« 2018年6月 | トップページ

2018年7月

2018年7月18日 (水)

夢のような「映画活用法」

外国語の実力を映画で磨いたという人がいる。

 

映画にも利点はたくさんあるだろう。セリフが自然であること。楽しめること。リスニング力の強化になること。

 

たしかに私も英語力向上のために何百本という映画を見てきた。若かりし頃はビデオも普及していなかったので、映画館まで何度も足を運んだものだ。それほど映画の英語に飢えていた。

 

しかし、正直にいうが、私は映画を見ても、それほど実力は伸びないものだと思っている。というのも、聞き取れないセリフは何を言っているのかさっぱりわからないし、その聞き取れなかったセリフの日本語訳が字幕に出ていても、セリフと日本語訳を結び付けて覚えられないからだ。しかも、アクション映画など、セリフが少ない映画もたくさんある。

 

もちろん映画そのものを楽しむのであればそれはそれでいい。しかし、効率という点では疑問符が付く。

 

が、時代は変わった。今はYoutubeでいろいろな国の映画を見ることができる。しかも、なんと日本語字幕ではなく、本国の言語の字幕だ。

 

例えば、イタリア映画だとイタリア語の字幕、ドイツ映画だとドイツ語字幕、といった具合だ。これは感激ものだ。というのも、日本語訳では解消できなかったことが解消できるからだ。セリフを耳と目で確認し、一致させることができるのだ。これは実力アップになる。

 

例えば、次の映画はイタリア映画にイタリア語字幕がついている。

 

 

イタリア語のリスニング力が弱い人にとってはイタリア語の映画のセリフを理解するのは難しいが、イタリア語の字幕があれば理解しやすいはずだ。だからイタリア語がある程度読める人であれば、これでイタリア語のリスニング力は一気に向上するはずだ。

 

このような映画を探す方法は簡単だ。

 

検索窓に「italian film with italian subtitles」と入れて検索すればいい。同様にドイツ語であれば、「german film with german subtitles」と入れて検索すればいい。

 

私が20代前半のころは、映画を見るためにわざわざ映画館に足を運ばなければならなかった。近場の映画館でやっている映画をすべて見てしまったら、電車で隣県まで足を運んでまで見なければならなかった。それほどまでしても、英語のリスニング力を磨きたかった。お金も時間も労力もかかったのである。

 

しかし今は、当時と比べれば、本当に夢のようである。なにしろ無料である。しかも、本国の言語の字幕である。それが自宅でいつでも見ることができるのだ。これを利用しない手はない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月13日 (金)

異文化を知る重要性

今、中国人女性が著した『小点心』という日中対訳の日本文化論を読んでいるが、あらためて異文化を知る重要性に気付かされた。

 

 

興味深いと思ったのは、子供料金と大人料金の区別をどこに置くかが日中で異なるということだ。

 

日本では、例えば、映画館、遊園地、プールなどで料金が子供料金と大人料金に分かれているとき、その区別は年齢でなされる。「18歳未満は何円、18歳以上は何円」とか「中学生までは何円、中学生以上は何円」といった具合だ。

 

ところが中国では、年齢ではなく、身長で区別されるらしい。「身長130センチ未満はいくら、身長130センチ以上はいくら」といった具合だ。だから中国では、映画館や遊園地などでは、130センチ未満か130センチ以上かを判定するために、入り口のところに130センチの目印の線が引かれているらしい。

 

そういうわけで中国では、たとえ6歳や7歳であっても身長が130センチ以上あれば通常の料金になり、逆に何歳であっても130センチ未満であれば割引になるという。

 

日本に生まれ、日本国内だけで生活し続けていると、子供料金と大人料金の区別を年齢でする、ということがあまりにも当たり前すぎでその是非を問うことすらしない。それがあまりにも当たり前だからだ。そして、そういう日本人の目には、子供料金と大人料金の区別を身長でするという文化は極めて奇妙に思えるだろう。しかし、中国に生まれ、中国だけで生活し続ける人にとっては、日本のシステムのほうが奇妙に思えるだろう。

 

しかし、これは文化の違いであり、どちらが正しくどちらが間違っている、というものではない。どちらも一長一短あるだろう。

 

異文化を知ると、否応なく自国の文化が浮き彫りになる。今まで子供料金と大人料金を何で区別したらいいか考えたことがない人間でも、こういう話を聞くと、果たして子供料金と大人料金を年齢で区別するのが良い方法といえるのか? と自国の文化を問いただすきっかけになる。私は、こういう訓練をするのは非常に良いと思っている。

 

単に自分が慣れ親しんできた文化だというだけで、自分の文化が正しいと思うのは単なる偏見にすぎない。よくよく吟味してみると、他国の文化には他国の文化なりに良いとこもあるかもしれないのだ。異文化を知り自国の文化を吟味することは、自分の偏見を打ち砕くきっかけにもなってくれると思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月12日 (木)

単語集の是非

『7か国語をモノにした人の勉強法』の著者である橋本氏は「使われている状況の中で(すなわちテレビドラマ、小説、記事などの中で)」出てきた単語を覚えることを推奨している。
たしかにそのメリットも多々あるだろう。
特に口語表現はテレビドラマや小説で使われている状況の中で覚えた方がニュアンスがよく理解できると思われる。

しかしそれで上級者レベルの語彙力が身につくだろうか。
身につかないとはいわない。しかし仮に身につくとしても非常に長い年月がかかるだろう。
なぜなら「テレビドラマ、小説、記事など」に出てくる単語に限定して覚えるとすれば、そこに出てこない限り覚えられないことになるが、上級者用の単語のすべてがすべて「テレビドラマ、小説、記事など」に出てくるのを待っていたら非常に長い年月かかるからだ。
下手をしたら、一生、出会えない単語だってあるかもしれないのだ。

しかも「テレビドラマ、小説、記事など」に出てくる未知の単語の訳がすぐに分かればいいのだが、訳が付いていなければ一つひとつ辞書で調べなければならない。
これは面倒だ。それを面倒がらずに続けられるの人ならばいいが、それを長年続けられる人はどれだけいるだろうか。いたとしても数パーセントではないだろうか。

「それなら単語の訳が付いている参考書を使えばいい」という人が出てくるだろう。
たしかにそういった参考書が何百冊、何千冊とあるのであれば、無理に単語集など使わなくてもいいだろう。しかし英語以外の言語の場合、そういった参考書の数はタカが知れているのが現状だ。

だからこそ、「テレビドラマ、小説、記事など」に出てくる未知の単語を覚えるのと同時に単語は単語で別に単語集で覚えてもいいような気がするのだ。というより、上級者を目指すのであればそうすべきだと思う。
『世界の非ネイティブエリートがやっている英語勉強法』の著者、斎藤氏は単語集で覚えても「覚えられないから、やめたほうがいい」と主張するが、そこまで単語集を毛嫌いしなくてもいいと私は思う。
というのも、工夫をすれば単語集でも効率的に覚えられるからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月 7日 (土)

イタリア語上級者向けの単語集を見つけた

イタリア語の上級者向けの単語集でいいのを見つけた。

 

大学書林から出ている『イタリア語分類単語集』である。6500語あるらしい。私はこれを全部覚えるつもりだ。

 

 

 

私はイタリア語をまったくのゼロから独学でスタートしたのだが、まず最初にやったことは『いっそイラスト イタリア語単語集』の単語を単語カードに書き写して暗記したことだった。これはカテゴリー別に単語が分類されているので覚えやすかったし、イラストもあったのでさらに分かりやすかった。

 

カテゴリー別の上級者向けのものがあればいいのになぁと思っていたが、探してみたらあった。それが上記の本だ。レベル的にも上級者向けといっていいと思う。伊検1級や2級に出てくるか出てこないかは別としても、イタリア語の上級者を目指すのなら、ここに出ている単語はすべて知っておくべきだと言っても良いような気がする。

 

さて、単語集で単語を覚えることに対して、こんなことを主張する人がいる。

 

「できあいの単語帳とにらめっこして覚えるのはやめたほうがいい。なぜなら単語だけを覚えてもたいして記憶に残りませんし、おそらく実際の会話の場面では使えないからです。それよりも、自分が興味を持っている動画やニュース記事などに触れながら、そこに出てきた単語を状況・文脈のなかで覚えていったほうが断然早い」(斎藤敦『世界の非ネイティブエイリーとがやっている英語勉強法』)

 

「単語帳の暗記がダメなのは、それが「音声」や「状況(いつ、どこで、どのように)」と切り離されているからです。受動的に丸暗記しているだけなので「能動性」もまったくありません。テレビドラマ、小説、記事など、実際に使われている文脈の中で覚えることをしてください」(橋本陽介『使える語学力』)

 

私自身も、文脈の中で覚えることは良いことだと思っている。斎藤氏のいうように興味を持っている動画やニュース記事の中で覚えていくのもいいと思う。しかし、それをやると同時に、単語は単語で別に単語帳などを活用して磨くのもいいような気がしている。というより、上級者を目指したいならそうすべきだと思う。なぜなら、自分が興味をもっている動画やニュース記事に出てくる単語だけではなかなか出会わない単語も多々あるからだ。もし「興味を持っている動画やニュース記事」の中に出てくる単語だけに限定して覚えるとしたら、そこに出てこない限り、一生、覚えられないということになる。それで小説や学術書など難易度の高い本がスラスラ読めるようになるだろうか。読めるようになるとして、いったいどれくらいの年月を要するだろうか。

 

斎藤氏は「単語だけを覚えてもたいして記憶に残りません」と主張するが、それが単語帳を使わないほうがよいという根拠なのであれば、なおさらこのようなカテゴリー別の単語帳を使ったほういいと思う。こういう単語集の単語を単語カードに記入して繰り返し覚えていると意外と簡単に覚えられるからだ。やってみればわかることだが、本当に早く覚えられる。斎藤氏はこういうことを実際に自分でやってみて、その上で「やめたほうがいい」と言っているのだろうか。

 

そんなことを思っていた矢先にこの単語集に出会えた。大喜びである。まずは6500語の完全暗記だ。

 

橋本氏は「細かいニュアンスも含めてそのままわかる」ようになることが重要だとし、「使われている状況の中で」単語を覚えることを推奨している。言いたいことはよくわかるのだが、すべての単語を「使われている状況の中で」覚える必要はないと思う。たとえば「平泳ぎ」はイタリアでも同じ泳ぎ方を指すのだろうし、「たぬき」はイタリアでも同じ動物を指すのだろうし、「薬指」はイタリアでも同じ指を指すのだろうから、別に「使われている状況の中」でかかる単語を覚える必要まではない。国によって指すものが微妙に異なるのであれば文脈の中で覚えたほうがいいに決まっているが、指すものが全く同じなのであれば、わざわざ「使われている状況の中で」覚えなくても、単語帳で覚えてもいいわけだ。というより、その方が効率的だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年6月 | トップページ