分配金をもらっておけばいい。

 だから私は投資信託にしているのであるから、その評価額を見て一喜一憂しているのは本末転倒というものだ。

 そういうことでここ数日、もう一切、評価額をチェックするのをやめた。

 実に安らかである。

 創作や勉学にいそしめる。

 11月には仏検にも挑戦する。

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