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2016年10月

2016年10月28日 (金)

なめ腐ったことをする人たちをギャフンと言わせよう

残念なことだが、この世には理屈が通る人間ばかりではなく、理屈が通らない人たちもいれば、好き勝手なことを好き勝手やって弱者を完全になめ腐る人たちもいる。

2チャンネルの創設者のひろゆきは民事訴訟で負けて多額の賠償責任を負っているが、放っておいても死刑になるわけではないとうそぶいて完全無視を決め込んでいる。他人を、そして裁判という制度を、完全になめ腐っている証拠である。判決で決まった賠償金を踏み倒すというのは人でなしがやることと言って過言ではない。

知恵がないと、こういった理屈が通らない人たちにまんまとやられてしまいかねない。しかも、やられたままになっていると彼らは図にのってますます他人をなめ腐り続けるに違いない。というのも彼らは自ら反省するということがないからだ。

これは両者にとってよくないばかりか、社会全体にとってもよくないことだ。こういう他人をなめ腐る人たちはギャフンと言わせてやるのが一番だ。それは一種の世直しといってもよい

そのためにはある程度の知恵と知識が必要だ。まさに知は力なりなのだ。

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2016年10月25日 (火)

ユーチューバーも立派な仕事

 ユーチューバーとはユーチューブに自分で撮った動画をアップし、広告収入を得る人たちのことである。
 ユーチューバーを仕事と認めるか否かというアンケートがあったらしい。
 ユーチューバーを仕事だと認めるという人は3割程度しかおらず、残りの人たちは「もっとまともな仕事をしたほうがいい」とか「ニートみたいだ」といった否定的な意見を述べていた。
 私はユーチューバーとして食べていけるのであれば、それはそれで立派な仕事だと思うし、他人からとやかく言われる筋合いはないと思う。もっとも安定した仕事とは思わないが
 考えてみれば、作家にしても漫画家にしても好きなことをして食べていっているという点ではユーチューバーと同じである。
 ただし作家や漫画家は出版社とのつきあいがあるので、すべてがすべて好き勝手にできるわけではない。締め切りは守らなければならないし、編集者から指摘があればそれを無視するわけにいかない。しかも作家や漫画家は出版社に依存している。言い換えれば、出版社が倒産したらそれで終わりだ。
 その点、ユーチューバーは完全に独立しているし、なにもかも自由だいつアップするかも自由。違法なアップロードをしないように気をつけてさえいれば、なにをどうアップしようが文句は言われない。それでいてだれにも依存していない(厳密にいえば広告費を払ってくれる会社にある意味依存しているとはいえるかもしれないが、それでも依存度はかなり低い)。
 
 ユーチューバーを仕事と認めない人というのは、仕事というのはお金儲けのために、本当はそれほどしたくないこと、あるいは、いやなことをしなければならないという固定観念に縛られてはいないか。というより、そういう人生を歩んできたから、そうとしか思えないのではないか。
 もちろん、嫌々やる仕事であっても、社会に役立つ仕事ならば社会には有益であるし、そういう仕事をする人は社会に必要である。実際、ほとんどの人はお金儲けのためにそれほど好きな仕事でなくてもやっている。
 しかし、どのような仕事を選ぶかは本人の自由だ。嫌な仕事をしなければならないという法律などないし、嫌な仕事をすることが偉いことではない。好きなことだけをして食べていきたいと思っている人は好きなことを極めたらいいと思う。それができるのであれば。
 もっとも、私自身も作家・翻訳家としての経験があるが、好きなことだけをやって食べていくというほうが難しい。というのも恐ろしく競争が激しいからだ。ましてや完全に独立しているユーチューバーともなるとさらに稼ぐのは難しいと思う。これで本当にずっと食べていけるのであれば、私は正直羨ましい。

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2016年10月24日 (月)

株のプロになろうとするな

たまに、株で大儲けしたという人がテレビに登場する。
ジェイコム株の誤発注事件では、「61万円1株売り」とすべき注文を担当者が誤って「1円61万株売り」と入力してしまったがために、みずほ証券は莫大な損失を被ることとなった。
その誤発注で巨額の利益を得た個人トレーダーが何人かいる。彼らは、テレビで何億儲けたという話をしていた。
そんなお金を手にしてみたいなと思う反面、それで人生、幸せになれるのかなとも思ってしまう。
私には、むしろ不幸になる可能性が高いような気がするのだ。
私は言いたい。株で儲けてやろうと思っている人は、株など止めておきなさいと。そんなことをしても、幸せにはなれないよ。
どうしてそう思うかお話ししよう。
株で儲けてやろうという人は、楽をして金を稼ぎたいと思っているからだろう。
そんな魂胆で株をやっていても、はずれるのがオチだし、仮に運よく大儲けしたとて、人間として成長したということにはならないわけだ。よって、どちらにしても幸せにはなれない。だから、そんなものに手を出すなと言いたいのだ。
人間が幸せになれるか否かは、善い人間になれるか否かにかかっている。
同じ株をやるのでも、株で儲けてやろうという利己的な動機だけではなく、自分が投資するお金で投資する企業が発展してほしいという利他的な動機が何割かでも含まれていれば話は別だ。そういう人であれば、株をやる資格はある。
だが、そのような利他的な動機がなく、ただ単に利己的な動機で株で儲けてやろうと思うのなら、株などやるな。
私は思うのだが、本当に善い人間であれば、誤発注で儲けたと分かった時点で、その利益を企業に返還すると思う。もしも私が誤発注で何億も手にしたら、嬉しく思うどころか、そのまま手元にもっておくことに罪悪感すら抱くと思う。そして、すぐに企業に返還するのではないかと思う。誤発注で手に入れた大金で贅沢ができたとしても、嬉しいとは思えないからだ。
だけど、おそらく、誤発注で巨額の富を得た個人トレーダーの多くは、その利益を企業に返還などしていないのではないか。
ここで「株の神様」と称された邱永漢氏の言葉をご紹介しよう。
「株はそれだけでメシの食える職業にはならないと私は思っています。株をやって億万長者になった人を株多く見てきましたし、現に私の周囲にもそういう人がおります。でも長続きするものとは見ていません。人生のある時期にそういう幸運にめぐりあわせた人でも、しばらくするとその人の才能も理論も神通力も時代と歯車がうまく噛み合わない時がきます。(中略)。株のプロにならないように、いつも初心でおられるようにと人にもすすめておりますが、自分に対しても同じように戒めています。株式投資にプロなんていないし、プロになることを志すべきでもないんです」(『損をして覚える株式投資 (PHP新書)』)
「株をやる人はふえる一方ですが、実際に株をやって財産をふやす人よりも損をする人の方がずっと多いのです」(同上)
私が言っているのではない。「株の神様」である邱永漢氏が言っているのだ。株のプロになろうと思ってはいけない。もし株をやるのなら、儲けてやろうという魂胆ではなく、出資する企業を応援しようという気持ちでやるべきだ。

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2016年10月23日 (日)

いったい何のために勉強するのか

東大だの慶應だの早稲田などの有名大学の学生の不祥事がよくマスコミで報道される。中には退学処分になっている人もいる。

一流大学に入っているのだから、おとなしくまじめに勉強していれば、明かるい未来は開けてくるというのに、なにをもったいないことをやっているのかと思う。

本当にもったいない。

彼らは、他人が真似できないほど理性を磨いたはずではなかったのか?

しかし、犯罪を犯してしまうというのは、理性が充分に磨かれていなかった証拠といえよう。

ところで私は本人訴訟をした経験がある。当時の私はまだ法学部を出ていなかったので、法律に関してはは素人に近かった。

相手側の弁護士は2人で、1人は東大法学部卒、もう1人は旧帝大法学部卒だった。東大法学部も旧帝大法学部も、超がつく難関であることは言うまでもないことだ。

しかし、彼らは自分たちに都合のよいように嘘八百を並べ立てた。私は、相手が嘘さえつかなければ、相手にそれほど負担がかからない方法で和解してもよいと考えていたのだが、次から次へと嘘を並べるものだから、いつまで経っても和解の話が始まらなかった。1年半後、相手方の弁護士はとうとう嘘が貫き通せないことを悟ったためか、私に泣きついてきたのだった。

犯罪を犯す一流大学の学生だけでなく、これらの弁護士にも聞いてみたいのだが、いったい何のために勉強してきたのか。

本来、勉強というものは、理性を磨くためにあるはずだろう。平たくいえば、より善い人間になるためだろう。

なのに、犯罪を犯すだの、裁判で嘘八百を並べるだのというのは、理性的だといえるだろうか。

彼らは、世間的に見れば、一流かもしれないが、真の意味では理性は磨かれていないといわざるを得ない。スエーデンボルグ風に言えば、彼らは真理を肉体レベルでしか愛していないのである。

しかし、勉強の本来の意義は、真理を霊的レベルで愛することなのである。平たくいえば、より善い人間になるためである。

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2016年10月22日 (土)

久しぶりに歴史能力検定

 以前、歴史能力検定の5級と4級を受けて合格した。
 今年、久しぶりに受けてみようと思う。
 今年は準3級。
 レベルとしては、4級がたしか中学卒業レベルなので、準3級はそれよりも少しレベルが高い。
 私の唯一の苦手科目だったが、学校を卒業して以来、放置したままだといつまでたっても苦手意識が消えてなくならない。
 そういう意味でも、こういう試験が存在しているのはありがたいことだ。
 あと、来年は、数学検定2級に挑戦できればと思っている。

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2016年10月21日 (金)

自己実現こそが人生最高の幸福

人間が究極的に求めているものは幸福だと言えよう。
では、幸福はどうすれば手に入るのか。
多くの人は、金、地位、名誉が手に入れば幸福になれると信じているかのようだが、私はそうは思わない。
私は、人間にとっての最高の幸福は自己実現だと考えている。
では、自己実現とは何か。
マズローは自己実現を次のように定義した。
「自己実現とは、才能・能力・可能性の使用と開発である。そのような人々は、自分の資質を十分に発揮し、なしうる最大限のことをしているように思われる」
わかりやすい例で考えてみよう。
野球をやらせれば世界一になれる能力をもっている人がいるとする。彼にとっての最高の幸福とは、その才能を開花させることだといえよう。仮に、相続で莫大な遺産を手にしたとか、宝くじで一生遊んで暮らせるお金を手にしたとしても、野球をせずに暮らして幸福になれるかといえば、けっして幸福にはなれないだろう。
この例でもわかるとおり、人間、自分のもてる才能を最大限開花させることができれば、それに勝る幸福などないように思える。
では、自己実現している人にはどのような特徴があるだろうか。『マズローの心理学』から引用してみよう。
・人生を明瞭に見る能力、人生を自分が望むようなものとしてではなく、あるがままの姿で見ることのできる能力を持っている
・卓越した認識能力の故に決断力に富み、善悪を見分けるより明瞭な観念を持っている
・一種の謙遜を持っている。
・重要とみなす何らかの仕事・職業・義務あるいは職業に、例外なく専念している。
・自己矛盾の程度が低い。
・自己の可能性と能力を完全に発達させ実現したいという欲求によって、一次的に動機づけれれている。
 マズローの調査によれば、自己実現している人は全人口の1パーセントていどしかいなかっと言われている。

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2016年10月18日 (火)

一般社会人への英語学習のアドバイス

『日本人はなぜ英語に弱いのか』は、英語の専門家である渡部昇一氏、松本道弘氏、上田明子氏の対談をまとめた本である。

同書の中で、渡部氏は、これから英語力をつけたいという中年の社会人へのアドバイスとしてこのように述べている(対談なので話したことがそのまま文章に起こされている。

「いい英作文の教科書で、それには昔の受験参考書がいいでしょう、それで、自分で作文をやること。それから、できるならばボキャブラリー・ビルディングの本を読むことですね。欲を言いますよ。それから、『タイム』でも何でもいいから、自分の興味のあるところだけ一つ読むこと。(中略)そして、そのときに知らない単語があったら、絶対に単語帳をつくること。そしてあと、日曜か何か暇があるならば、CNNか何かのヘッドラインニュースをわかるわからないにかかわらず耳で流す」

 渡部氏自身、対談の中で「大部分の日本人にとって英語はあまり必要ない」と述べているが、それを認識した上でこのような発言をしているのである。そしてこの渡部氏のアドバイスに、上田氏は「大いに賛成です」と同意している。

この発言について考えるところを述べてみたい。

前提条件として、配偶者が外国人だとか、将来、海外に行く予定があるという社会人ではなく、ごく一般の日本人へのアドバイスだとしよう。

私は、仕事で英語を使っている(あるいは使う可能性がある)人でなければ、発信能力(スピーキング力・ライティング力)を高めることは、モチベーションを維持するのは困難だと思う。

渡部氏は昔の受験参考書を出してきて英作文の練習を勧めているが、ごく一般の日本人で、それが続けられる人が何パーセントいることだろうか。ほぼゼロに近いと思う。

では受信能力(リーディング力・リスニング力)についてはどうか。渡部氏は「『タイム』でも何でもいいから、自分の興味のあるところだけ一つ読むこと。そして、そのときに知らない単語があったら、絶対に単語帳をつくること」と述べている。

自分の興味のあるところを読むというのは私も賛成である。私は過去に『タイム』も『ニューズウィーク』も購読していたが、よく「積ん読」に陥っていたので雑誌よりも書籍を勧めたいが、これはとやかく言うこともないだろう。要は、自分の興味のあるものを読み続けるのがベストだ

そして渡部氏は「絶対に単語帳を作れ」という。私自身は単語帳を作ったことはないが、単語カードは常に作ってきた。細切れの時間で単語力がぐんぐん伸ばせるので、単語帳もしくは単語カードの作成は賛成である。ただし、単語帳や単語カードを作るのが面倒な人は無理に作る必要もないと思う。人間、いやなことは続かないからだ。

最後に渡部氏はリスニングについて「CNNか何かのヘッドラインニュースをわかるわからないにかかわらず耳で流す」ことを勧めている。これはやりたい人はやってもいいと思うが、もっといい方法があるように思う。それは朗読してある書籍を利用することだ。これだと聞き流すこともできるが、聞き取れなかった箇所を書籍で確認することができるからである。

総括していえば、一番重要なことは、英語を楽しく学べるよう工夫することである。少なくとも苦痛にならないよう留意することである。それが長続きさせるための最良の方法だと信じている。

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2016年10月17日 (月)

中国留学フェア参加

中国留学フェアがあったので、参加してみました。

 

今はスペイン語に専念しているので、フェアに参加するか否か迷っていましたが、会場がそれほど遠い場所でもなかったし、気分転換に五反田を訪れてもいいかと思い、参加してみました。

 

たくさんの大学が参加していました。

 

私は短期の語学留学を考えているので、別にどこの大学でもいいのですが、どうせなら北京語を話す地区がいいと思っています。

 

通訳の女性がある大学を勧めてくれました。

 

私の実力はHSK2級だと言いましたが、それでも留学は可能とのこと。

 

マンツーマンでも受講できるらしいので、行くのならマンツーマンがいいかなと思っています。

 

グループレッスンもマンツーマンレッスンもどちらもメリット・デメリットはありますが、私の目的は効率よく語学力をアップさせることであり、友達を作ってワイワイしたいという目的はあまりないので、マンツーマンかなと思っています。

 

中国短期留学はグループレッスンの場合は3月開始か9月開始が都合がいいですと言っていましたが、私はマンツーマンを希望しているので、行こうと思えば、いつでも行けるようです。

 

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2016年10月16日 (日)

語学の天才・関口存男のメソッドを考える(2)

語学の天才・関口存男のライティングメソッドについて考えてみよう。

彼はライティングの実力をのばすために「逆文」を推奨している。

逆文とは、原文をいったん日本語に訳してみて、原文を忘れた頃にその訳文を原文に訳すという方法である。この方法だと自分が書いた外国語のどこが間違っているかが一目瞭然だというわけである。

逆文でライティング力をつけたいと思う人は、やってみるのもいいと思う。否定はしない。

逆文も、学習し始めた外国語であり、かつ簡単な文章であれば、文法を正確に覚えるのに役立つような気がする。

ドイツ語にしてもフランス語、スペイン語、イタリア語にしても驚くほど語尾がころころ変化する。英語も語尾は変化するが、英語どころの騒ぎではない。原文を読んで意味が分かる場合でも、ではそれを原文で書けといわれたら、語尾の変化が合っているかどうかが不安になるというものだ。

非常に簡単な文、たとえば「今朝、公園に猫が2匹いました」とか「彼の娘は先月結婚しました」という文であっても、さあ、外国語で書けといわれた場合、文法知識があやふやだと語尾を間違えかねないが、逆文で練習を積めば語尾変化も正確に覚えられることだろう。

ただ私が疑問に思うのは、逆文が効果的なのは簡単な文章のときだけではないかということだ。ある程度の実力をつけた外国語の場合、それなりに長い原文を日本語に訳し、原文を忘れた頃にその訳文を外国語に翻訳しなおす場合、さまざまな訳し方が可能になるはずだ。ということは原文とは異なる訳しかたをしても正解ということもありうることになる。しかし、原文以外の訳しかたをした場合、その訳文が文法的に合っているかどうかは自分では判断できない。ここが逆文のデメリットではないかと思うのだ。

このデメリットのおかげで私はこの逆文にはそれほど興味がもてないのである。

では、私が推奨したいライティングメソッドは何か。

それは自分が読んだ書物の中で感銘を受けた箇所をノートに書き写すといういたってシンプルなものだ。

書き写すのは自己啓発書でもいいし、小説でもいい。あるいは、聖書でもいい。読んでいるときに感銘を受けた文にアンダーラインを引いておき、それをひたすらノートに書き写すのである。

この方法は逆文と比べれば非常に簡単だ。なにしろ原文を日本語に訳し、原文が忘れたころにその訳文を原文に訳すという七面倒なことをしなくてもいい。

思い立ったが吉日、やろうと思ったらすぐに大学ノートを取り出してきて、そこに感銘を受けた文を書き写すだけでいいのだ。

やってみれば分かるが、書き写すという行為は単に読むだけよりも遙かに記憶に定着する。したがって、意識しようがしまいが、語尾の変化やスペリングも定着してくるのである。しかも、それを自分が感銘を受けた文でやるのだから楽しくないわけはない。やって損のないメソッドだと確信している。

手前みそになるが、私は20代前半のころからずっとこの方法でライティング力をつけ、20代後半には英日翻訳だけでなく日英翻訳も手掛けるようになった。その後、30歳でイギリスの大学院に留学し修士号を取得するに至ったが、2万ワードの修士論文を執筆できたのも、20代のころにずっとこの方法でライティング力を身につけていたおかげだと思っている。

読んで読んで読みまくっても、それだけではライティング力は磨かれない。ライティング力を磨くには書くしかないのだ。しかし実際のことろ書くのは大変だ。その大変さを軽減してくれるのが私の「感銘した文をただ書き写す」というメソッドである。スペルも覚えられるし、文法事項もしっかり身につく。いや、それよりもなによりも、感銘を受けた文を書き写すので、書き写せば書き写すほど自分の人生が豊かになるのがいい。

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2016年10月15日 (土)

語学の天才・関口存男のメソッドを考える(1)

語学の天才・関口存男は、ムツカシイ書物を次から次へと読んでいき、わからない単語や句があっても読み進めた。というのも彼は、量、量、量…でつき進めていけば、やがて量は質に転化すると考えていたからである。そして自分の生徒にも多読を勧めた。

彼は、レクラム本をいくつかに分けて薄くしたものを、いつもポケットに入れて、食事の前後や学科の訓練のあいだのわずかな時間、あるいは寝る前などに取り出しては読んでいたそうだ。

多読の重要性は私も賛同する。また、量がいずれは質に転化するというのも頷ける。

ただ、「多読すればいい」と言われて、いったいどの程度の人が多読を続けることができるだろうか。

それが簡単にできるのであれば、日本人の大半はとっくの昔に英語がスラスラ読めるようになっていただろう。なにしろ100%近くの日本人は少なくとも中学と高校で6年間も英語を学んでいるのだ。

私は、多読を続けるにはそれなりの工夫が必要だと思っている。

人間、辛いことや嫌なことは、だれでも止めたくなるものだ。

逆に、楽しいことや好きなことは、放っておいても続ける。

これを「快感原則」という。

多読を続けるにも、快感原則に照らして考えてみればいい。言い換えれば、トータルで考えたときに、不快よりも快感のほうが上回るようにすればいいのだ。それこそがまさに長続きさせるコツだ。

では、読むことを楽しくするにはどのような工夫ができるだろうか。私の経験から述べてみたい。

(1)興味のある分野の書物を読む

人間、面白いと思っていないことは、途中で嫌気がさしてきてやめるものである。「わかってもわからなくてもいいからとにかく読んで読んで読みまくれ」というのは一部の人には効果があるかもしれないが、ほとんどの人はすぐにお手上げになるだろう。ムツカシくて意味が分からなければ興味を覚えることなどまずないからである。ムツカシければいいというものでもないだろう。それよりも、興味のある分野の書物、あるいは、興味の持てそうな分野の書物を探して読むのがいいと思う。難易度は二の次だ。

(2)電子辞書を引き引き読む

わからない単語が出てくるたびにいちいち辞書で確認するのは大変だし、時間もかかる。だからといって、一切辞書を引くことなく読み進めていくと、途中でまったく意味が分からなくなる可能性がある。その点、今の時代、ありがたいもので、電子辞書というものがある。すぐに訳語を出してくれるのだから引かない手はない。これで大いに理解度が上がる。意味が分かれば読むのが楽しくなる。

(3)朗読した音声があれば、それを「伴走者」にして読む

本を朗読したものがCDに収録してある場合がある。CDを聞きながら、原文を目で追っていくという手であれば、音声が良い「伴走者」になってくれるので、読むのが楽しくなる。

(4)映画化されているものは映画を先に見てから読む

映画でおおまかなストーリーをつかんでおけば、書物を読むときも、驚くほど読みやすくなる。

(5)翻訳されたものは翻訳と原書を照らし合わせながら読む

原書を読む自信がない場合は、翻訳書と照らし合わせながら読めば、なんとか読んでいけるものである。

わからない単語や句があっても読み進めることができるという人は、その方法でやればいいだろう。しかし、ほとんどの人はそんな読み方は苦痛を感じると思う。少しでも読むことから快感が得られるよう工夫しながら読むほうが長続きすると思う。

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2016年10月12日 (水)

語学の天才・関口存男のメソッド

「語学の天才」とも言われる関口存男。彼はどんな人物だったのか。彼の伝記、『ことばの哲学』から拾ってみよう。

彼は周りの人たちから「語学の天才」とも呼ばれていた。それもそのはず、アテネ・フランセでフランス語を学び始めてから2年後には教師に任命され、フランス語でフランス語を教え始めたのだ。しかも、その後ラテン語もマスターしそれをフランス語で教えていたというのだから驚く以外にない。

しかし彼は「語学の天才」と呼ばれることを迷惑に感じていた。というのも、彼自身、自分には語学力には天才的なところはなく、「意識的に、努力的に、企画的に、ヤットのことででっち上げ、ヤットのことで持ちこたえている」にすぎないと思っていたからである。

はたしてそんな彼のメソッドはどのようなものだったのか。

まずはスピーキングから見てみよう。

(1)長い文章をそのまま暗記する「ペラペラ式メソッド」                                     

これはトロヤ遺跡を発掘したシュリーマンも行っていたメソッドである。ちなみにシュリーマンは毎日1時間これをやっていたという。

次にリーディングを見てみよう。

(2)ムツカシイ書物を次から次へと読んでいき、わからない単語や句があっても読み進める。

彼は、レクラム本をいくつかに分けて薄くしたものを、いつもポケットに入れて、食事の前後や学科の訓練のあいだのわずかな時間、あるいは寝る前などに取り出しては読んでいたそうだ。

ドイツ語講師になってからの彼の口癖は「第一多読、第二多読、第三多読、ドイツ語上達にしはこれしかない」だったらしい。そして一日十ページ読むことを生徒に課したという。

次にライティングを見てみよう。

(3)逆文

自分でドイツ語を書いてもそれが正しいドイツ語かどうかは分からない。下手をすると変な癖がつきかねない。そこで彼は「独文をまず日本語にお直ししなさい。そして、忘れた頃に、その日本語をもとの独文に直してご覧なさい。これを(逆文)といいます」といって逆文を勧めていた。たしかに逆文であれば、自分が書いたドイツ語が文法的に正しいか否かがすぐに分かる。

彼のメソッドがすべての人に適しているかは分からない。しかも今は彼の生きた時代とはずいぶんと変わったので異なるメソッドも採用しうる。彼のメソッドを参考にしながら、自分に合ったメソッドを見つけるといいだろう。

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2016年10月11日 (火)

ニートはニートのままでいいのか?

 ニートとは、平たくいえば、「雇用されてもおらず、教育も受けていない人」のことである。

 このニートに対して賛否両論がある。実にさまざまな人がさまざまな持論を展開している。ただし、その多くは否定的か中立的なものであり、積極的に肯定しているものは少ない。

 では、はたしてニートは善いのか悪いのか。ニートはニートのままでいいのか、それともそのままではいけないのか。

 これを論じる前に述べておきたいことがある。

 それはニートと一口にいっても、さまざまなニートが存在しており、ニートというカテゴリーに含まれるというたった一つの側面だけを見て、ニートの善し悪しを論じていては、本質が見えてこないということだ。

 したがって、ニートの是非を論じるときは、ニートのどういう側面が悪いのかを明らかにすべきである。

 さて、では、ニートに悪い側面があると仮定した場合、どういう側面が悪いのだろうか。

 ニートにもいろいろなニートがいることはすでに述べたが、非難に当たらないニートとはどのような特徴を備えた人たちだろうか。

 たとえば、家が裕福でお金を稼ぐ必要のない人を想定してみよう。

 社会に役立つと思う研究に没頭するために会社勤めをしていない場合、私はその人を非難しようとは思わない。その人は、たしかにお金儲けはしてないが、将来、社会に有益な研究成果を発表するかもしれない。

 また、研究ではなくても、小説であれ、語学であれ、芸術であれ、自分の夢に向かって努力をしているのであれば、非難されるべきではないと思う。彼らは、将来、自分の分野で道を切り開き、大きな仕事をするかもしれない。

 もちろん、夢を追っている人であっても、金銭的な面で家族に迷惑をかけるようなことがあれば、その点に関しては非難されるべきだろう。たとえば、漫才師になるのを夢みて漫才の練習に励むのはいいが、それで奥さんに負担をかけるのはよくない。

 私が非難したいのは、たた楽をしたいがために、何の努力もしようとせず、親のすねをかじっているようなニートである。そのようなニートは、人間としてもっとも楽な生き方をしていると言わざるを得ない。そのような人が将来、何か社会に有意義なことを自ら率先して行うことは期待できない。

 同じニートでも、どういう夢をもっているか、日々何をしているのか、そこをしっかりと見極めなければ、非難すべき人か否かは分からないと思う。

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2016年10月 6日 (木)

外国語を楽しみながら

 今はいい時代になったもので、YouTubeで世界中の動画を無料で視聴することができます。
 あるスペイン語学習者はドラえもんのスペイン語バージョンを楽しんでいるとのこと。
 さっそく「doraemon espanol」で検索してみると、でてきました、でてきました。
 外国語に関していえば、他の学問とちがって、こういう楽しみ方ができるのがいいところですよね。

 

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2016年10月 2日 (日)

伊検3級・4級受験体験記

2016年10月2日、伊検3級・4級を受験してきました。3級は初挑戦、4級は2度目の挑戦でした。
4級は前回、リスニングと総合得点では基準点に達していましたが、筆記が基準点に1点足りずに不合格になりましたので、今回は絶対に合格したいと願っての受験でした。
午前10時15分から3級を受験しました。
伊検は3級から作文があります。リスニングと筆記(作文含む)で1時間40分です。2時間を超えるとかなりしんどい思いもしますが、1時間40分は適度な長さに感じます。
さて、試験の出来のほうですが、まったくふるいませんでした。独検3級も仏検3級も一発で悠々合格できましたが、それより遙かに勉強したはずの伊検3級はまったく歯が立ちませんでした。
伊検3級のリスニングはものすごく難しいです。私はほとんど毎日のようにイタリア語のCDを数時間聞いていますが、それでもまったく分かりませんでした。
心配していた作文ですが、駅のホームのイラストを見て80~100語で説明するという問題でした。作文の練習は一切しませんでしたが、適当に思いつくまま書くことにしました。「駅にはたくさんの人がいます。今、11時です。猫を抱えた女の子がお母さんに『今、何時』と聞いています。それに対しお母さんは『11時』と答えます。犬がいます。駅の後方には山が見えます・・・」といった感じで書いていきましたが、80語はけっこう長いです。
書いても書いても80語に到達せず、相当焦りました。簡単な文ばかりを続けて書き、なんとか80語まで達しましたが、20点満点で何点もらえているかまったく予想できません。イタリア語は語尾がころころ変化しますが、正しく書けた自信はありませんので高得点は期待できません。でも今回落ちても、来年3月受験のときの予行演習だと思えば、受けて良かったと思います。
リスニングの段階で3級の不合格を確信するに至りましたので、受験後は昼から始まる4級のことで頭がいっぱいになりました。
4級は午後1時30分から80分でした。
4級のリスニングも難しいですが、前回4級のリスニングは基準点に達していましたので、今回は楽勝だろうとタカをくくっていました。なにしろ、この3ヶ月、ほぼ毎日イタリア語のシャワーを大量に浴びてきたのですから。
ところが4級のリスニングにも苦戦しました。明らかに前回と比べて点数は下がっているように感じました。前回はリスニングで基準点をクリアしていたのは単なるまぐれだったのかと思いました。
リスニングで失敗したので筆記が始まってからモチベーションを維持するのが大変でした。ただ、筆記のほうは明らかに前回よりはできたように思いました。
もしかすると今回、4級に落ちているかも知れません。心配なのはリスニングで基準点を下回ったかもしれないことです。
でも、もう終わったことは終わったこと。自分としてはベストを尽くしてきたし、今日も全力投球したので、結果が不合格でも素直に受け入れようと思います。落ちていれば、また来年3月に3級4級併願すればいい話です。自分としてはベストを尽くしたのでスッキリしています。
試験が終わってからサウナに直行し、今、サウナの食堂でこの体験記を書いているところです。もうじき「キングオブコント」が始まります。試験に向けてがんばったご褒美として、たっぷりコントを楽しんで帰ろうと思います。
今後の受験予定は次のとおり。
10月30日 西検4級(初受験)
11月20日 仏検2級1次(3度目)
来年1月   仏検2級2次(1次が合格した場合)
来年3月   伊検
もう私の意識はイタリア語からスペイン語に移っています。さっそくスペイン語の単語カードで復習を始めています。10月30日の西検4級に向けて全力投球します。

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