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2017年5月14日 (日)

金を稼いで何がしたいのか?

 先日参加した投資セミナーの講師はこんなことを言っていた。

「私はアメリカの大学院時代に知人の老人宅に遊びにいったことがある。3億円はくだらないだろうと思える大豪邸だった。どうしたらこんな家に住めるのですかと聞いたら、若いときから投資アドバイザーに相談にのってもらって投資を続けたからだよと答えてくれた。それで私も投資アドバイザーになろうと思った」
 私はその老人がどのような性格であり、どのような人生を歩んできたかはわからないし、どんな夢をもっているかもわからない。
 だから、正直、大豪邸に住んでいるといわれても、ただそれだけでは別にうらやましいとも思わない。
 もちろん生活するのに困るような状態よりは金持ちのほうが何倍もいいことは間違いないが、金持ちだからといって幸せかどうかは分からないというのも間違いないことだ。
 金銭的にはそこそこの資産しかもっていないけれど日々、打ち込めるものをもっており、それで社会に貢献できる人と、大豪邸に住んでいるものの、日々、打ち込めるものをもっていなくて毎日暇つぶしにテレビばかり見ている人とでは、私なら前者になりたい。
 お金はたくさんあっても邪魔になるものではないので、意図的に減らしたいとは思っていないが、かといって日々金儲けのことばかり考える人生を送りたいとも思っていない。というより、日々お金のことでアクセクしたくないから投資信託に投資しているのであるから、それで一喜一憂するのは愚かなことだ。
 
 大豪邸に住めるのなら住むのも悪くないが、別に大豪邸ではくても十分に幸せだし、むしろ大豪邸でないほうが幸せな気もする。大豪邸だと光熱費だって高いし、メンテナンスも大変だろうし。そもそもそんなにたくさん部屋があったところで、それで楽しいのかという疑問もある。
 聖書の中に「金持ちが天の国に入ることよりも、ラクダが針の穴を通る方が簡単だ」という言葉がある。それほど金持ちが天国に入るのは難しい。金に執着するからだ。
 金持ちになることよりも、金の本当の使い方を知る方が何千倍も何万倍も何億倍も大切なことだ。
 しかもこの世の中には金よりも何千倍も何万倍も何億倍も大切なことがある。
 別に大豪邸に住んでいる人を批判するつもりはないが、私ならそんなお金があるのであれば、社会に貢献するためにお金をつかう方法を考えるだろう。
 昔、「宮崎伸治奨学金」というのを作って、翻訳家の卵の中から優秀な人に奨学金を出そうという夢をもっていたこともあった。ただ、審査が大変だろうというのもあり、まだまだ実現はしてない。
 今はボキャブラリーコンテストを実施し、優勝者にちょっとした商品を出している程度だが、もし私が大金持ちにでもなったら、規模をもっと大きくし、商品ももっと大きなものにしていきたい。
 私は別に大豪邸に住みたいなどとは思っていないので、余裕資金ができたら、こういった形で社会に還元していきたいと思っている。
 聖書にもこうある。
喜んで与える人を神は愛してくださる」。
 神に愛されたければ、「喜んで与える人」になるべきだ。

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