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2018年4月

2018年4月13日 (金)

西部邁氏の自殺に思う

 西部氏が自殺をしたが、2人の弟子に手伝わせて死んでいたということが報道されている。

 私は西部氏を詳しくは知らないが、各方面で活躍されていた人であるという認識だけはあった。東大出身で東大でも教鞭をとられていたようである。彼は彼なりの死生観があったものと思われる。
 はたして、私たち人間は、自分で自分の死を決めていいものか。
 聖書によれば、いのちは、神からの賜物であり、自殺するということは神への挑戦である。
 本来ならば、神からいただいたものは、神が決めるべきことであり、自分の好きなように自分勝手に決めてはならない。
 自殺する人というのは、その点を理解していない。自分が「神」になっているのだ。
うつ病だったといわれているが、うつ病であったとしても、神は「乗り越えられない試練」を私たちに課すことはなく、必ず「逃げ道」を用意してくれていると信じることができれば、自殺などしなくて済む。
 「自殺のいったい何が悪い?」と思っている人は、聖書を勉強することをお勧めしたい。
自殺とは、立派な殺人である。被害者と加害者が同じというだけで、やっていることは殺人と同じだ。そして殺人はまぎれもなく罪である。
 

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