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2016年8月

2016年8月30日 (火)

運転免許更新

 私はペーパードライバーなので減点も違反もない。ただ、運転しないのに更新が必要なのか。

 個人営業主である私は公的に身分を証明するものとして免許証を使っているため、更新せざるを得ない。
 ペーパードライバーだけだって「優良」なのだが、心配は視力。
 パソコンを凝視する日が続くので、相当目も悪くなっているだろう。
 前回もぎりぎりパスだったように記憶しているが、それから5年たった。
 視力検査に落ちることをある程度覚悟していったのだが、今回もぎりぎりセーフだったようだ。
 左目1回、右目1回、両目1回で終わる模様だったが、両目の1回目が分からず、
「・・・・・・・・・・・・」
 と沈黙していると、別の記号に移ってくれた。不思議なものでその記号は瞬時にどれかわかった。
 ということで、両目は1回目はあてられなかったが、2回目が正解だったので、パスした。
 まあ、自動車を運転することがないし、私が自動車のドライバーとして加害者になることはないだろう。
 
 無事に免許更新ができた。ほっとしたところだ。

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2016年8月28日 (日)

ホリエモンの英語論を考える

ホリエモンこと堀江貴文氏にこういう質問が投げかけれた。
堀江さんは『英会話』の重要性についてどうお考えでしょうか?様々な分野でグローバル化が叫ばれる中、英語力が問われる時代がすぐそこまで来ている感がバリバリあります。ただ、ほぼゼロから英会話を身につけるのに割かなければならない時間は膨大です。その時間があまりにももったいなく感じます。その時間を感性を磨く時間にあてた方が良いのではないか?という考えもあり、英会話学習をスタートさせるか否かで迷っている次第です。と、いうことでここは堀江さんのお考えを参考にさせてもらおうと思った次第です。ご回答よろしくお願い致します」
これに対し、ホリエモンは「まあ、私はわざわざ学ぼうとは思いませんね。必要に迫られたら否がおうでもやらざるをえなくりますからね」
質問者はホリエモン個人が英会話を学ぼうと思っているか否かを尋ねているのではなく、『英会話』の重要性についてどう考えているかを聞いているのである。
であるから、『英会話』は重要かいなかという論点でこたえなければ、質問に答えたことにはならない。
つまりホリエモンの答えは、「自分が英会話をやろうと思っているか否か」という論点にすり替わってしまっているのだ。
動画の最後のほうになってから「必要にせまられたらできるようなるから大丈夫。あんまり気にしないでください」というアドバイスが出てきているが、結局、「英会話は重要か否か」という論点に対する答えとしては不明瞭のままだったと言わざるをえない。
では、私なら『英会話の重要性』についてどうこたえるか。
質問者が「英会話に身につけるのに割かなければならない時間が膨大であり、それをもったいない」と感じているのであれば、その人にとっては英会話はそれほど重要なことではないと推測できるので、もしそうなら英会話よりも重要だと思うことをやればいい。
これは英会話だけでなく、他の多くのことも同じであるが、そこに重要性を見出す人にとっては重要なのであり、重要性を見出さない人にとっては重要ではないのだ。
最初から重要か否かが決まっているというわけではない。
であるから、他人に重要か否かを聞くよりも、自分にとって重要か否かを自分で判断するとより適切な判断ができると思う。
ちなみに、私個人の意見を言えば、私は過去に英会話学校に通っていた時期があったが、今は外国語の会話力を身につけることにはあまり熱心ではない。というのも、私にとっては外国人と話す機会など皆無に近いからだ。そういう意味では今の私にとっては英会話はそれほど重要ではない。
しかし、外国語を読む機会、(動画や映画などで)聞く機会はいくらでも持てるし、それによって視野が広まれば、思想も深まるものと信じている。だから、読解能力、聴解能力のスキルアップに関しては重要性を感じているし、真剣に取り組んでいる。

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2016年8月27日 (土)

ホリエモンの大学不要論を考える

ホリエモンは大学不要論を説いている。これについて吟味してみよう。
ある質問者が、「なぜ日本の大学は諸外国と比べて、行く必要がないのでしょうか」と問いかけている。
それに対してホリエモンは「いや、別に外国の大学も行かなくてもいいんじゃないかな」と答えている。
私が疑問に思うのは、そういうホリエモンは、大学を卒業したことがあるのか? ということである。
公表されている学歴が正しければ、彼は大学を中退しているはずである。つまり、大学を卒業した経験がないのである。
おそらく海外の大学で学んだ経験もないはずである。
その彼が、何を根拠に「外国の大学も行かなくてもいい」という意見を述べているだろうか。
もちろん、それが彼の意見なのだから、意見として述べるのは結構である。
しかし、それはあくまで彼の意見にしかすぎない。
さて、では、大学に行く必要があるかないかを考えてみよう。
例えば、医者になりたい人がいる。医学を学ぶのに医学部で学ぶのと、大学に通わずに独学で医学を学ぶのとどちらが望ましいだろうか。
法律家になりたい人がいる。法学を学ぶのに法学部で学ぶのと、大学に通わずに独学で法学を学ぶのとどちらが望ましいだろうか。
必要最低限の生活をすればいいと思っている人なら、大学に通う必要はないだろう。大学に通わなくても、最低限生きてはいける。中卒でも立派な人はたくさんいるだろう。
だが、高度な専門知識を得たいと思っている人にとっては、大学でしか学べないような学問分野の高度な専門知識を身につけることは簡単なことではないのではなかろうか。
そのような学問分野を目指している人に対しても、「大学は行く意味がない」などと言っていいものだろうか。はなはだ疑問である。

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2016年8月26日 (金)

ホリエモンの大学不要論

 ホリエモンこと堀江貴文氏は「大学は要らない」と主張している。

 その根拠の一つとして挙げているのは、「大学教授は自分が出している本をただ読んでいるだけだから行く意味が全くない」である。

 かくいう堀江氏は大学を卒業しているわけではない。おそらく卒論すら書いていないだろう。そんな彼が「行く意味が全くない」と断じて良いのだろうか。

 もちろん、「大学に行く意味がない」と思う人がいれば、私はその人に反論しようとは思わない。 「大学に行く意味がない」と思う人は、行かなければいいだけの話である。

 ただ、その人が「大学に行く意味がない」と思うことと、他の人にとって「大学に行く意味があるかないか」は全く別のものであるということは言っておきたい。
 

 「大学に行って大いに意味があった」という人も大勢いるだろう。そういう人にとっては「大学に行く意味があった」のであり、「大学に行く意味」を全否定するのはいかがなものかと思う。

 では、大学は行く意味があるのかないのか。

 私の結論を言おう。

 大学に行く意味があると感じている人にとっては行く意味があり、大学に行く意味がないと感じている人にとっては意味はない、ということになる。

 意味というものは、最初からあるかないかが決まっているものではなく、あくまで本人が意味を感じるか感じないかによって決まるものなのである。

 例えば、登山に意味を感じる人にとっては登山は意味があるものだが、登山に意味を感じない人にとっては登山は意味がないのと同じである。

 登山そのものに意味があるかないかは最初から決まっているのではなく、登山に意味を見出すか見出さないかによって決まってくるのである。
 
 そういう意味で「大学に行く意味が全くない」と主張している堀江氏は「大学に行く意味を感じなかった人」なのだろう。かくいう堀江氏にとっては「大学は行く意味が全くない」のだろうが、だからといって万人にとっても「大学は行く意味がない」ということにはならない。

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2016年8月25日 (木)

しつこい勧誘電話

 私は、ある証券会社に投資をしているのだが、数か月に1度、必ずその証券会社(を名乗る人)から電話がある。

 電話の内容は、新たな投資をしないか、と決まっている。

 毎回、「これ以上、電話をかけてこないでください」とお願いしているのだが、それでも懲りずにまたかけてくる。

 ネットで調べてみると、案の定、同じ証券会社からの勧誘電話にうんざりしている人がわんさかいた。

 彼らの噂では、勧誘電話をかけてくるのはノルマがあるかららしい。

 新たに投資をさせて成績を上げようというのは分からないでもない。
 

 しかし、毎回毎回断っているのに、しつこくかけてこられるとこちらも気分が悪い。

 そういったところの社長に聞いてみたいのだが、一体何のために働いているのか?

 金を儲けるためか?

 それとも社会に貢献すること、皆様に喜んでもらうためか?

 金儲けのことばかりに執着すると、社会に貢献する、皆様に喜んでもらうという仕事の一番大切な側面を見失いやすくなるのではないか?

 私は、今日、その証券会社に、電話をかけてくるのをやめてもらうことは可能ですかと問い合わせのメールを送っておいた。どんな返事が返ってくるか楽しみだ。

 
 

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2016年8月24日 (水)

倫理学を学べば…

 高畑裕太容疑者が強姦致傷の容疑で逮捕された。本人も容疑を認めているという。強姦致傷の場合は、最低でも5年の刑期になるので執行猶予はつかない可能性が極めて高いという。

 テレビに出ようにも出られない俳優の卵はごまんといるというのに、22歳で売れっ子になり、さあこれからという時期に、俳優人生を終焉するような事件を起こしたのは遺憾という他ないだろう。

 それにしても秀でた才能を持っている有名人がよく事件を起こすものである。

 覚せい剤だの不倫だの窃盗だの詐欺だの…。

 こうした有名人の事件からもわかることだが、人間、ある分野で飛びぬけた才能があっただけでは必ずしも幸せになれるとは限らないのである。

 才能を開花させ、その才能を世のため人ために役立てるということは重要であるが、より良い人生を歩むには、人間として理性のある行動をするように心掛けなければならない。

 それには倫理学、哲学、神学などの学問が良いと私は思うのだが、残念ながら、学校を卒業した人で、こういった学問をコツコツとやっている人はそれほど多くないだろう。なにしろ、こうした学問は金儲けにならない。

 倫理学、哲学、神学などの学問をやっていると、「なんでそんな金にならないことをやっているの?」と変な目で見られる。

 しかし、こういった学問は、人間として何が大切なのかということについて教えてくれる。だから、大きな落とし穴にはまってしまう、ということも少なくなるのではないかと思う。

 少なくとも私はこういった学問をやったせいか、金儲けや、ギャンブルや、有名になることや、快楽に、あまり興味をもたなくなった。

 もちろん学問をやったからといって、それだけで人間として立派になるという保証はない。しかし、上記の学問は、どう生きることがより良い人間になることか、といったテーマを扱うので、必然的に自分の人生を見つめるようになる。

 とても重要な学問分野だと思う。

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2016年8月22日 (月)

外国語を学べば人生が良くなる!

 外国語を学んだから一体どんな良いことがあるのか? 

 外国語が苦手な人に限って、「外国語なんて学んでも意味がない」という。
 
 しかし、本当に意味がないことなのか?
 実は、外国語を学ぶと、とんでもなく素晴らしいことがあるのです
 その秘密を教えてくれる動画をご紹介します。

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2016年8月21日 (日)

外国語を早くマスターする方法

外国語を早くマスターする秘訣について興味深い動画がありましたのでご紹介します。英語で解説していますので、英語学習にもなります。

すべてがすべて賛成できたというわけでもありませんが、大いに参考になった箇所もありました。

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2016年8月18日 (木)

知は力なり

 「知は力なり」というのは、フランシス・ベーコンの言葉らしい。

 ところが、世の中には様々な考え方をする人間が存在する。

 「知は力なり」とは思わないという人たちもいる。

 「知識がいくらあっても役立たせなければ、何の意味もない」と主張する人もいる。

 しかし私は、知識というものは、実際に役立つことがなくても、知ること自体、力につながることがあると考えている。

   例えば、なんでもいいのだが、一つの例として「民事訴訟法」の知識を挙げてみよう。

 法学部の学生なら卒業要件単位の中に含まれているから「民事訴訟法」を学ぶことは、卒業するために役立つだろう。

 しかし、法学部の学生でもないかぎり、一般の人が「民事訴訟法」を勉強して役に立つことがあるだろうか? 

 もちろん役立つこともあろうが、訴訟でもしない限り、日々の生活で役に立つことはほとんどないといっていいだろう。

 しかし、それなら「民事訴訟法」を勉強するだけ無駄なのか? 意味のないことなのか? 

  私はそんなことはない、勉強しておけば勉強しただけのことはあると思うのだ。

 たとえ、その人が一生涯、訴訟とは無縁の人生を歩むにせよ、「民事訴訟法」の知識を得ていれば、潜在的な力として役立っていると思うのだ。

 仮に訴訟に発展しなくても、トラブルが生じたときに、訴訟を起こせばどういう結末になりそうかということを予想しやすくなるだろう。それはそれで一つの力といっていいだろう。

 わかりやすい例をあげてみよう。

 上記の例で挙げたような「潜在的な力」とは、分かりやすい例でいえば、地震対策グッズが持つ潜在的な力ともいえる。

 地震が来なければ地震対策グッズは役に立つことはない。もし地震が一生涯来なければ、一生涯役に立たないかもしれない。それが地震対策グッズというものだ。

 しかし、では、地震対策グッズを設置することには意味はないのかと問われれば、けっしてそんなことはないことはだれでもわかるだろう。

 たとえ地震が一生涯来なくても、そして一生涯役に立つことがなくても、わたしたちに大きな安心感というものを与えてくれている。それこそれが「潜在的な力」である。

 知識というものも、そういう側面があると思う。

 

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2016年8月17日 (水)

1日1万歩を半年続けた結果

 1日1万歩を半年近く続けている。

 例外的に大雨が降った日は8000歩しか歩けなかったが、その日以外は1万歩をノルマにしている。
 その結果、67キロ近くあった体重が57キロになった。
 食べるものはきちんと食べている。
 毎日1万歩をノルマにしたので、それだけ消費カロリーが大きくなったせいで、やせたのであろう。
 私の身長から言えば、57キロで理想体重といえる。
 それほど痩せている風には見えないので、57キロで十分だろう。
 1万歩の生活は今後も続けていこうと思う。
 距離にすれば7キロ近くあるので、毎日続けるのはけっこう大変だが。

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2016年8月16日 (火)

9月にHSK2級受験予定

 中国語を初めて1か月半になる。

 早速だが、9月にHSKの2級を受験する。
 HSKは1級から6級まで6つのレベルがあるが、6級が一番難しく、1級が一番やさしい。
 1級は日本人にとっては易しすぎるくらい易しいので、いきなり2級に挑戦する。
 だが、2級でも筆記試験のほうはかなり易しい。
 問題はリスニングだが、マークシート方式なので、でたらめに答えても半分は取れるだろう。
 まずは腕試しに2級にチャレンジするが、本当に腰を据えて勉強しなければならなくなるのは3級からだと思う。
 このHSKは一番難しい6級も口頭試験はないので(口頭試験は別にある)、6級まで上り詰めたいと思っている。

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2016年8月 9日 (火)

歩きスマホは危ない!

 最近、どうしてもイライラしてしまうのが、歩きスマホである。

 私はスマホはもっていないし、今後もおそらく持たないだろう。月の基本料金が大幅に下がれば考えるかもしれないが。
 私がスマホをもっていないからかもしれないが、歩きスマホをしている人を見ると、「歩きながらいったい何を見る必要があるのか、そんなに重要なことがあるのか?」と思ってしまう。
 すれ違う私から見れば、とても危ない。
 しかし、まだ歩きスマホはマシなほうである。
 私が許せないのは、自転車スマホである。
 自転車に乗りながら、かなりのスピードを出しているのに、前方を見ずに、スマホを見ながら運転しているのである。
 本人は大丈夫だと思っているのだろうが、危険極まりない。
 自転車であっても、事故を起こした際の賠償額は自動車のそれと変わらないと聞いたことがある。
 
 重度障害を負わせてしまったら、数千万円の賠償金を払わなければならないということもありゆる。
 歩きスマホ禁止令、自転車スマホ禁止令でも作ってもらいたいところである。

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2016年8月 4日 (木)

英語の早期教育の是非

 先日、新聞を読んでいたら、2020年から、小学校5年生からの英語教育を正規の科目として認定するといったことが書かれてあった。

 現在でも課外授業扱いで英語教育が小学校で行われているが、2020年から正規の科目にしたいとのこと。
 となると、中学受験の科目にも英語が課せられるということか。
 みなさんは、この早期教育に賛成だろうか、反対だろうか。
 
 私は外国語の早期教育には賛成である。
 ただし、英語以外の外国語も選択できるようにするのが理想だと考える。もっとも、今の日本ではそれは難しいだろうか。
 リンク先に、関連記事があるので、興味のある人は飛んでいってみてください。

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2016年8月 2日 (火)

1日1万歩

 1日1万歩をノルマにした。

 もう4か月以上になる。
 大雨の日以外は1万歩以上、必ず歩くとした。
 今まで歩かなかったのは1日のみ。雨が降ったからである。その日でも8000歩は歩いた。
 1万歩となると、1時間半くらいは歩くことになる。
 夕方までに3000歩くらいしか歩いていないと、残りの7000歩は相当きつくなる。
 1日1万歩をノルマにしてから、67キロ近くあった体重も57キロに減った。
 食事は減らしていないが、やはり消費カロリーが多いからであろう。
 57キロだと、私の身長からすれば理想的である。
 これからも1日1万歩をノルマにして頑張ろうと思う。

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