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2017年6月29日 (木)

外国語学習における「臨界期」

外国語学習について多くの学者が「臨界期」説を唱えています。

 

12歳くらいまでにその言語が話されている国に移住しなければ、いくら努力してもネイティブ並みに堪能にはならないというのが外国語習得における「臨界期」。

 

この「臨界期」説に異論を唱える学者もいますが、かなり少ない。

 

でも思うのですが、「堪能になるか否か」という基準って、ネイティブ並みに話せるかどうかという点に重点を置きすぎじゃないですかね?

 

私の個人的な意見ですが、日本に住み、日頃日本人としか接しない日本人は、ネイティブ並みに話せるようになることを目標にするよりも、ネイティブ並みに読んだり聞いたりできることを目標にしたほうが実りが多いと思うのです。

 

ネイティブ並みに話せるようになったところで、例えば、イタリア語にしてもスペイン語にしても中国語にしてもドイツ語にしても、その言語でネイティブスピーカーと話す機会って、ごく普通の日本人にどれだけありますかね?

 

私は東京在住ですが、英語を話す機会だって、ほとんどないです。英語を話すコミュニティーに飛び込んでいけば話は別でしょうが、そうでもしないかぎり、自然と英語を話す機会が生じるわけではない。日本語だけで十分生活は成り立つ。

 

だからネイティブ並みに話せるようになることを目標にしても、モチベーションの維持が大変だと思うのです。

 

一方、ネイティブ並みに読んだり聞いたりできれば、その報酬ははかりしれないくらい大きいと思うわけです。

 

で、思うんですが、ネイティブ並みに読んだり聞いたりできるようになることに関して言えば、「臨界期」なんて無い! だから、たとえばアラフィフの人間がまったくのゼロからまったく知らない言語を学び始めても、努力しだいではネイティブ並みに読んだり聞いたりできるようになる

 

私は言語学界における「臨界期」という常識をぶち壊してやるという意気込みで勉強しようと思います。

 

目指すは「英検1級、仏検1級1次、独検1級1次、西検1級1次、伊検1級1次、中検1級1次、HSK6級」。

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