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2018年3月 1日 (木)

言葉使いに気を付けよう

翻訳家という職業柄、言葉の使い方には非常にこだわりがある。

 

思えば、世の中の人々の間で繰り広げられる口論も、その多くは誤った言葉使いが原因ではないだろうか。

 

桂春蝶氏が、次のような文をツイッターにあげて大炎上し、テレビでも取り上げられていた。彼の文章は以下の通り。

 

「この国では、どうしたって生きていける。働けないなら生活保護もある。我が貧困を政府にせいにしている暇があるなら、どうかまともな一歩を踏み出してほしい。この国での貧困は絶対的に「自分のせい」なのだ

 

最後の「この国での貧困は絶対的に「自分のせい」なのだ」という表現が読者の反発を買って、ツイッターが大炎上したという。

 

本人はテレビに登場して、このツイッターの文の意味を解説していたが、こんなことを言っていた。

 

「もしも私が「この国での貧困は絶対的に「自分だけのせい」なのだ」と書いていたのなら、すぐに撤回して謝罪していたと思う。私は、この国では、100%社会のせいという貧困や、100%政治のせいという貧困はないと思っているのだ」

 

もしそうなのであれば、最初の最初から、「この国での貧困は絶対的に「自分のせい」なのだ」などと書かないで、「この国では、100%社会のせいという貧困や、100%政治のせいという貧困はないと思っている」と書いておけば大炎上など起きなかったのではないか。

 

どうしても「自分の責任もある」ということを伝えたかったのであれば、「この国での貧困は、その原因の何割かは自分に責任があるように、今の私には思える」とでも書いておくこともできたのではないか。

 

ここで下のAとBを比較をしてみてほしい。

 

(A)「この国での貧困は絶対的に「自分のせい」なのだ

 

(B)、「この国での貧困は、その原因の何割かは自分の責任があるように、今の私には思える」

 

ここで読者の方に検討していただきたいのは、上記AとBとでは、どちらが真実に近いかということである。

 

真実からかけ離れればかけ離れるほど、それはその発言者の「偏見」ということになろう。そして、その「偏見」の度合いが大きければ大きいほど反発は出てくると思う。

 

言葉使いに気を付けるようにすれば、口論の多くはもともと起こらずに済むもののように私には思えるのである。

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