幸せは「状態」の中にはない
幸せは「状態」の中にはない。
どういうことか説明しよう。
独身者の中には、「結婚すれば幸せが訪れる」と思い、結婚を夢見ている人がいるだろう。「結婚」という状態が、自分の不幸を救ってくれる、そう期待している人もいるだろう。
経済的に豊かでない人は、「遊んでも食べていけるような不労所得が得られたら幸せが訪れる」と思い、不労所得をほしがって、あれこれ投資物件を探しているだろう。
しかし、「結婚」という状態があなたを永遠に幸せにすることはない。結婚すれば結婚したで、結婚後にさまざまな問題が生じるのであり、幸せの状態が永遠に続くわけではない。現に、つい先日も、某トップアイドルが夫婦で逮捕されたばかりである。その夫婦も一時期は幸せの絶頂だったかもしれないが、今では拘置所で暮らす羽目になっているだろう。この例からも分かるとおり、「結婚」という状態が幸せを永遠に保証することなどないのである。
「不労所得で食べていける」という状態も同じである。不労所得が得られたら、金儲けという苦役からは解放される。しかし、それで幸せが続くかといえば、けっしてそんなことはないのだ。
この点、アリストテレスは幸せの本質を実にみごとに見抜いていた。
アリストテレスは、幸せは「状態」の中にはないとした。幸せがあるとしたら「活動」の中にあると考えたのだ。
例えば、英語の能力に秀でている人がいるとしよう。その人にとっての幸せとは、自分の英語の能力をフルに発揮して、世のため人のためになることができたときではないか。例えば、通訳でも翻訳でもいい、他の人にマネできないような高い英語能力を発揮し、みんなに喜んでもらえることをしたとき、その人は「生き甲斐」を感じるのではないか。アリストテレスはそれをエウダイモニアという言葉で言い表したのである。
(結婚が自分を幸せにしてくれる…、金が自分を幸せにしてくれる…、名誉が自分を幸せにしてくれる…)
多くの人は、そのように思いがちだが、この世は常に変化する世界であり、「不変の幸せの状態」など手に入ることなどないのだ。だから、そこを勘違いしてはならない。
「私たちが目指すべき幸せとはエウダイモニアである」
そう気づいたとき、本当の幸せに向けての第一歩が踏み出せるのではないか。
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